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スリザリン寮に朝の光が差すことはない。

談話室の窓は湖に面していて、時折巨大イカが姿をあらわす。正直まだまだこの部屋に慣れていないので、イカの白い体がちらりと横切るたびに目をそちらへやってしまう。

そんな中わたしはというと、図書室から借りてきた――というより、ダンブルドアの許可を得て夏休みの間だけ手続きをせずいつでも本を持ってきていいことになったのだけれど――本を、談話室で読んでいた。
読めなくはないけれども、やはり母国語ではないのですらすらと、というわけにもいかない。

新学期が始まる前にもうすこし早く読めるようにならないと、という決意のもと、暇さえあれば毎日本片手に予習をしていた。

すると、銀色の粒子を伴った、美しい鳥がわたしの前に姿を現した。ダンブルドアの守護霊である不死鳥だ。何度か見たのでもう驚きはしない。

ナマエ、話したいことがあるので、校長室まで来てくれるかの

ええ、よろこんで

わたしがそう答えると、不死鳥はどこか微笑んでいるように見える表情を浮かべ、たちまちのうちに消え去った。


わたしが校長室へ行くと、そこにはダンブルドアとスネイプ先生がいた。校長室に来たのは何度かあったけれど、スネイプ先生がいるのは最初以来だ。

スリザリン寮で生活し、城を歩き回る際に時折スネイプ先生とすれ違ったり、食事を一緒に取ったりしたことはあったものの、挨拶――といっても返ってくるのは鼻を鳴らす音だけだったが――しかできていなかったため、スネイプ先生との仲は全くといっていいほど深まってはいなかった。

ナマエ、早速なのじゃが、話というのは君の入学にあたってせねばならん準備のことなのじゃ

準備?……もしかして、ダイアゴン横丁?

わたしがそういうと、ダンブルドアは「知っておるのじゃな」と優しく微笑み、話を続けた。

スネイプ先生が一度自宅にお戻りになるので、そのついでにナマエをダイアゴン横丁まで送っていってもらおうと思ってな。スネイプ先生にはもう了承を取っておる。この部屋の煙突飛行粉を使っていきなさい

ダンブルドアは校長室の暖炉を指差して言った。わたしはこみ上げる喜びに顔をほころばせつつ、ダンブルドアに一度頭を下げ、そして不機嫌そうに立つスネイプ先生の隣に立った。

お手数をおかけします

そうぺこりと頭を下げながら。

スネイプ先生はそんなわたしを一瞥すると「行くぞ」と短く言って、先に暖炉に入った。わたしにやり方を見せてくれるつもりらしい。

でも、なんだかスネイプ先生が暖炉に立っている姿はどうしようもなく――似合わない。わたしが口角をむずむずさせていると、ダンブルドアはくすりと笑ってわたしにウインクしてくれた。そんなわたし達の様子を知らないスネイプ先生は、煙突飛行粉を暖炉にふりかけて声を張った。

ダイアゴン横丁!

その瞬間スネイプ先生の姿が見えなくなり、そこには灰だけが残っていた。

ナマエ、言い間違えるでないぞ

ダンブルドアはいたずらっぽい目を向けて言った。

どこかおかしな場所に行ってスネイプ先生をかんかんに怒らせるのはごめんなので、頑張ります

わたしは同じく暖炉に入ると、発音に気をつけて叫んだ。

ダイアゴン横丁!


すると次の瞬間、目の前に現れたのは木の床だった。べちゃりとあっけなくそこに倒れ込んだわたしの前に黒い靴がある。それを見上げると、その靴の主はスネイプ先生だった。腕を組んだ彼はわたしを見下ろしてさっさと立てと言わんばかりの表情をしていたけれど、一応紳士の国出身だからなのかわたしに手を差し出した。

ありがとうございます…

わたしが体についた灰やらほこりやらをはたいていると、スネイプ先生は杖を一振りしてそれを全て払ってくれた。やっぱり優しいんだなあと思いつつ、さっさと足早に歩き始める彼の後ろを慌ててついて行く。

あのー…忘れていたんですが、お金ってどうすれば

教科書を買う金のない生徒には中古の教科書や道具が与えられるが、制服と杖ばかりはそうも行くまい

――ダンブルドアの計らいだ。大切に使え。

つまり、ダンブルドアがお金の出所らしい。戻ったらお礼を言わなければ。

私は薬問屋に用事があるから、君は終わり次第ここで待っていろ

スネイプ先生はわたしをマダム・マルキンの洋装店の前まで連れてくると、そう告げてすぐに来た道を戻ってしまった。わたしはその場にいつまでも突っ立っているわけにもいかず、中に入る。

わたしが本当の、何も知らないマグルだったらあまりにも説明不足よ、先生。と思いつつ。しかし、何も知らないマグルだったらこんなところにはいるはずもなく、そしてスネイプ先生の付き添いもないのだ。わたしはすごくラッキーだと言っていい。

あら、あなたも今年入学するの?

わたしがマダム・マルキンに促されて踏台の上に立った時、後ろから声が聞こえた。

振り返ると、そこに立っていたのは豊かな栗毛を持つ女の子と、キョロキョロとまわりを見回すその子のご両親らしき二人だった。

ええ、そうなの。あなたも?

わたしがそう聞き返すと、女の子は店員の魔女に手を引かれつつ、わたしにも手を差し出しながら言った。

そうよ!私はハーマイオニー・グレンジャー。よろしくね

ハーマイオニーですって!?

