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新学期が近づいて来ると、続々とホグワーツの教師陣が城へとやってくる。

わたしはダンブルドアによって彼らに紹介されたけれど、最初の頃は疑いの目が多かった。仕方のないことだろう。わたしだって、突然現れて違う世界から来ました、と言われたらなるべく距離を置きたい、そしてできるなら二度と会いたくない。

ダンブルドアがわたしの肩に手をおき、先生方の前で「よく気にかけてやっておくれ」と言ったとしても、最初から受け入れることなどできるはずがないのだ。わたしに見せまいとしながらも眉をひそめる先生方に、わたしは居心地の悪さを感じた。人前に出ることさえ、わたしは得意ではないのに。

けれど意外なことに、日を追うごとに先生方はわたしに親しみを持ってくれたようだった。というより、「こんなに小さいのに親元から離れて、もう二度と会えないかもしれないなんて」という、マグゴナガル先生を筆頭とした同情の目が、それを助けているようだ。中身は立派な成人女性なのだけれど、と思いつつ、彼らの優しさに甘えてしまっている。
英語がわからないところや聞き取りづらいところは優しく、丁寧に教えてくれることもあって、一人で勉強していたときより理解が増した気がした。

ダンブルドアは、わたしのことについて他の世界から突然現れて倒れていた、とだけ説明したのみで、この世界の物語を知っているとは言わなかったようだ。そのため、わたしもそのことについては触れなかった。未来を知っている、だなんてしれたらろくなことにならないのは分かっていた。先生方を信じていないわけではないけれど、きっとそういうものなのだ。この物語の主人公、ハリーだって、予言がなかったとしたら運命はがらりと変わっていただろう。

「ナマエ、そんなところまで予習を済ませているのですか。まだ杖を握ってもいないのでしょう」

マグゴナガル先生に変身術の質問をしに行くと、彼女は目を丸くして驚いた。

「わたしは英語がネイティブではないから、それの勉強も兼ねてるんです。それに先生、きっと今年の先生の寮にはもっと熱心な生徒が入ると思いますよ」

「まあ、どうしてそう思うのですか」

彼女がそう尋ねるのに対し、わたしは少し曖昧に笑いながら「マダム・マルキンの店で、グリフィンドールらしい女の子に会ったんです」とだけ答えた。

わたしは先生方に「勤勉だ」という評価をもらっていたけれど、わたしの場合は単純に、もっと魔法について知りたい、というただそれだけの動機だった。きっと、この世界に憧れていた子どもたちがこんな機会を得たら、みんな同じように教科書を読み漁り、呪文を試すだろう。まだ学校が始まっていないので杖を振ることはしないけれど。

ただ、一人だけそんなわたしを胡乱な目で見る人がいる。

他でもないスネイプ先生だ。

「先生、お時間いただいてもいいですか」

「私がそんなに暇に見えるかね?」

ぴしゃりと跳ね除けるような声がドア越しに聞こえる。彼の部屋を訪ねるとき、時折ノックをする前に「君に付き合っている暇はない!」と聞こえてくることすらある。

しかしなんだかんだ彼も教師気質というか、質問をすれば嫌味混じりではあるものの求めていた以上の答えをくれるので、ついつい頼りに行ってしまう。

「先生、ここなんですけど…」

「君の理論は短絡的すぎる。もっと繊細なアプローチを…」

いつの間にか教科書を挟んで額をつき合わせているのに気づくと、わたしはくすくす笑い、先生は勢いよく離れて文句を言うのだ。

先生は持ち前の疑り深さと慎重さで私を遠ざけてはいるものの、やはり熱心に質問に来る生徒というものに弱いようで、たまに寮の様子を見に来たときにもわたしの勉強を気にかけてくれたり、単語の意味がわからない時は噛み砕いて説明してくれたりする。

「先生は優しい人ですね」

とわたしは折々で言うのだけれど、彼はわたしをぎろりと睨んでそっぽを向いてしまう。

まだ先生とは教科のことでしか話せていないけれど、いつか彼自身の話も少ししてくれたらいいのにな、と思ってしまうのはわがままだろうか?

