やっつけラプソディ

2018/02/14

「待って待って、ここまで似合わない人初めて見た!」

わたしが魔法のカメラを彼に向けようとすると、彼――闇の帝王は、杖の一振りでそれを破壊してしまった。「高かったんだよ!」と抗議すると、「自分でレパロして直せ」と冷たく言われる。彼が壊したものをわたしに直せるわけがないとわかって言ってるのだ。ああ、本当に高かったのに。せめて、今の写真だけでも現像することができないだろうか。

闇の帝王が手にしているものは、なんと、かわいらしいチョコレートだ。今日は世界中にチョコレートが氾濫する日、バレンタイン。闇の帝王ですら、甘い甘いチョコレートを頬張る。わたしが無理やり渡したものだけれど。チョコレートを指先でつまむ闇の帝王、というのは、それはそれは面白い。このネタで一生笑えそう。

わたしと闇の帝王はホグワーツ時代からの仲だ。わたしはハッフルパフだろうと信じきっていたのに、組み分けされた先はなんとスリザリン。そこで、わたしは彼に出会った、そしてその瞬間その顔面に惚れ込んでしまった。

あなたの顔が好き!とアプローチを続けた結果、彼の美しいかんばせが見る影もなくなった――というととてつもなく失礼なので、独自の進化を遂げた、と言うことにする――今も、彼との奇妙な仲を続けている。というより、ほとんど軟禁状態なのだけれど。わたしはこの屋敷から出られない。彼の、たくさんの秘密をわたしは知ってしまっているからだ。そもそも、出ようと思ったことは一度もないのだが。

そんなわけで、わたしには退屈を通り越すほどの時間がある。そのため、わたしは季節の折々に「しつこい」と闇の帝王に言われながらも、毎回イベントに合わせた飾り付けや料理を豪勢に準備していた。もちろん、バレンタインも手を抜けるはずがない。闇の帝王の文机は今や、チョコレートの博覧会と化している。

「一口食べればそれでいいと言ったろう、さっさと退けろ」

しかし闇の帝王にとってはそれらはただの無駄な産物でしかなく、辟易とした顔で追い払うようなジェスチャーをした。確かに、こんなところをデス・イーターに見られたら溜まったものじゃないのだろうけれど。

「アブラクサス・マルフォイに丸投げしようかなあ」

とわたしが呟くと、「そうしろ」と彼はそっけなくつぶやいた。そして、わたしが杖で包み紙を一つ一つ閉じていくのを、さっさとしろと言わんばかりの目で眺めている。

「そういえば、学生時代もあなたにチョコレートを渡して、見事に玉砕したね」

「どれだけ昔の話を掘り返すんだ」

闇の帝王は呆れたように吐き捨てた。昔の話はご希望じゃないのかもしれない。けれど、人生において思い出話をすることほど、楽しいことはないのだ。

「最後の年は、わたし、101本のバラを贈ったんだよ。覚えてる?普通は逆だからね?」

「ナマエがスリザリン生でなかったら、一番最初にバジリスクの餌にしてやったものを」

残念だ、と闇の帝王はため息をつく。わたしもすこぶる残念だ。どうせこの先いつか死ぬのだから、バジリスクに殺された悲劇の少女として劇的に死んでみるのも悪くはなかった。なのに、スリザリンに組み分けれたばかりに平々凡々といまだに生きている。いや、闇の帝王と暮らしていることはもしかしたら平々凡々とは言えないかもしれない。よくて、平凡程度だ。

「私がお前を生かしてやっているのだから、少しは楽しませろ、ナマエ」

闇の帝王は片づけていたわたしの手を唐突に引き寄せた。わたしはほとんどつんのめるようにして、彼の胸に手をつく。

「なあに。バレンタインだからって恋人ごっこをご所望なの?」

わたしがわざと彼の頬をゆっくりと撫でると、「気色悪い」の一言で切り捨てられる。流石にひどい。しかし、この年月の中で、すでにわたし達の間にはロマンスだとかそういう類のものはないのだ。そもそも、元々彼にそんなものが備わっていたら、今世界を恐怖に陥れるヴォルデモート卿は存在しなかったろう。彼は恋や愛などを理解することができないのだ。そういう人間が一定数いることを、わたしは知っていた。彼のように世界をぶっ壊そうだとか、そういう物騒なことを考えるか考えないかの差があるだけで。

「たまに、あなたのことをトムって呼べないことがさみしくなるわ」

わたしの言葉に、闇の帝王はこれ以上ないほど顔をしかめた。もし彼の機嫌がすこぶる悪い時にこんなことを言ったら、きっと死の呪文を、ためらいもなくかけられていたことだろう。

彼は机に残っていたチョコレートを一粒、長細く真っ白な指先でつまむと、わたしの唇に押し付けてくる。それで黙らせようという魂胆らしい。わたしはおとなしく唇を開いてそれを口に含んだ。途端に、甘いチョコレートが口に広がる。すぐに溶けてしまったそれは、しかしいつまでも残るような味だった。

「今キスしたらすごく甘いわたしを食べられるけれど、どうする?」

彼の膝に腰を下ろしてそう言うと、闇の帝王は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。しかし、わたしの髪に指を差し込んで、彼の方へと引き寄せる。

世間は彼のせいでバレンタインどころではないだろうに、わたしたちはとびきり甘い口づけを交わしている。

そんなちくはぐな矛盾が、余計にキスを熱くするのだ。
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