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人がごった返すキングズクロス駅に、わたしはカートを持って立ち尽くしていた。

人が、人が多すぎる。

スネイプ先生はわたしを送り届けると、さっさと戻ってしまった。やることがたくさんあるらしい。先生方は準備に追われているというのに、スネイプ先生はわたしを送り届ける役目まで押し付けられ、どこかぴりぴりしていた。申し訳なくて小さくなっていると、緊張と不安がないまぜになったわたしがあまりに哀れに思ったのか、「気にするな」と珍しくそうやって気遣う言葉をかけてくれた。

しかし、困ってしまった。九と四分の三番線以前に、九番線はどこにあるの?

人に聞けばいいものの、皆急ぎ足であちらこちらに向かっているせいでなかなか捕まらない。せめて駅員さんに、と思うけれど、こういう時に限って見当たらないのだ。

そんな時だった。

「ナマエ…?」

そうわたしの名前を呼びながら、遠慮がちにわたしの背中を叩く人がいた。その声には聞き覚えがある。

「ハーマイオニー!」

わたしは踊り出さんばかりの喜びを持って彼女に抱きついた。彼女はわたしの肩をぽん、ぽんと叩いて「落ち着いてちょうだい」と苦しげに言った。

「実は、この駅に来るのが初めてで、どこに行けばいいのかわからなかったの」

わたしがそういうと、優しげなハーマイオニーの両親が「じゃあ一緒に行きましょう」と、ハーマイオニーが答える前にそう言った。

「私もあなたと行くのは心強いわ。さあ、とにかく九番線まで行きましょう」

可愛らしいハーマイオニーが頷きながらそういうのを聞くと、わたしは彼女と肩を並べてカートを押し始めた。

「ここが入り口ね」

ハーマイオニーがそう言った。何の変哲も無い場所だ。ここからホグワーツ特急に乗れることは知っているというのに、まるで信じられない。

「あなた、行き方を知っている?私は本で読んだのだけれど、まだ信じられてないわ」

ハーマイオニーは、まるでそこに彼女の敵がいるように壁を睨みつけた。

「ハーマイオニー、わたしが先に行くわ。あっちで待ってるわね」

わたしがそういうと、ハーマイオニーはどこか安堵したような表情を浮かべて頷いた。わたしはカートを押して、その壁に向かって小走りに進み始めた。その壁はどこからどう見ても堅そうだ。思い切り突っ込んだら、くしゃくしゃになって跳ね返されそう。そう考え始めたら恐ろしかったものの、わたしはいつの間にか今までの駅とは様変わりした場所にいた。

そこには紅色の蒸気機関車が停車している。『ホグワーツ行特急十一時発』と書かれているのを見て、わたしは思わず身震いした。最高だ。

すると後ろからハーマイオニーがやってきて、同じように呆けたように汽車を見ている。

「素敵ね」

わたしが言えたのはその一言だけだった。けれどそれはハーマイオニーも同じなようで、「ええ、とんでもなく素敵だわ」とぼんやりした返事が返ってきた。わたしたちが汽車に乗り込むと、ハーマイオニーの両親は別れを惜しんで目尻にハンカチを押し付けていた。ハーマイオニーは入り口から二人にハグをそれぞれすると、わたしの後について空いているコンパートメントに乗り込んだ。

「よかった、空いているところがあって」

わたしたちが顔を見合わせてそう言っていると、不意にコンパートメントをノックする音が聞こえた。

「ごめんね、ここ空いてる?他は全部いっぱいで…」

それは丸顔の男の子だった。もちろんよ、と返すと彼は安堵したような表情を浮かべて、トランクを中へと運んだ。

「僕はネビル、ネビル・ロングボトムだよ」

わたしはその名前にハッとした。そういえば、ハーマイオニーと最初行動を共にしていたのはネビルだったわ。

わたしはまた一人登場人物に出会えた嬉しさから彼と熱心に握手をすると、ちょうど車内販売のカートがやってくる。

「なにかいりませんか」

カートを押す女性は愛想よくわたしたちにそう言ったけれど、わたしは自由になるお金を持っていないし、ハーマイオニーもこちらの通貨をあまり持ち合わせてはいないようだった。

