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骨付きチキンはぬすまれた



世の中は浮足立っている。大学構内には男女問わずになんだかそわそわしてる。今日が特別な日だからじゃない。特別な日を前にしてそわそわしているだけ。全く嫌んなっちゃう。友人に背中をさすられながら歩いて、やっとの思いで見つけた月山くんのお腹に思いっきり抱き着いた。驚くわけでもなさげな月山くんは、そっとわたしの顔を離して、むにむにと頬を摘まんだ。このやろ、反撃できないからって遊ばないでよ。

「顔色がひどいな君は。1限目は何ともなかったのにどうしたんだい。」
「紗希乃ね、何だか具合が悪くなっちゃったみたいなの。家まで送ってくよって言ったんだけど月山くんのとこに行くってきかないから連れて来ちゃった。」
「うちのが迷惑をかけたね、レディ。助かったよ、今度お礼に花でもプレゼントさせてくれないだろうか。」
「ふふ、楽しみにしてるね〜。それじゃあ、お大事に!」

友人は嬉しそうに笑いながら歩いていった。むかむかと食道と胃を荒らしている元凶を今すぐ取り除いて、ふかふかのベッドへもぐりこみたい。体調はよくないし寒いしでいいことない。

「で、どうしたんだい?」
「今すぐ吐きたい抉り出したい。」
「まさか人肉以外を食したんじゃないだろうね?あれはただの毒だろう!」
「ゼミの授業でクリスマスパーティをすることになって食べるの断れませんでした!ちなみに欠席しようとしたら年内最後の授業で単位危ないから休めないし、さっきトイレで吐いたけどまだ胃はむかむかしてるし体調は最悪です!!!」

ぐわあっと言い切って、また月山くんにぎゅうっと抱き着いた。月山くんの顔は見えないけれど、たぶんきっと顔をしかめてる。人肉以外ありえない。気持ち悪いって思ってる。全くもって同感だ。さっきよりも力を込めて抱き着くと、月山くんが頭を撫でてくれる。ううう手が冷たいよ月山くん。

「君は馬鹿だね。いい断り方が他にもあっただろうし、最悪食べたとしてももっとマシでいられそうなものを希望すれば良かっただろう?」
「だって、いつもそういうの断っちゃうからってギリギリまで教えてもらえなかったんだもの。」
「日頃の行いが悪かったってワケだ。常日頃から気を配ってさえいれば良かっただろうに。」
「何事もそうそううまくいかないモノなのよ月山くん。」

喉の奥に絡みつく生クリームのこてこてした気持ち悪さが離れない。吐き出して胃液が通ったはずなのに、胃液で荒れてるだけじゃない。なんで人間はあんなものを嬉しそうに食べるんだろう。不味い食べ物でダメージを受けたわたしは、いつもは気を付けているというのに友人たちが纏う芳醇な香りにつられそうになってしまって、気分はさらに落ちて行った。食べたくないのに食べたい。飢えてるワケじゃないけど、不味いものの後ってさらに美味しそうに見えてしまっていけないなあ。さっきの美味しそうな香りを掻き消すように、抱き着いたまま深呼吸。コーヒーの香りと、月山くん、そして冬独特の外の匂い。深く吸って、ゆっくり吐き出す。どくどくと波打つ気持ち悪さを落ち着かせるように、何度かそれを繰り返した。

「落ち着いたかい?」
「すこしね。」

抱き着いたまま顔を見上げると、ちょっとだけ可笑しそうに笑ってる月山くんと目が合った。頭を撫で続ける大きな手は、さっきよりもほんのりあったかい。すこし落ち着いたから、きつく抱き着いていた手を緩めた。

「Désolé(ちょっと失礼)。」
「うぇ、」

顎を持ち上げられて、ぱっくりと食べられるようにキスが降ってくる。突然の息苦しさと、舐めまわすように動く舌に翻弄されて、体の力が抜けてしまった。ふらつくわたしを月山くんの長い腕が支えてくれて、何とか立っていられた。ふっと、唇が離れてやっと息がしやすくなる。月山くんは満足げに笑いながらそっと抱き寄せてくる。

「やっぱり、不味いね。」
「散々味わっといてそれ?」

乱れた息が落ち着いてきた頃に、月山くんと手を繋ぐ。さっきまでの気持ち悪さはあんまり残ってない。不思議だなあ。歩幅を合わせてくれる彼にこっそり感謝しながら、まだ電気の通っていないイルミネーションの脇をゆっくり歩く。夕方になったらこのサンタクロースもトナカイも命を吹き返すのだろう。二人分の白い息が灰色の空にばらけていった。

「一体なにを食べさせられたんだい?」
「おっきなケーキと骨付きチキンだよ。」
「へえ。ケーキと比べたら、チキンなら触感的には我慢できそうだね。」
「それでもやっぱり人間みたいに美味しくないもの。」
「そりゃそうさ。喰種の肉の方がまだマシだろう。」
「その中でも月山くんはさらにマシだもんね。」
「君だって、美味しい肉ばかり食べているのだから充分美味しそうだよ。」
「本当?嬉しいなあ、それじゃあ最期はちゃんと月山くんが食べてくれる?」
「どうだろう。できるなら君は食べなくないな。」
「嬉しいこと言ってくれるねえ月山くん。」

背の高い月山くんは遠いどこかを見ていた。下から見上げるしかできないわたしは、月山くんの視線が辿る先を追うのは難しい。ゆっくり歩きながら、じいっと見つめられていることに気付いた彼は、一度きょとんとしてから楽しげに笑った。

「さて、帰ろうか。」
「明日のクリスマスディナーはどうする?」
「そうだね……ケーキとチキンのリベンジなんてどうかな。」
「美味しいお肉で作ってもらうの?」
「もちろんさ。シェフに頼んで見目麗しいケーキを用意させよう!」
「ふふ、いつものオードブルも美しいから、きっと素敵なのが出来上がるね。」

もう一度手を繋ぎ直して歩く。ああわたし、もしかしたら浮足立ってるのかもしれない。きっとみんなと変わらない。何だか面白くなっちゃう。わたしが食事に思い馳せているのだとでも思ったのか、月山くんは新しい食材のあてを楽しげに話し始める。ああやっぱり、いいなあこういうの。




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