愛の魔物をてなずけたい

2018/02/14
「おい、ナマエ。今日が何の日だか知っているのか?」

スリザリンの談話室、どこか浮き足立っている生徒達を尻目に、高飛車にそう言うのは、ドラコ・マルフォイ――わたしの幼馴染だ。

彼と同じく純血のわたしは、親同士のつながりもあり幼い頃大半の時間を彼と過ごして来た。そしてホグワーツに入学し、無事二人ともスリザリンに組み分けされてからも、それは変わらない。

「ドラコ、さすがのわたしでもそれくらいは知ってるわよ」

わたしは本から目を離さずにそう答えた。談話室のソファは、本を読むのにうってつけの場所だ。

ドラコはどこか焦れたような態度を取ると、わたしの隣に勢いよく腰を下ろした。そのせいでわたしは危うく本を手から取り落としそうになる。
わたしがやっと彼の方に目を向けると、ドラコは少し機嫌をよくしたようで、満足げに鼻を鳴らした。

「もらったチョコレートで両手が塞がってるんだ」

ドラコは聞いてもいないのにそう言うと、それらを落とさないように膝に乗せて、そのうちの一つを手に取った。綺麗な包み紙に包まれている。もしかしたらパンジー・パーキンソンのものかもしれない。彼女はドラコに熱を上げている。

ドラコはそんな包み紙に気も留めずさっさと開けてしまうと、「君も食べるか?」とわたしに尋ねた。わたしが「いいえ」と答えるのを聞くと、その中に入っていたチョコレートを無造作に口に放る。下を見れば、なにやら長々と書き連ねられたメッセージカードが無残に床に落ちてしまっていた。わたしはあまりにかわいそうなのでそれを拾い上げ、ドラコがもらったチョコレートを山盛り入れている紙袋にそれを差し込んでおいた。読むかどうかはドラコ次第なのだけれど。

「バレンタインだというのに、ナマエは渡す相手もいないのか」

少し小馬鹿にするように、ドラコはそう言った。自分がたくさんもらえているのだからそれでいいだろうに、人の心配までするなんて。一言で言えば、余計なお世話というやつだ。

ドラコのことは幼馴染として大切に思っているけれど、彼の傲慢さを手放しに好きになれるほどの単純さは持ち合わせてはいなかった。

「そうね、誰にも渡す気はないわ」

わたしはそう言うと、本を閉じて立ち上がる。「どこへ行くんだ」と焦ったような声を出すドラコに、「図書室」と短く告げて。

談話室の喧騒から離れると、なんだか先ほどまで感じていた小さな苛立ちも消えたかのように感じた。図書室には、もしかしたらハーマイオニーがいるかもしれない。ドラコは彼女を毛嫌いしているけれど、わたしはハーマイオニーを気に入っていた。彼女とすこしおしゃべりをすれば、きっと気分も良くなるに違いない。

けれど、それを思い立った時、後ろから誰かが追いかけてくることに気づいた。振り向くと、そこにいたのはなんとドラコだ。

「どうしたの?ドラコ。あなた、チョコレートを受け取るのに忙しいでしょう」

わたしは自分の言葉がすこし嫌味ったらしいことに気づいた。こんなことを言うつもりではなかったのに。

ドラコは先ほどまで抱えていたチョコレートを全て置いてきてしまったようだった。もう、クラッブとゴイルの餌食になっているころではないだろうか。毎年バレンタインの時期になると自慢のように袋を抱えて持つドラコが身一つで出てきたことが意外だった。

ドラコはわたしの前に立つとらしくなく目を泳がせ始めたので、わたしはドラコの顔を覗き込んだ。途端にのけぞるようにしてわたしから離れるので、わたしは鼻白んでしまいそんなドラコを置いてさっさと図書室へ向かおうとした。

すると、ドラコが廊下中に響く声で「ナマエ!」と呼びつけるので、わたしは二度目になるが、彼へと振り向いた。

「ナマエ、僕は――」

わたしを呼んだくせに、ドラコはまだ言葉を探して言いよどんでいるらしい。心なしか、青白い頬がうっすらとピンク色になっている。わたしはもうさっさと図書室に向かうことを諦めて、ドラコの前に歩み寄った。彼は今度は離れようとはしなかったけれど、ピンクに染まっていた頬を、余計に赤らめた。

「ドラコ、ゆっくりでいいし、ちゃんと聞いてるから、あなたが言いたいことを話して」

わたしが言い聞かせるようにしてそう言うと、ドラコはいつもの傲慢そうな表情を陰にひそめて幼いころ時折見せた不安そうな――緊張しているような表情を浮かべる。そんなドラコを放っておけず、わたしはもう一度彼の顔を覗き込む。

するとドラコはなにを思ったのか突然叫んだ。

「僕は君にキスがしたい!」

わたしはその突然の告白に目を丸くしてしまう。ドラコは自分の口を押さえて慌てふためき始めた。まるで、想定外のことを口走ってしまったかのように。

「いや、そうじゃなくて、…僕は、君からのチョコが欲しいと、そう言うつもりだったのに…」

――君が顔を近づけるから、そのせいで。

ドラコがあんまり素直にそう言うので、わたしはくすくすと笑いをこぼしてしまった。「なにがおかしい!」と恥ずかしさで憤慨してみせるドラコがどうしようもなく、かわいい。

「ドラコ、キスしてもいいわよ」

わたしが思わずそう言うと、ドラコはこれ以上ないくらい、目を丸く見開いた。しかし、わたしが目を閉じたのでそれが冗談などではないと、そう悟ったようだった。

ドラコの顔がゆっくりと近づくのを、わたしは彼の吐息によって感じた。

「ずっとこうしたかった」

ドラコがそう囁くのを聞きながら、わたしはバレンタインの日、初めてのキスをした。
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