わたしはその名前を聞いた途端思い切り叫んでしまった。マダム・マルキンがピンをその手から取り落すほど。

え、ええ、そうよ。私たち、どこかで会ったことがあるかしら…?

ハーマイオニーはわたしの剣幕に少し後ずさりながら、怪訝そうにそう問いかけた。わたしはハッとすると目の前で思い切りぶんぶんと手を振る。

ごめんなさい、知り合いの名前と同じだったから…。出会えて嬉しいわ、ハーマイオニー。わたしの名前はナマエ・ミョウジよ

東洋人かしら?わたしも会えて嬉しいわ。こちらの世界には知り合いが一人もいないから

わたしたちはマダム・マルキンが仕立て終わるまで話し込んでいたものの、店の外に見慣れた黒衣の人が立っているのに気づき、眉を下げてハーマイオニーに言った。

ごめんハーマイオニー、わたし行かなきゃ。連れて来てくれた人を待たせていたみたいだわ

私も話し過ぎちゃったみたい。またホグワーツで会いましょう。もしかしたら汽車の中でも会えるかもしれないし

わたしたちは惜しみつつ手を振って別れた。

遅い。何をしていた

スネイプ先生はわたしが出てくるなりそう言った。ここに立っていたせいでずいぶん通行人の見世物になっていたらしい。その手には買い物を済ませたのか紙袋を抱えている。

ごめんなさい。ホグワーツに入学する子に知り合えたから嬉しくて

わたしがそう答えると、スネイプ先生はふいっと顔をそらして何も言わずに歩き出した。わたしが抱えていた制服の包みを奪い取るようにして持ちながら。

先生!わたしそれくらい持てますよ!

それ以上足が遅くなったら日が暮れそうなのでね

スネイプ先生は振り返りもせずそう言った。自分の荷物だけでも抱えるほどあるのに、と思ったけれど、そういう小さな優しさを持つ人なのだと思うとファンとしてよりうれしくなってしまい、いつもより心なしか足早なスネイプ先生を慌てて追いかけた。


ここがオリバンダーの店…

次に連れられたところは、他でもなくオリバンダー杖店だった。扉には紀元前三八二年創業高級杖メーカーと金色の文字で書かれている。
わたしは恐る恐る――期待に胸を膨らませながら、そのドアを開けた。スネイプ先生はここには一緒について来てくれるのか、わたしの後ろについてドアに体を滑り込ませた。

いらっしゃいませ

わたしが店の中をぐるりと見回している時に、突然声がしたのでわたしは飛び上がるほど驚いた。慌てて目を向けると、いつの間に現れたのか目の前に老人が立っていた。

お、お邪魔してます

最近ではあまり珍しくはないが、君は東洋人だね。とても賢そうな目をしている

じいっと観察するように見られ、わたしは居心地が悪くなってしまいスネイプ先生をちらりと見た。スネイプ先生は素知らぬふりをすることに決めたようで、窓の外を見ている。

おや、セブルス・スネイプじゃないか!今は闇の魔術に対する防衛術の教授をしているそうだね

さよう

スネイプ先生は心なしかぎこちなく、短くそう答えた。

君の杖が善き行いにのみ使われるといいが――

オリバンダー老人の目は、ダンブルドアの目の輝きとは違う光を持ってきらりと光った。スネイプ先生は本格的に目をそらすことにしたらしい。とうとうわたしたちに背を向けてしまった。

さあ、今回は君の番だ。お名前はなんとおっしゃる?

わたしがそれに答えると、どこからともなく巻尺が現れた。オリバンダーはわたしの利き手を聞き、じっくりと様々な場所の寸法を測りはじめた。その合間に杖についての講釈を延々と話すものだから、わたしは聞き漏らさないようにしようと耳を傾けていた。

では、ミョウジさん。これをお試しください――

結果的に言うと、杖探しは難航した。オリバンダー老人が、「これは難しい客じゃ」とつぶやく程度には。わたし、魔法使いじゃないのかも。そう思いながらもう一度スネイプ先生を盗み見ると、彼は辟易した顔で積み上がった杖の箱を見ていた。

先生、ごめんなさい…。早く帰りたいですよね

わたしが囁くように言うと、スネイプ先生はため息をついてわたしに向かって手を払う仕草をした。黙ってそっちに集中しろと言いたいらしい。

ミョウジさん、これはどうだろうか。イチイ、一角獣のたてがみ、二十九センチ

オリバンダー老人が差し出したその杖を握ると、途端に指先が暖かくなった。「これだ」とわたしは、妙な確信を持っていた。軽く杖先を振ると、銀色の光の粒子が――まるで守護霊の呪文のような――その場を満たし、そしてゆっくりと消えた。

素晴らしい!これこそ……

オリバンダー老人は感極まったようにそれを見ると、わたしの杖を恭しく受け取って茶色い紙に包んだ。

イチイは極めて長寿の木じゃ。それで作られた杖は時によって生命を奪う呪文に使われて来た。しかし、あなたならこれを、他者を守るために使うじゃろう

オリバンダー老人はわたしにそう言うと、そっと包みを渡した。わたしはしばらくその包みを呆けたように見下ろしていたけれど、すでにドアから出かけているスネイプ先生の後ろを追いかけるようにして駆け出した。

03 ダイアゴン横丁
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