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すきまを覗くわたしのヒーロー



さむい。冬の体育ってこれだから嫌いなの。まあ、体育自体が好きじゃないんだけどね。いつもなら二クラス合同で男女に分かれて授業をする。男子はグラウンドでサッカー。女子は体育館でバレー。だけど今日は雨が降っているせいで男子も中でやることになった。体育館を仕切り用のネットで半分に区切って、女子はバレーの試合。男子もフットサルの試合をすることになった。

「ねえねえ、見てよ紗希乃。」
「なにー。」
「赤葦くん、Tシャツの上から何か掛けてるよ。」
「なにあれ。たすき?何か文字書いてあるね。」
「ネットが邪魔でよく見えない〜。」

勝ち抜けで試合をすることになって、わたしのグループは早々に敗退した。あんまりやる気のない子たちばかりだったからそれはもうボロ負けだった。暇になったわたしは、仕切りのネットに背を向けて、女子の試合をぼうっと眺めていた。男子の試合を熱心に見ている子もいるけれど、フットサルはバレー以上に興味がない。熱心に男子を見ていた友人に呼ばれて、体育座りをしながら同じようにネット越しに男子を見つめた。網目が邪魔をして、焦点を合わせるのに一苦労する。

「本…に、日…?本日?」
「空目してんじゃない、日本かもよ。」
「いやいや、日本って書いてあるたすきを何で赤葦くんが掛けてんの。」

じっとしていて欲しいのに、ボールを追いかける赤葦くんは立ち止まってはくれない。それにしても、フットサルもうまいなあ。バレーも上手だとよく女子たちが噂してる。1年生なのに2年生と組んでスタメン入りしてるって噂だった。バレーだけが得意なんじゃなくて、スポーツ自体が得意なのかもしれないなあ。遠目で見てもかっこいいのがよくわかる。髪の毛、ふわふわしてそう。

ピーっと笛が鳴って、女子のバレーの試合が終わった。赤葦くんのたすきの文字解読に勤しんでいた友人は試合があるらしく、残念そうにコートの中へ入って行った。友人は試合に行ってる間にわたしが解読してみせよう。内心胸を張って、男子のコートを見ると、どうやら向こうも試合が終わったみたいだった。……あれ、赤葦くんいないんだけど。どこに行ったんだろう。コートを出入りする男子の中にはあのたすきを掛けた姿が見つからない。きょろきょろと見回してると、ネット越しに誰かが立ち止まった。

「誰か探してる?」
「えっ、」
「すごくきょろきょろしてたけど。」
「あ、赤葦くん?」
「…オレのこと知ってんだね。」

頭にタオルを引っ掛けたままの赤葦くんがすこし驚いたような顔をしている。それから、ちらりと後ろの試合を見たかと思えば、ネットを挟んだわたしの目の前にあぐらをかくようにして座った。ええ、なぜ座る。とか、赤葦くんは有名ですよ、とか言いたいことはたくさんある。けれど、わたしが気を取られたのは右手に握られた赤い布だった。

「たすき…。」
「ああ、これ。佐々木が一日つけてろって言うから付けてたんだ。流石に今は外してるけど。」
「佐々木くんって、」
「知らない?うちのクラスのヤツなんだけど いま試合行ってるよ。吉川、これ気になってたの?」
「う、だって一人だけ何か引っ掛けてて、文字読めないし何なんだろうって思って。」

赤葦くんこそわたしの苗字知ってたの。その言葉は飲み込んで、ちゃんと会話になるように返事を返す。さっきからちゃんと言葉を返せてない。赤葦くんはすこしだけおかしそうに笑って、右手で掴んでいたたすきを広げて見せた。

「本日の主役?」

やっぱり日本じゃなくて本日だった。ん?でも待てよ、赤葦くんがこのたすきを掛けているということはもしやまさか。

「あー、そう。今日はオレの誕生日なんだ。」
「うぇっ、うそ、ほんと?ほんとに?!」
「なんで嘘つかなきゃいけないの、ほんとだよ。」
「知らなかった!」
「まあ1年目だし、あんまりお互いの誕生日覚えてたりしないもんでしょ。」

オレだって吉川の誕生日知らないし。と赤葦くんは言った。むしろ誕生日どころかわたしの存在知ってるなんて思わなかったよ。今年最後の月になってとんでもない爆弾が降ってきてしまった。この先の高校生活での運を使い果たしたのかもしれない。

