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「おめでとう、リーマス」
「ありがとう、父さん」
「おめでとう」
「ありがとう、母さん」

 小さなケーキ、灯された光、質素だけれど愛情のこもったプレゼント。広いとはいえない家の、テーブルを囲む三人の親子。
 リーマスは、優しい時間にふわりと笑った。今だけは、影を忘れることが出来る気がする。あと何週間かあとに、苦しい夜があることも遠い世界のことに思えてくる。そのせいで、幾度と無く移転を繰り返したことも、今いるこの家もいずれは引き払う予定だということも。
 全てを忘れて、プレゼントを手に取れば、ずしりとした重量がかかった。一ヶ月に一度、人の体には不必要な力を使うためか、彼の体は同じ年頃の少年達と比べてずいぶんと細い。力もあるとはいえず、彼の手に抱えられた一冊のハードカバーの本はやけに大きく見えた。人と付き合うことがいつしか苦手となって、本を読むことに夢中になった少年へのプレゼントは、「ホグワーツの歴史」。
 リーマスは、包みを解いていた手を止めた。戸惑った目を、両親に向ける。彼らは、優しく笑っていた。

「何度も反対に合ったけど、私達は権利を得た」

 父が、静かに告げた。持って回った言い方だったけれど、十一歳になったリーマスにはそれで十分事足りた。

「――じゃあ」

 沈黙の中に、がたん、と椅子が倒れる。リーマスは立ち上がり、その細い腕をテーブルについて身を乗り出した。彼の顔が期待に満ちていく。

「じゃあ、じゃあ僕……!」

 それ以上、言葉は出てこなかった。喉が詰まり、言いようも無い高揚感に包まれる。
 母が、頷く。少年に似た、線の細い女性だった。

「学校に行けるのよ、リーマス。あなたは、その許しを頂いた。今年の夏には、ホグワーツからの手紙が届くの」

 彼女の言葉は、ゆっくりとリーマスに染み渡り、やがて彼は常では絶対にあげない声を出した。叫びとも、泣き声とも、はたまたケモノを思わせる咆哮ともつかないその声は、小さな家を震わせ、少年の心もまた震えた。
 母が、泣いていた。父は、ただ穏やかな目で辛いものを背負う息子を見ていた。
 リーマスは、大事そうにプレゼントを胸にいだき、潤む目を二人に向ける。

「ありがとう、僕がんばる。一人前の魔法使いになって、卒業するから」
「来年の今頃、友達がお前の誕生日を祝っているといいな」
「ええ」

 両親がそんな会話をする横で、リーマスは早速本のページを開いた。もし友人が出来なくても、学校に通えるという事実だけで彼には最高のプレゼントだった。


 ああ、それでも。――そんな夢のような出来事が、現実になればいい。

***

 朝食の最中に届いたふくろう便には、体の調子はどうか、友達やクラスメイトとは上手くやっているかと心配ごとばかりが並んでいた。埋もれた誕生日のメッセージに、思わず顔をほころばせる。今年はプレゼントが無くてごめんねと結ばれていたが、リーマスは手紙だけで嬉しいと思った。
 余韻にひたりながら、何度も手紙を読み返していると、ふいに横から影が飛び出てくる。驚いて、反射的にのけぞった。

「うわあ、長い手紙。え、なに? リーマス今日、誕生日なの?」

 影の正体――ジェームズが、勝手に手紙を読んでこちらに顔を向ける。リーマスは取り繕うように笑って、頷いた。

「うん」
「そうなんだ。おめでとう」

 破顔したジェームズのその向こうで、次々と「おめでとう」の言葉がかかる。リーマスはありがとうと、同寮の人たちに返事を返した。こんな誕生日は、何年ぶりだろう。両親のほかに、自分の誕生日をめでたいと思ってくれる人がいる。

「早く言ってくれればいいのに。プレゼントも何もないや。リーマス、何か欲しいものある?」

 そう言ったのは、一番の友達(だとリーマスは思っている)のアラシだった。一風変わった雰囲気を持つ彼は、リーマスの秘密を知る唯一の生徒だ。

「いいよ、アラシ。僕、“おめでとう”だけで嬉しい」
「リーマスって、けんきょ」

 ピーターが笑った。
 それに頷いて、ジェームズが茶化す。

「ホント、欲が無いよね。なんならさ、アラシのチェスセットを奪うくらいしちゃえばいいのに」

 リーマスは困惑気味にアラシを見やった。彼は「なに、チェスが欲しいの?」とくすくす笑っている。チェスセットは、もともとシリウスのものだった。それがクリスマスプレゼントの名目でアラシの手に渡ったのだ。
 リーマスは軽く首を振って、「本当にいいよ」と断りの言葉をつむぐ。それから、からかうように目を細めた。

「シリウスから、直接もらうから」「は? 待て! え、俺?」

 それまで、寝ぼけ眼でオートミールをつついていたシリウスがばっと顔を上げる。一気に眠気が吹っ飛んだようだった。
 ジェームズが神妙な顔で頷く。

「そうだね。この中じゃ、シリウスが一番プレゼント係に向いてる」
「係ってなんだ係って! 何か他の係でもあんのか?」
「僕らは“おめでとうを言う係”。で、シリウスはプレゼントをあげる係」

 アラシがけたけた笑いながらからかう。
 シリウスは、「なんだそれは」と文句を垂れた。しかしその顔は冗談に笑っていて、怒っているようには見えない。

「しょうがねーなー。じゃあ、ほれ。今日のデザート、やるよ」

 言いながら彼はとん、とリーマスの方にデザートの皿を置く。それを見たピーターが、くすくす笑った。

「チョコレートプティングだね」

 彼がそのデザートをことさら苦手としていることは、誰もが知っている。リーマスもまたくすくす笑いながら、濃い茶色をしたそれを受け取った。

「ありがとう、シリウス」
「じゃあ、俺のもあげるよ」

 そんな声が聞こえたかと思うと、アラシもまたプティングを差し出してきた。

「じゃあ、僕も」
「僕も」
「お前ら、真似すんな」

 ジェームズ、ピーターと間をおかずに真似をしたので、シリウスが顔をしかめる。にぎやかな食卓だった。
 リーマスは、五つに増えたプティングを前に、もう一度「ありがとう」と笑った。

 手紙の返事には、プレゼントを四つももらったことを書こうと、決めた。



Fin


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