蒼の双眸(FGO×DC)

A


取り調べは大きな波風も立たずにすんなり終わった。ギルガメッシュとエルキドゥも受けたらしいけど、私と比べたらとても短い時間で終わっていて、取り調べの意味を成していないようだった。今日、わざわざ朝早くから呼ばれたのはこの騒ぎのためだったみたいでメインイベントとも言える取り調べが終わったらすぐさま帰るように言われてしまった。無駄に気疲れをして、タクシーに乗り込んだ私はうとうとと自然な眠気に誘われる。それはマーリンに無理やり連れていかれる夢なんかじゃなくって、私が自ら滑り込んでいく夢だった。






「ごめん。あんなことがしたかったわけじゃなくって」

これは夢。

「今度普通に食事でも……え?いや、ヒロはいない。俺と二人だけど、嫌かい」

これも夢。

「ありがとう。こんな僕と出会ってくれて、好きになってくれて」

全部、夢だ。

「紗希乃、」

夢であってくれなくちゃ、ただただ困ってしまう。楽しかったことは、楽しかった分だけ辛くなる。嬉しかったことは嬉しかった分だけ悲しくなる。今日出会った刑事さんに言った、「後悔しないでくれたらいい」なんてただの綺麗ごとだった。むしろ後悔していてほしいくらい。私と別れたことをちょっとでいいから悔やんでみてほしい。だって、私、後悔しないように色んな選択をしてきたのに、やっぱりどこかでは後悔してる。立香を選んだこと自体は間違っていないと思うけど、そもそも彼と立香を天秤にかけて選ばなければならない状況にならなければよかった話だもの。最初からどちらもすぐそこにあれば、わざわざ選択する必要などない。


夕焼けに照らされた観覧車。明らかに夢だと知っている私と、夢だと知らない記憶の中の降谷零が向かい合って小さなゴンドラの中に収まっている。子供たちにはまだ話したことがないけれど、彼と付き合っていた時にはよく乗っていた。景色が綺麗だからとか、そういう理由で乗っていたわけじゃない。あのゴンドラが、二人だけの空間に切り取ってくれるあの時間が好きだった。窓の外や、ギイギイきしむ音が周囲との繋がりを主張しているのに目の前には彼だけでいっぱいになるあの空間。私たちはきっと日本やこの町のちっぽけな一部でしかないけれど、確実に個はあって、独立している。それを感じられるのが遊園地にあった、とりわけ大きくもない観覧車だった。

「6年って長いね。なんだか、もっとずっと長い時間貴方と離れているみたい」

目の前で夕日をまぶしそうに眺めている彼に声をかけたけれど、何の反応もない。当然だ、これは記憶をなぞっているだけの夢だもの。

「見ないふりを頼まれたのはきっと都合がよかったよ。貴方への気持ちも見ないふりができた」

見ないふりも知らないふりも得意になった。守るべきものも明確になった。後悔しないように選べるものも明確になった。……はずなのに、

「どうしてだろう。別れた後はそんなに悲しくなかったのに、今じゃこんなに悲しいなんて」

蓋をして見ないふりをして、ぐるぐる煮詰めた私の感情はどんどん色濃くなってしまっていたらしい。マーリンの夢の中で打ち明けたサーヴァントたちとの約束のことも、ずっと思っていたことだったけれど、わざわざ打ち明けるつもりはなかった。それなのに、私は待ってましたとばかりにボロボロ文句を言うわ愚痴を言うわ……溜まってたんだ、うん。溜め込みすぎるのも考えものだ。こうしていざ蓋を開けば、きりがないほど感情が溢れてきて留めるのもやっとだもの。落ち着け、自分。これは夢で、覚めたらいつも通りに立香の母で、見ないふりが得意で、明日もこれからもずっとそうやって生きていけるんだ。

「本当に?」

彼の座っていたところに、いつもの白い愉快犯が座ってる。私だけの夢だったはずなのに、容易く侵入されてしまって、不甲斐ないやら情けないやら、色んな感情が入り混じって脱力してしまった。