地下室の自室で一人、書類に顔を近づけて羽ペンを走らせる先生を見ていると、そんな思いが生まれてしまうのだ。

「先生、ついに明日ですね」

わたしはスネイプ先生を捕まえて心ゆくまで質問した後、そう声をかけた。質問が終わったならさっさと出て行け、という顔を露骨にしたものの、先生は「そうだな」とぼそりと呟く。

「わたし、ホグワーツ特急に乗れるのかな?」

「校長が、私に君をキングズクロス駅まで見送れとおっしゃった。明日は早く出るぞ」

わたしはその言葉に目を見開いた。「本当ですか!?」と思わず言ってしまったものの、彼が嘘をついているわけもなくそれに対し答えはなかった。

「私は君の保護者になった覚えはないが、校長の命とあればしかたない」

先生は心底嫌そうにそう言った。

「いつも本当にご迷惑おかけしてすみません」

わたしがそういうと、そっぽを向いて鼻を鳴らす。そうしてわたしに向かってしっしと手を振った。

「明日、門のところで荷物をまとめて待っていますね!」

わたしは彼ににこにことそう告げると、地下牢から地上へ出る階段を上った。


「おや、ナマエ」

わたしが廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。そこにいたのはダンブルドアとマクゴナガル先生だ。

「明日はやっと、新入生たちがやって来るのじゃな」

――そうしてやっと、君も正式にホグワーツの一員になるのじゃ。

ダンブルドアの言葉にわたしは堪えきれずににこりと笑った。そんなわたしを見るとマクゴナガルも厳格そうな表情を崩す。

「あなたはグリフィンドールが似合うでしょう。今の部屋から引っ越さねばいけなくなりますが」

わたしはその言葉にハッとした。この城での生活に胸を躍らせていたせいで、一番大事なことを忘れていた。

「組み分けのことを忘れてました…」

わたしがそう言うと、ダンブルドアとマクゴナガル先生はきょとんと顔を見合わせ、そうしてくすくすと笑い始めた。

「一番大事な儀式だというのに、あなたはそれを飛び越して新学期のことばかり考えていたのですね」

わたしはその言葉にしゅんとした。色々考えなければならないことが山積みだと言うのに、すっかり忘れていた。

「ナマエ、君が望めばどの寮にでも入れるはずじゃ。君がこの世界に来た意味を、よく考えて見ると良いぞ」

ダンブルドアはわたしに、きらきらと輝く瞳を向けている。そんな言葉を残して、二人は去っていった。何か相談事の最中だったらしく、わたしと別れた後も熱心に話し合っている。

それにしても、『わたしがこの世界に来た意味』とは何なのだろうか。わたしはこの世界に適応するのに精一杯で、そしてこの世界の一員になれることにただ胸を躍らせているだけだった。

しかし、そんなわたしに何か使命のようなものがあるのだろうか。ただ偶然、図書館で足を滑らせただけの、ちっぽけな――平凡な、ナマエだというのに。

わたしはホグワーツの長い廊下を歩きながら、そのことばかりを考えていた。そんなわたしに、何故だかオリバンダー老人の、『あなたならこれを、他者を守るために使うじゃろう』という言葉が浮かんでいた。ローブの中に入れてある杖を意識してしまい、思わずローブ越しに握り締める。

「そこで何をしている。夕食の時間だ」

突然そんな声がかかったので、わたしは飛び上がるほど驚いた。昔から考え事をすると自分の世界に入ってしまい、周りに気付かなくなるのだ。

振り返ると、そこにはお決まりとなっている黒いローブを着たスネイプ先生がいた。先ほど会ったばかりだというのに、考え事をしていたせいで随分前のことのように思えた。
しかしそれはあながち間違いでもないらしい。いつの間にか日が落ちている。

大げさなほど飛び上がったわたしを怪訝に思ったのか、スネイプ先生は大股でわたしに歩み寄ると疑り深い目で覗き込んだ。わたしが何か良からぬことをしていたのではないかと疑っているらしい。

そのとき、きゅう、と間抜けな音が廊下に響いた。馬鹿真面目に時間に正確なわたしのお腹が空腹を知らせたのだ。わたしは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めたけれど、スネイプ先生はわたしを疑うことが馬鹿らしくなったのか「行くぞ」と来た時と同じく大股でさっさと歩き去ってしまう。

「ほんと、タイミング悪いよ…」

わたしはお腹を片手で抑えながら、その背中を追いかけた。


夕食を食べ終わると、わたしはすっかり慣れしたしんでしまったスリザリンの女子寮で荷物をまとめていた。中古の――しかし、綺麗なものを選んでくれた――教科書たちをトランクに詰めて、来た時と同じくただベッドが並んでいるだけの部屋になってしまうと、少ししかここに住んではいないというのに、何だかさみしささえ感じてしまう。

