馬鹿騒ぎ
83 逢瀬の時は今いずこ
アパートから出たところで、やたらと賑やかに道中を辿っているカップルが目に止まった。何やら聞きなれない単語を繰り返していて、気になってしょうがない。

「アイザックとミリア?」
「リアじゃないか!お前、まだ家にいたのかー?!」
「引きこもりだね!」
「いやいや、午後から予定があるからゆっくりしてただけよ」

声をかけたところで、二人がざかざかと独特な勢いで近寄ってくる。言動といい行動といい、本当にこの二人は面白い。

「さっきは何を話していたの?なんだか聞きなれない言葉だったけど…」
「リアはギャフンって知ってるか?!」
「ギャフン?なにかの名前?」
「フィーロの奴が俺たちの血と汗と涙の結晶を木っ端微塵にしちまったんだ!だからギャフンと言わせてやろうと思ったんだ」
「ギャフンと言わせて、ギッタンバッタンにしてやろうってね!」
「だけどよー、リア。ギャフンと言わせた上にギッタンバッタンって残酷すぎやしないかってミリアと話してたのさ!」
「アイザックは優しいの!でもね、ギャフンが何なのか私たち何にもわからなくって」

ギャフン?一体何の意味なのか思い当たる節がないなあ。この二人はマルティージョのヤグルマさんを始めに、色んな人の影響を大いに受けているところがある。また東洋の言葉が元なのかもしれない。アイザックの知っているギャフンという言葉に関する情報をミリアと一緒になって聞き続けても、何が何やらさっぱりだった。ウチダロアンにアルセーヌ・ルパン……実際のところは何だろう。

「そうだよアイザック!リアの所に泊めてもらえばいいんだよー!」
「チッチッチッ!ミリア、それはとんでもない茨の道さ!」
「どうして?アイザック?」
「考えてみろよミリア。リアの家はマイザーのアパートだけど、その下には誰が住んでると思う?」
「はっ!エニスとチェスくんに、フィーロ!まさに墓穴を掘るってやつだね!」
「ボケツヲホルの意味はわからないけどたぶん違うんじゃ……」
「フィーロにギャフンと言わせるには、まだまだ時間が必要さ!幸せなことに俺らにはフィーロ以外にも頼れる友達がいるじゃないか!今晩、あいつのところに泊めてもらおうぜ!」
「わあ!ナイスな名案だね!」

わたしが口を挟む間もなく、二人の会話はポンポンと進んでいく。フィーロが一体二人に何をしたのかも気になるし、二人の友達っていうのも気になる。ふんふん、とずっと聞いていたところで急にアイザックから真剣な眼差しが送られてきて、背筋がヒヤリとした。

「――ところでリア……」

アイザックの表情に、隣りにいたミリアも息を飲んで見つめてる。いつも陽気なアイザックがこんな顔をするなんて。一体何が……

「あいつの家ってどうやって行くんだっけ?」
「……はい?」


*

「つーか、チックとマリアだけで大丈夫なのか?」

踊り子兼用心棒だけじゃつまらないとごねていたマリアに仕事を与えてチックさんと一緒に送り出した直後、うちの構成員たちが、チックさんとマリアを案じるような会話をそこかしこでし始めた。……本当に小娘一人に頼りきりになってるんじゃないだろうか。そんなことになってはガンドールの名が廃る。ただでさえクレア…葡萄酒に頼りきってしまいそうだったところが何とかそうならずに済んでいるのにあのお転婆娘一人にひっくり返されてしまう。もう少しリアさんを見習ってほしいものだ。魔女という通り名は有名であっても自ら名乗ることもなければ、姿と通り名がセットで知れ渡っているわけでもない。クレアさんも同じではあるけれど、殺す事に関して言えばおそらく彼女は一番慎重に事を運ぶ。揉め事を起こすこともなければ、事を大きくさせずに収束させる。……むしろ、彼女に頼りきりになってしまってやいないか?それはまずい。ガンドールの名が……いや。彼女の今の立ち位置は殺し屋として傍に置いているわけではないから、問題ないだろうか。私的な付き合いであるし、彼女もまたそれを理解している。マリアに頼って腑抜けかけている構成員たちを軽く一喝すると、それぞれ蜘蛛の子を散らす勢いでカジノの持ち場へと戻っていった。

「嬢ちゃんはまだ来ねーのか?」
「午後に来るように言ってあるよ」

構成員たちと入れ替わりで戻ってきたベルガ兄さんは、きょろきょろと部屋を見渡した。確かに、いつもだったらもう少し早い時間に到着しているところだけど、今日はまだ来ていない。

「通いもそれはそれでいいかもしんねえけどよ、もういっそのこと一緒に住んじまえよ」
「……難しいかな。慎重に時を重ねていかないと、僕は色々と急いでしまいそうだから」
「たまには押してみるのも悪かねえと思うぞ?」
「そうだね……少なくとも、フィーロよりは全てを早く進めていきたいとは思ってるよ」
「そりゃ最低ラインの話だぜ弟よ」
「はは、僕も頑張るよ」

それにしても遅いな。取り寄せた本なんてただの口実でしかないから、早いところ彼女に会いたい。会って、一言でも二言でも言葉を交わしたい。すべてが満たされているわけじゃないけれど、少し言葉を交わすだけでもある程度は満たされるのだ。今はまだこれだけで良いのだろう。急いてはいけない。急いたら、手に入れられるものも取り逃してしまいそうだから。

_83/83
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