26


「クリスマス、か」
「あら、珍しく静かね。どうしたの?」
「いや、今年は君からもプレゼントはもらえるのかと思ってね」
「さぁ? どうでしょうね」
「期待しないで待っておくよ」

ロウェナはおかしそうにくすくすと笑った。
まったく、つかめない女(ひと)だ。

― ジングルベルのその前に ―


「あれ? 皆帰るの?」

居残り用の欄に名前を記入し終えたアラシは、羽ペンをとろうとしない友人達に尋ねた。
彼らは話をやめて、そろってアラシの方を見る。
なにやらその目が妙なものを含んでいる気がして、アラシは小首をかしげた。

「なに?」
「いや、お前は帰らないのかと思って」
「うん、帰らないよ」

シリウスの問いかけに、至極単純に答えたアラシは、四人が輪になっていたソファーの一角に腰を下ろした。
暖炉の火が心地良い。
外では雪がしんしんと降っており、今日の寒さは格別だ。

「まさかとは思ってたけど……そうなんだ」
「なんでそんなに驚くの?」

リーマスの呟きに、そう返せば彼は苦笑する。

「うん、アラシって家族とか大切にしそうだと思ってたからさ」

なぜそんなことにつながるのかと一瞬思ったが、こちらのクリスマスというのは一種の家族行事であることに思い当たる。
日本でも、正月は確かに大事だが。

「いや、別に大切にしていないって言っている訳じゃなくてね? なんていうか、意外というか」

リーマスは黙っているアラシが怒っていると思ったのか、慌ててフォローを入れる。
その彼に助け舟を出すようにして、ジェームズが口を開いた。

「アラシなら、当たり前のように帰ると思ったんだよ」

あまり助けていないような気がしないでもないが、彼もそれ以上はいえないのだろう。
四人とも、なんと言ったものかと顔を見合わせている。
アラシはその様子がどうにもおかしくなって、小さく笑い声をもらした。
彼らはその反応に緊張がとけたのか、ほっと息を吐いた。

「別に、じいちゃん達に会いたくないってわけじゃないんだけどさ」

ああ、なんだろう。なんていうか、こういうのってどうしようもなくいいな。
アラシはくすくすと笑いながら言った。
うん、面白い。楽しい。

「あれ? おじいさん?」

ピーターが小首をかしげる。

「ああ、俺親いないから」
「……初耳だぜ?」
「うん、そういえば言ってなかったね」

シリウスが顔をしかめた。
その顔はどう見ても、どうして言ってくれなかったんだと語っていた。

「わかりやすいなぁ、シリウスは」

くすくす笑いながら言えば、彼の顔はますます不機嫌になっていく。
他の三人は、気まずそうに顔をそらしていて、再び緊張した沈黙となってしまった。

「俺は気にしてないんだけどね。物心ついた時からいなかったし、じいちゃんもばあちゃんも可愛がってくれたしさ」

だからそんな気を遣うことないって、とアラシは付け加えた。
しかし四人は黙りこくったままで、何も言わない。
まったく、妙なところで沈んでくれる。
アラシは小さくため息をつき、空気を一掃させようと話題を戻した。

「それで、皆帰っちゃうんだ?」
「まあ、ね。クリスマスは、家族と過ごしたいし」

ジェームズが苦笑して答える。
まるで彼が代表で答えたように、他の三人は頷くだけだ。
再びの沈黙に、アラシは眉根を寄せた。
ざわざわと、談話室の喧騒が今は妙に耳につく。
寮生の口の端には、帰る雰囲気が見え隠れしており、ホグワーツに残る生徒はほとんどいないのだろうということがわかった。

「なんでアラシは帰らないの? こっちに来て、結構経つでしょ?」

ピーターがふいに言った。
暗に、家が恋しくないのかと言っているのだろう。
アラシは口の端を上げる。

「ホグワーツのクリスマスって、楽しそうだし」

夏には嫌がおうにも(別に嫌なわけではないが)帰らなくてはいけない。
ホグワーツに長く居たいと思うのは、“彼”の影響だろうか。

「まさか、それだけの理由で……」

リーマスが目を見開く。その表情は信じられないと語っていた。

「色々他にもあるけどねー。うん、残るよ俺は」
「それなら、俺も残ろうかな……」

思わぬ一言に、アラシ以外の三人も驚いてシリウスを見た。
彼はうーん、と考えるようにソファーの背もたれに寄りかかりあごに手を当てる。
妙に演技がかったその動作さえ、彼がやると妙にキマって見えるから不思議だ。

「シリウス、君帰らないとマズイんじゃないの?」

ジェームズが眉根を寄せて問いかけると、シリウスはそれはそうなんだけど、と目線をアラシに向けてくる。

「別に帰りたくて帰るわけでもないし。友達と一緒にいるって言えば、うるさく言われないかもしれないし」

そこでアラシは、彼の複雑な事情に考えが当たった。
彼は、高名で格式高い家の長男なのだ。
クリスマス休暇に帰るのは、ごくごく当たり前のことで、それをしないというのは無礼に当たるに違いない。
しかし、その帰る家とやらをあまり好いていないのだから、シリウスの言い分もわからなくはなかった。
けれど、ピーターとジェームズが声をそろえる。

