2まんだ
夏のかけらが溢れていくね

夏真っ盛り、だなあ。こめかみからだらだら流れ出てくる汗を拭いつつ、手元にあるダンボールを持ち直した。長い廊下の窓は所々開け放たれていて、虫の音が遠くで鳴ってるのがわかる。うるさいなあ。暑いなあ。

「あーあーあー」

声を出したって何の解決にもなんないことはわかってるけど!ひとり体育館から離れてるのもちょっとヤダ。たまたま先生方の近くを通っただけで荷物運びに任命された十数分前のわたしを呪うしかない。少し前のわたしよ、ドリンク補充は十分人が足りてるからボール拾いに回るんだ!そうすればこんなめちゃくちゃ暑い中、ひとりでダンボールを抱えて歩くことにならないぞ。無意味な警告をしつつ角を曲がろうとしたところだった。角の向こうから人が来てるなんて思いもしなくてそれはもう盛大にぶつかった。ぎゃあ、と可愛さのかけらも見当たらない声を出して段ボールごと後ろに倒れる。……はずだったのに。飛んでったのは段ボールだけ。わたしは目の前の誰かの胸に潰されるように抱きしめられていた。

「赤葦ぃ……?」
「別人に見えますか?」
「ぎゅうぎゅうすぎて顔見えないし」

匂いが赤葦だったんだもん。と言うと、勢いよく引き剥がされた。あ、やっぱり赤葦だった。と呑気に考えてたら、赤葦が訝し気な顔をして自分の腕やらTシャツを嗅ぎ始めた。

「くさくないよ」
「匂いって言われたら気になるでしょ」
「うん。でもね、赤葦は良い匂いなの」

何の匂いか言われたら困ってしまうけど、とにかく赤葦は良い匂いがする。なんていうのかな、あったかくてやさしい香り。腕を嗅いでる途中だった赤葦の動きがピタリと止まる。それから、ながーい溜息をついた。

「幸せ逃げるよ?」
「いいです。むしろ逃がしておかないと供給過多でどうしようもなくなるんで」
「赤葦幸せいっぱいなのか」
「幸せって色んなとこに転がってるそうですよ」
「なにソレ誰が言ってたの?」
「こないだ彼女にフラれた木葉さん談です」
「それって無理やり幸せにこじつけてるだけじゃないかな」

怪我、ないですね?と確認だけして赤葦は床に転がってるダンボールを拾う。中身は練習試合のDVDとかスコアだけだから重くはないけど、わたしが持つよりも簡単に持ち上げるものだからまるで別の箱を持ってるみたいだった。二人で並んでムシムシ暑い廊下を歩いて行く。

「迎え来てくれたの?」
「体育教官室に行ったっきり紗希乃さんが帰って来ないってみんな騒いでたんで」
「だって暑くてさあ、ゆっくりにもなるよ」
「何かあったんじゃないかって思って心配したんですよ」
「はは、ありがと」

ちゃんと迎えに来てくれる人がいるって嬉しいね。思わず零れた笑いに、赤葦は目をパチパチ瞬かせた。

「ほんとにもう……!」
「え?なに?」
「ちょっと付いて来てください」

段ボールを小脇に抱えて、空いた手でわたしの手を握る。急に掴まれて、慌てて手を引っこ抜くと驚いた赤葦が足を止めた。

「だって今めちゃくちゃ汗かいてるから!」
「そんなのオレだって一緒です」

離れた手がいとも簡単に再び攫われていく。うわあぁごめんね汗びっしょりで……。ていうかどこ行くんだ。こっち体育館と反対なんだけど。

「どこいくの?」
「二人でいれるところ」
「もうすでに二人じゃん」
「だから、」

「もっと一緒にいてくださいってことですよ」

どーせもう昼休みだし、携帯持ってきたから連絡できるし、と適当な理由を並べ続ける赤葦の顔が心なしか赤いのも、急に顔が熱くて熱くてしょうがないのもきっとこれは夏のせい。

「……幸せの供給過多じゃなかったの?」
「もう腹括ることにしました。これからは貰えるものは全部貰ってくつもりなんで」

覚悟してくださいね紗希乃さん。と不敵に笑う後輩の大きな手のひらをきつく握りしめてみた。そんなの、はじめっから腹括っておけばよかったのよ。なんちゃって。

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