エベレスト・恋のてっぺん

2018/02/14

セドリック・ディゴリー、完璧なハッフルパフ生。

ハンサムな顔立ちに加えて、温和で誠実な性格、その優しさから寮を超えて彼の人気が止まることはなかった。

そして、それはわたしにとっても例外ではない。わたしは彼に出会ったときから、彼に恋をしている。といっても、わたしたちの出会いはなんてことなく、ただ入学の時同じホグワーツ特急のコンパートメントに乗っていたという、ただそれだけだったのだけれど。

緊張で沈黙しがちなコンパートメントを、彼は気遣いとユーモアで途端に賑やかなものにした。きっとあの時同じコンパートメントにいた生徒は皆、彼の虜になっただろう。

組み分けで彼と寮が離れた今、全く接点はないというのに、セドリックはわたしを見かけると先に微笑みを浮かべながら挨拶してくれる。わたしはそれに返すのが精一杯で、他の女の子たちのように彼と楽しげに会話することすら出来ていない。

しかし、今日こそは、とわたしは決意していた。

今日は、一年に一度、それとなく好意を伝えられる日。バレンタインだ。

もし彼が全くわたしに興味がなく、困ったようにされたら、「もちろん友人としてよ」と言えばいいのだ。そう考えてはいても、昨日は眠れなかったのだけれど。お菓子作りなんてしたことのないわたしが、しもべ妖精たちの熱心な指導のもとやっとチョコレートクッキーを作ったのだ。数人に味見もしてもらった。食べられない味ではないはずだ。

そう考えながら、わたしはハッフルパフの寮の前に立っていた。しかし、ここまで来て、一番の問題点を見つけてしまったのだ。

もし、セドリックが今日一日中寮にこもっていたら、わたしは永遠にここで待ちぼうけだ。そうでなくても、彼が多くの友人を連れていたら、きっとわたしは話しかけることすら出来ないだろう。こんなところになぜ立ってるんだと、怪訝に思われるかもしれない。

わたしは昨日まで都合よくセドリックが一人でいることを想像していたけれど、それがただの願望に過ぎなかったことに、ここまで来て気づいたのだった。

実際、先程からハッフルパフ寮を出入りする生徒たちには胡乱な目で見られていたし、そのうちのハッフルパフに数人いる友人からは、「誰かに用事?呼んでこようか?」との申し出を受けていた。しかし、わたしはそれをその都度申し訳なく思いながらも断っていた。

セドリックを呼んでほしい、だなんて今日、バレンタイン・デーにそんなことを言ったら、全て筒抜けじゃないか。「セドリック、ナマエが外で待ってるわよ」だなんて談話室で言われたりなんかしたら、もう、一巻の終わりだ。見守ると称して大勢の野次馬たちが駆けつけるに違いない。

わたしは出直そうか、とさえ思った。むしろ、明日以降、偶然出会った際に渡した方が、友達として、という言い訳が通用する気がした。今日という日にこだわる必要もないのだ、そうするべきかもしれない。

わたしがそうかんがえていたときだった。

「ナマエ…?」

後ろから声がかかって、わたしは飛び上がりそうになりながらも振り返った。その声を聞き間違えることはない、セドリックだ。

「どうしたんだい、こんなところで。もしかしてハッフルパフの誰かに用事?」

セドリックはクィディッチの練習が終わった後らしく、タオルで汗を拭いながら爽やかにそう尋ねてくる。自然と顔を覗き込んでくるのは、彼のくせに違いない。しかしわたしはその仕草ひとつひとつに胸を高鳴らせていた。

そうしているうちに、セドリックはわたしが隠しそびれた箱に目を止めたようで、「もしかして、」と遠慮がちに聞いた。わたしはもう何も言うことができずにただ立ち尽くすことしかできない。

「からかったりしないし、そいつだけにこっそり言って呼んでくるから、もしナマエがいいなら協力するよ」

セドリックがあまりに優しくそう言うので、わたしは思わず震えてしまう。誤解を解かなければ。あなたに渡しにきたの、と言わなければいけないのに口が開かない。

「セ、セドリック…」

わたしが口ごもりながら言うと、セドリックは優しく「うん?」と聞き返した。あまりにその言い方が穏やかで優しげなので、そのせいで涙が出そうだ、とすら思った。

「わたし、あなたに…あなたに、これを渡しに来たの」

「えっ!」

セドリックは心配そうな表情を浮かべていたのを一瞬で驚きに変えると、しばらく固まっていた後「本当に?」と尋ねた。その表情が案外、思っていたより嬉しそうだったので、わたしはもうそれだけでいい、とすら思った。

するとセドリックは前髪をかきあげて自分の髪をくしゃくしゃにかきまぜると、押し殺したような声で「あー…」と言った。もしかして、すごく困っているのかもしれない、さっき嬉しそうだったのは錯覚だったのかも、と思って、わたしの心は一気に急降下してしまった。

「あ、あの、セドリック…」

友達としてだから、気にしないで、と、そう続けようとした時だった。

突然、セドリックに思い切り抱きしめられて、わたしは何も言えずに硬直してしまう。セドリックはしばらくそのまましていると、パッと離れて困ったような顔をした。

「ごめん、練習後だったのを忘れてた、汗臭いのに」

あんまりうれしくて、と続けるセドリックに頭がついていかない。目を白黒させるわたしに構わず、セドリックはそのまま言葉を続けた。

「戻ってきたらナマエが一人でいるから、やっとちゃんと話せるって思って話しかけたのにこれを君が持ってて。ハッフルパフのどこのどいつだ、ってすごい妬いてた、ごめん」

眉を下げながらそう言うセドリックに、もしかして片思いじゃないの?と尋ねるわけにもいかず、わたしはただ見つめることしかできない。

「優しいふりして協力するって言ったのに、本当最低なのは分かってるけど、振られてしまえって思ってた。だって、僕の方がずっとナマエのこと見てたから」

「セドリック、それって…」

わたしが感極まってほとんど掠れた声でそう尋ねると、セドリックはもう一度抱きしめたくてたまらない、というように手を握ったり開いたりしながらわたしにできる限り近づいて、こう言った。

「君のことが好きだ、出会ったときからずっと」

バレンタインってなんて素敵な日なんだろう、と思いながら、顔を近づけてくるセドリックに応えるように目を閉じた。
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