「吉川は試合でないの?」
「一番最初にやって負けちゃったの。だから今は暇人です。」
「そっか。バレー好き?」
「普通、かなあ。テレビでやってたら見るけど、赤葦くんほどじゃないと思う!」
「あ、部活も知ってんだ。」
「赤葦くん結構有名だもん。昼休みとか、先輩と一緒にいるでしょ?」
「木兎さんね。一緒にいるっていうか、呼ばれるし向こうが勝手に来るんだよ。」
「あはは、可愛がられてるんだね。」
「可愛がられてるっていうかこっちが世話してるみたいなもんかな。」

初めて会話しているというのに、赤葦くんは何て事のないようにすらすらと話しかけてくる。何とか答えるのに精いっぱいなんだけど、気付かれてないといいな。そのことを誤魔化すように、冷えた手に息を吹きかけて温めてみる。最初の方にちょっと動いただけで、あとは冷たい床に座っていて体が冷えてしまった。足先も冷たいから、はやく暖房のついた教室に戻りたい。だけど、せっかくこうして赤葦くんとお話できてるのに終わっちゃうのはもったいないなあ。

「寒そうだね。」
「うん。あんま動いてないし、ずっと座ってたからね。赤葦くんは半袖で寒くないの?」
「さっきまでずっと試合してたからまだあったかい。」
「そっか〜。」
「オレのジャージ着る?」
「……へ?」
「オレ、着てないし。いいよ。」

洗ったばっかだから。そう言いながら赤葦くんがだぶついた仕切りネットを手繰り寄せて持ち上げる。ネットの網目越しに見えてた赤葦くんが今度はすっきり見える。

「はい。」
「あ、ありがとう!」

想像以上におっきなジャージを受け取って、ひざにかけた。羽織るのはなんだかちょっと気が引ける。ネットが戻って、また網目越しの赤葦に向き直った。

「ひざでいいの?」
「うん。足が寒いから…。」
「そっか。」

納得したような、でもどこか残念そうな赤葦くんは何か考えているようで、小さな声で うーんと唸っていた。どうしたの、そうたずねる前に隣りのクラスの男子が遠くから赤葦くんを呼んでいた。また試合が始まるのかもしれない。今行く、と赤葦くんが手をあげた。ああ、赤葦くんが行っちゃう。そういえば言えてないことがあるじゃないか。ちゃんと言わなきゃ。

「あ、赤葦くん。」
「なに?」

立ち上がりかけた赤葦くんがしゃがんでくれる。首を傾げている様子が、可愛らしくて思わず笑いそうになった。

「あのね、誕生日おめ「ちょっと待って。」
「ええ?最後まで言わせてよ!」
「だから、待って。」
「?」
「……あのさ、ひとつ我儘言ってもいい?誕生日プレゼントってことで、お願いしたいんだけど。」
「う、うん?」
「昼休み一緒にご飯食べてくれませんか。」
「!」
「嫌なら、断ってくれてもいいよ。」

断ってくれてもいい。そう言いながら、赤葦くんはふいっと顔をそらした。うわ、なんなの。さっきから、何だかとってもかわいい。お、お昼って一緒にってなんでわたし。

「ぼ、ぼくとさんは大丈夫なんですか……!」
「はは、気にするとこそこなの?」
「や、だって毎日一緒にいるじゃん。」
「今日は別にしてってお願いしてあるから。」
「すでに?!」
「そう、すでに。」

赤葦ー!と呼ぶ声が増えた。赤葦くんはニッと笑って、立ち上がった。

「さっきの続きは昼休みに言ってもらうから。」

赤いたすきを持って走っていく赤葦くんの後姿が網目越しにちかちかした。お昼って体育の後じゃない。すぐだよ。あと20分くらいしかないよ。どうしよう、今日のお昼ご飯何持ってきたっけ、弁当の中身何だろ変なモノ入ってないといいな。っていうか、お昼一緒に食べるのがプレゼントってなに。うわああ、すでにってなんだ!体育座りをして、ひざに顔を埋めるとほんのり洗剤の香りがして、どきどきする。顔が、あつい。ああ、これ。昼休みまで落ち着けるといいなあ、だなんてぼんやり思いながら本日の主役を目で追って、今度は見失わないように見つめることにした。





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