すると、ネビルが「コンパートメントに入れてくれたお礼」と言って、わたしたちに一つずつカエルチョコを買って渡してくれた。

「ありがとう、ネビル!わたし、これに憧れていたの…」

わたしが感激してほとんど目に涙を浮かべていると、ネビルはびっくりしたような表情を浮かべて「君は魔法界で生まれたんじゃないの?」と言ったけれど、それが失礼な質問だったと思い直したのか小さくごめん、と謝った。

「私は両親ともマグルだけれど、そういえばナマエのそういうことを聞いていなかったわ」

ハーマイオニーは「もし話せるなら、だけど」と気遣いながらそう言った。両親はいるけれど、この世界にはいないとは言うわけにもいかず、わたしはちょっと困った顔をした。

「隠しているわけじゃないのよ、でもちょっと複雑で…。両親はもちろんいるのだけれど、いないようなものなの。だから自分がマグルなのかもあまり」

わたしがそう言うと、ネビルは心底悲しげな表情を浮かべた。彼の事情をわたしは知ってしまっているけれど、彼はきっと明かそうとしないだろう。彼はそういう背景もあって、わたしに同情したらしかった。

「ごめんなさい、無神経なことを聞いたわ」

そう落ち込むハーマイオニーに「本当に大したことないのよ、こちらこそごめんなさい」と返し、少し暗くなってしまった空気を変えようと、わたしはカエルチョコを開けた。

「うわっ!」

その瞬間に飛び出したカエルチョコを反射的に捕まえると、ほとんどカエルそのものと言っていいチョコはわたしの手の中でもがいた。そうしてはらはらと床に落ちたカードをもう片方の手で拾い上げると、それはマーリンのカードだった。彼の説明書きに目を通していると、突然ネビルが「あっ!」と声を上げた。

彼もカエルチョコに逃げられかけたのか、と思ったけれど彼はまだ開けてすらいなかった。

「僕、トレバーを探さなきゃ!」

そういえば彼がヒキガエルを探していたことで、ハリーたちとハーマイオニーが出会うのだった、とわたしが思い起こしていると、慌ててコンパートメントを飛び出そうとするネビルに続くようにハーマイオニーが立ち上がった。

「彼一人じゃ見つかりそうにないし、私も一緒に行くわ。あなたはどうする?」

わたしは少し迷ったけれど、「荷物を見ておくわ」と返して座り直した。

「そうね、コンパートメントを空けている間に誰かが座ってしまったら戻ってこれないもの」

とハーマイオニーは納得したように言って、ネビルの後を追いかけていった。わたしは一人きりになったコンパートメントで早めにローブに着替えながら、手の中で暴れるカエルチョコを一口かじった。すごく美味しい。まるで、初めてチョコを食べたかのようにわたしは唇をほころばせた。

「おや、珍しい。君は東洋人か?」

ローブに着替え終わってぼんやり外を眺めていると、無遠慮に扉が開き、そんな気取った声が聞こえた。青白い顔をした、顎の尖った少年が、取り巻き二人を連れてそこに立っている。

わたしは名前を聞かなくてもピンときてしまった。もしかして彼はコンパートメント一つ一つに絡んでいるの?

「あなたはドラコ・マルフォイ?」

わたしがそう言うと、マルフォイはおや、と意外そうに眉をあげて笑った。

「ああ、そうだ。こっちはクラッブとゴイル。君はロンドンに来たばかりかい。僕が色々と教えてあげよう」

マルフォイはわたしに手を差し出した。握手をしようということらしい。わたしは特にその手を振り払う理由もなかったので、少し遠慮がちに握った。彼の手はひんやりと冷たい。

「僕たちはいまからハリー・ポッターを見に行くんだ。君はもう彼を見た?」

マルフォイを知っていたことで魔法界の生まれだと思ったのか、彼は当たり前のようにわたしにそう言った。「いいえ、まだよ」とわたしが答えると、一緒に行こうとさえ言った。