「たられば話は非現実的だけれども、この世界においてはいつか実現できる可能性が何%かは存在するよ」

例えば、と右手の人差し指を立てて、マーリンは歩き出す。観覧車がいつもの真っ白い風景に侵されて、私はただただ座り込むことしかできなかった。

「彼と別れずにいれる道に、彼と別れても子供は身籠らない道、それと……これが一番ありえるのかな?」
「そもそも彼と出会うことすらなかったかもしれない道、とか?」
「おや。まさか言い当てられるとは」
「あなたが言いそうだったもの。そう、それが一番ありえるの」
「ショックを受けるかと思ったけど、案外そうでもないね。もしかして望んでいたり?」
「進むことができても戻ることはできないわ」
「世界がこのまま進んでいくならね」

いつだってこの男は掴めない。演説するようでいて、呟いているだけのようにも見える。何が本当でどこまではぐらかされているのかもわからない。

「前世の立香が人類最後のマスターだったのだというのなら、今の立香はこの世界のヒーローって言うわけ?」
「ヒーローは他にいるよ」
「他に?」
「うん。僕らはそんな役目を持ち合わせていない。ヒーローにはなれないし、大きく自体を転がせない。地道にすこしずつ綻びを増やしていくだけさ」

あ。と何かに気づいたマーリンは座り込んだままの私の前にしゃがみこんだ。そろそろマンションに着くみたいだ。とニンマリ笑っている。

「別な世界で同じようなことが起きていたら、もしかすると君は魔王の子を産んだ母親ポジションだったかもしれないね」
「……立香が悪者になるっていうの」
「悪者の定義を君が何とするかによるけど、ヒーローに倒されるポジションに持っていかれるつもりはないよ」

君のことも悪いようにするつもりはないから。花びらが巻き上がる隙間を縫って告げられたその言葉が、一番信じていいのか悩むような声色だった。






「……―さん、……お客さん、着きましたよ」
「……はい、すみません眠っちゃってたみたいで」
「いえいえ」

お代を払って、タクシーから降りる。胸の奥がいまだざわついているけれど、平静を保たなくちゃ。マンションの敷地内に足を踏み入れる前に大きく深呼吸をした。大丈夫、いつもの私に戻れるよ。マンションのエントランスに誰かいるみたい。明るく声をかけよう、何かを察しられても、ボロがでるだけだ。

「ただいまー!今日はちょっと早く帰ってきちゃ、った……」

嘘だ。嘘だ。夢で焦がれたその人が、そこに立ってる。どうして、なんで。平静を保つなんて当然できなくって、手に持っていたバッグは地面に吸い寄せられるように落ちていき、行き場のない両腕はぶらん、と垂れさがった。頭が、胸の奥が熱い。私に気づいた彼がこっちに向かってくる。どうしてこのタイミングで、

「ちがう」

目の前に立つ、降谷零が目を見開いた。違う、正確に言うなら、降谷零にそっくりな誰かだ。一体誰?こんなにそっくりになれる人は……

「燕青!!」
「よーくわかったなぁ。結構似せたつもりだったんだが?」
「全然ちがう。私が最後に会った彼より、ちょっとだけおじさんになってる」
「おっとー?流石の俺もあんな童顔男の微々たる差異にゃ気づけないねぇ」

なんてタイミングでなんてことをしてくれたんだと、降谷零の姿をしたまま普段通りに話す燕青の耳を引っ張る。いてえいてえ!と喚きながら、姿がぶれていくように元の彼の姿に変化していった。

「嫌がらせをしたいわけじゃもちろんないが、気になることがあったもんでね」
「あらそう。わざわざこんなことしたんだもの消化できたのよね?」
「そうさねぇ。アンタがただの聖母みてぇな人間じゃなくって、安心したよ」
「……」
「あんなにドロドロした目で見つめられる降谷零はさぞかしイイ男なんだろうねぇ!まあ、確かにイイ男だった!マスターの父親にふさわしい!」

やっぱりこの男は今の彼に会ったんだ。ということは、さっきの変装は現在の彼の姿そのものってことだ。確かに、すこしだけ歳を取ったように思えるけれど、それでもアラサーにしては若く見える。ぐいぐい引っ張っていた耳を、ひと際強く引っ張ってみた。いてえ!と私の手から離れていく燕青を睨む。

「適当に笑うだけよりも、今の顔の方がいい。マスターと離れたくないなら、当事者になるしか手はないさね」

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