「その友達が問題だよ」
「その友達が問題なんだよ」

そろった声にいささか驚いているのはリーマスとアラシだけだった。

「あ、そか。……グリフィンドールじゃなぁ……。まあ、スリザリンの奴といてもイラつくだけだから別にそれはいいんだけど」

うーん、と再び唸るシリウスにアラシは苦笑した。

「今年は帰りなよ、シリウス。俺、毎年残るつもりだし。なんなら来年は一緒に過ごそう」
「……は? 何、お前毎年残んの?」

それには、シリウスもリーマスや他の二人も心底驚いたらしく、どうして、と言わんばかりに詰め寄ってくる。
アラシは笑顔を浮かべた。

「遠いんだよね、日本って」
「……あ」
「そうか」
「そういえば、アラシって日本人だった」
「言われて見れば、アジアの顔」

いや、何その反応。
アラシはあはははと乾いた笑い声を漏らし、詰め寄ってきた四人を押し返した。

「なんていうか、あまりにも馴染みすぎていて忘れるよね」

リーマスが言い訳のように言えば、シリウスが混ぜ返す。

「妙にはまってんだよなァ……。もしかして、イギリス人の血が入ってんじゃねーの?」
「さぁね。拾われっ子だから」

肩をすくめてあしらい、アラシは話題を戻した。

「それで? シリウスは帰るの、帰らないの?」
「……帰る、今年は」
「そ」

アラシは頷いて短く返すと、両手の指を組んで大きく伸びをした。

「ああーなんか眠いなァ。暖炉の傍って気持ちいいや」

言いながらも、眠気が襲ってくる。
このままうたたねと興じるのもいいかもしれないが、あいにくそれは許してもらえなかった。

「ねえアラシ」

リーマスが妙に沈んだ声を発する。
アラシは閉じかけていたまぶたを持ち上げ、彼を見やった。

「んー?」

リーマスは視線を泳がせる。

「拾われっ子って……」
「冗談?」

彼の言葉を引き取るように、ジェームズが言った。
アラシは一瞬なんのことだかわからなくて、四人を見回す。

「……ああ」

そうか。言ったな、さっき。
アラシは苦笑を浮かべ、眠る体制から体を起こした。

「別に、大したことじゃないんだよ。ただ、偶然拾われたっていうか」

そういや、空から降ってきたとか言ってたな。
アラシは祖母の言葉を思い出し、眉根を寄せた。
それって、一歩間違えると死んでたんじゃないだろうか。

「偶然って素晴らしいよね」

アラシは小さく呟いた。
実際、義理の祖父母はいい人たちだ。
まるでどこかのお伽噺のように、上手くいっている。――怖いくらいに。

「偶然って……」
「軽い感覚にもほどがあるんじゃないの?」

ピーターが絶句する傍らで、リーマスは呆れたように言った。
確かに、常識で考えればアラシの境遇は酷いものだ。

「優しくない親に育てられるよりは、ずっと嬉しいよ」

アラシは笑って言った。
それは仮に“アラシ・カンザキに生みの親がいれば”の話ではあるが、本音だ。

「……まあ、一理あるな」

シリウスが小さく言った。

「なんとなく、それはわかる。うん」

頷いて納得する彼にアラシは笑い声をもらす。
そうだ。彼は、実の親を嫌っている。

「うん、そういうこと。別に、君達が気にすることじゃない。俺も、それで納得してる」
「アラシがそう言うなら……」
「確かに、僕らが口を出すことじゃないものね」

ピーターとジェームズがため息混じりに語る。
アラシはそうそうと頷いて、すっかり目が覚めてしまったから図書館にでも行こうかと考えた。
運がよければスネイプと会えて、クリスマス休暇に残るかどうかくらいは聞けるかもしれない。

「でもさ」
「ん?」

ずっと黙っていたリーマスが口を開いた。
彼に視線をやれば、思いつめた顔をしている。
彼のそんな表情はあまり見ないので、アラシは心配で顔をゆがめた。

「リーマス?」
「ご両親の顔とか、知らなくてもいいの? どんな魔法使いだったとか、さ」

彼は非常に言いにくそうだった。
話題が話題なだけに、沈黙も重苦しい。
アラシは再び舞い戻ってきたそれを払おうと、明るい声で言った。

「魔法使いとは限らないけどね。俺、マグルに育てられたし」
「あ……そっか。ごめん」

リーマスは謝るとき、本当に申し訳なさそうに目を細めて顔を伏せる。
アラシは素直な彼に苦笑し、頭の後ろで手を組んだ。

「そうだなァ……別に、知りたいとは思わないよ。俺、育ての親に恵まれてるから」

そういや、大工になるって約束もしていたような気がする。
今となっては、守れるか怪しくなってきた。

「本当に息子か孫みたいに接してくれたし、ご近所さんもいい人だったし。今思うと、やたら甘やかされてるようで、厳しかったな」
悪いことをすると、こっぴどく説教を受けたものだ。
それが嫌で、自然とそういうことはしなくなった。
飴とムチの使い方が巧みなのだ、彼らは。
思い出すと、頬が緩んだ。
いくら血はつながっていないとはいえ、大切な家族だ。

「アラシは、本当に幸せそうに笑うよね」

思わぬ一言に、アラシは無意識に聞き返してしまった。

「え?」
「うん? だから、嬉しそうに笑うなあって」

リーマスがくすくすと笑う。
見れば、他の三人もにやにやしていた。
アラシは急に気恥ずかしくなり、わざと大きな声で言った。

「あーもう俺の話は終わりっ。それよりさ、夕食まで時間もあるし外で遊ばない?」

すでに定番となった雪合戦が始まるまで、あと五分。


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