わたしはどの寮に入るのだろうか?スリザリン・カラーの掛け布を撫でながらわたしは考えていた。

グリフィンドール?――勇猛果敢、と言えるかというと、それは当てはまらないように感じる。けれど、物語のなかでとても重要な場所だ、一度くらいは談話室に入ってみたい。

レイブンクロー?――聡明で叡智にあふれているかと言われたら、首を縦には到底振れない。そうして何より、入口の合言葉を当てられる気がしない。

ハッフルパフ?――一番当てはまる気がするけれど、この寮出身の生徒はそれぞれ、素晴らしい個性を持っていた気がする。それに比べてわたしはというと、ただただ平凡なだけが取り柄だ。

スリザリン?――正直、一番かけ離れたところにある寮だと、ここしばらく住んでいたというのに考えていた。わたしが偉大なことを成し遂げる、だなんて、絶対にありえない。そもそもマグル生まれがスリザリンに入ることはないという。スネイプ先生の寮というのは、とても魅力的だけれど。

もう少し、平々凡々とした生徒にぴったりの寮があればいいのに…と思う。例えば、”個性が何ひとつない生徒のための寮”だとか。

そんなことを考えながら布団に入ったので、その晩はなかなか寝付けなかった。


「おはよう、ナマエ。よく眠れたかね」

朝一番に荷物を抱えて広間に行くと、そこにいるのはダンブルドア一人だった。あまりに早すぎるのでまだ先生方が来ていないのか、それとも新入生を迎える準備で来ている暇もないのか、きっとどちらかだろう。

「いいえ、先生。ここに来てから初めて眠れない夜というものを過ごしました」

わたしがそう言うと、ダンブルドアはくすくすと笑い、「新入生というものは等しくそういうものじゃ」と優しく言った。

「さあ、今日こそたくさん食べなければ。君にとって長い一日になるじゃろうからの」

ダンブルドアはウインクしながらそう言い、わたしの前に山盛りのローストチキンとポテトを乗せたら皿を置いた。
朝からこんなに食べられない、と思いつつも、空腹で倒れた新入生なんてシャレにならない、と考え直して思い切り頬張る。

そうしているうちにスネイプ先生との約束の時間が近づいていたので、わたしは慌ててデザートを口に放り込んだ。少し行儀が悪いけれど、そのまま立ち上がって荷物を持ち上げる。

「これくらい手伝っても、”贔屓”にはならんじゃろうな?」

ダンブルドアはそういうと、わたしのトランクを魔法で軽くしてくれた。わたしは駆け出しながら「ありがとうございます!」とぺこりと頭を下げ、門へと向かう。

先生はすでにそこにいた。「遅い」と言われたけれどまだ待ち合わせの時間より随分早い。けれど律儀な先生のことだ、荷物を抱えるわたしを待たせまいとしたのかもしれない。あまりに都合のいい考えだったけれど。

「すみません、先生」

わたしが頭を下げると、スネイプ先生は――もはやわたしたちの間の返事の代わりとなってしまっているが――鼻を鳴らして、わたしの荷物をひったくるように奪った。そうしてそれが思いの外軽かったのか意外そうな表情を一瞬浮かべたけれど、またすぐにしわを寄せたいつもの表情に戻る。

「もしかして、わたしのせいで朝食を食べ損ねてしまいましたか」

こんなに早く着いていたのだし、広間で先生を見かけなかったからもしかして、とわたしは心配になり、サンドイッチでも持ってくればよかったかも、と先生の顔を覗き込んだ。けれど先生は眉間にしわを寄せたまま「いらん心配をするな」と言い、わたしに腕を差し出す。

「こ、これは、付き添い姿くらましですか?」

わたしは先生の朝食への心配が一気に飛んでしまい、思わずはしゃいだ声を上げた。目をきらきらと輝かせるわたしに対し、まるで夜道を歩いていた時にイノシシと出会ったかのような顔を浮かべ、もう一度さっさとしろと促すように腕を突き出した。

わたしが恐る恐るスネイプ先生の腕に手を添えた瞬間、すでにわたしたちはその場から消えていた。

04 入学前夜

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