「あまり見世物にすると可哀想だから、わたしは遠慮しておくわ」

わたしがそう言うと彼は鼻白んだようで、「じゃあまたホグワーツで」と言い残しさっさと去っていった。

また一人になったところで、マルフォイがわたしの名前を聞こうとすらしなかったことに気づく。もうハリーに夢中なのね、とわたしは思わず笑ってしまい、また窓の外に目を向けた。

するとまた訪問者が現れた。その人は遠慮がちにノックをしたので最初気づかなかったものの、二度目のノックでやっとわたしは振り向いた。

「ごめん、このコンパートメント空いてるかな」

彼はそういって顔をのぞかせた。わたしにでもわかるほどハンサムな人だ。困ったように眉を下げて、わたしを見つめている。

「ええ、あと2人友達が座っているけれど、今はカエル探しをしてます」

「ここに座らせてもらってもいい?」

「もちろん」

わたしがそう言うと、彼はほっとしたように肩をなでおろして先ほどのネビルのようにコンパートメントに荷物を運び込んだ。すでに着替えてしまったのか、ハッフルパフ・カラーのローブを着ている。

「着くのがギリギリになってしまって、ハッフルパフの仲間のコンパートメントが全部満室で。それでも入れてくれようとしたんだけれど、申し訳ないから通路で立ってたんだ。でもそろそろ疲れてしまって…」

彼は荷物を運び終わると、体を預けるようにして座った。相当疲れていたのかふう、と息を吐いて、そこでやっと自己紹介が済んでいないことに気づいたのか慌てて体勢を直した。

「ごめん、僕はセドリック・ディゴリー、ハッフルパフの三年生だ。君は新入生?」

わたしはあんぐりと口を開けた。セドリックですって?

そんなわたしの様子を怪訝そうに見つめているセドリックに何か言わなければ、と思うけれど頭が真っ白になってしまって何もいえない。

「え、ええ、今年入学するの。ナマエ・ミョウジです、よろしく」

しばらく固まっていたものの、わたしはぎこちなくそう言ってセドリックに手を差し出した。「具合でも悪いの?」とセドリックは心配そうに言いながら、わたしの手を握った。大きな、あたたかい手だった。

セドリックはその後も気さくに話しかけてくれて、わたしたちの間に気まずい沈黙が訪れることはなかった。わたしの緊張もしばらくするとすっかりほぐれてしまい、彼のホグワーツでの笑い話にくすくすと笑えるほどになっていた。

「僕ばかり話しすぎてしまったね、君があんまり聞き上手だから」

「いいえ、セドリック、あなたの話を聞いているのはすごく楽しい」

わたしがそう言っていると、ネビルとハーマイオニーがコンパートメントに戻ってきた。結局カエルは見つからなかったらしく、「早く着替えないと」というハーマイオニーの言葉に、セドリックとネビルは気遣って一度コンパートメントから出て行った。ネビルは通路で着替えるつもりらしい。

「私、ハリー・ポッターに会ったわ。彼を知ってる?すごく有名人よ」

わたしは「そこそこ知ってるわ」とだけ答えて、彼女が着替えているのを不躾に見ていると思われないように窓の外へと目を移した。

「ナマエがたまに、ずいぶん大人に見えるわ」

ハーマイオニーはローブに着替え終わると、わたしを見つめてそう言った。わたしは少しギクリとしたけれど、ええ、実はそうなのと言うわけにもいかず、「そう?もしかして老けてる?」と頬を挟んでみせた。

「でも魔法にいちいちはしゃぐところはかわいらしいと思う」

彼女が慌ててそう付け足すので、わたしは思わず笑ってしまった。

「ハーマイオニー、わたし実はもう21歳になるの」

わたしが笑いながらそう言うと、「あなたってジョークのセンスはないのね」とハーマイオニーが呆れて言った。

本当なのよ、と心で付け加え、折を見て入ってきたセドリックとネビルを交え、あと少しで着くホグワーツへの道を笑って過ごした。

05 ホグワーツ特急

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