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一年生とその他の生徒は行く道が違うので、プラットホームに出たあとセドリックはわたしとハーマイオニーの荷物を下ろしてくれ、爽やかに手を振って去って行った。
「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」
遠くで野太い声が響いている。ハグリッドだ。城で何度か挨拶したものの、わたしが夏休みの間ホグワーツにいたことは生徒たちに秘密にするようにと言い含められているせいかわたしを見つけるとへたくそなウインクをして目をそらした。
「足元に気をつけろ!」
というハグリッドの声が聞こえるものの、真っ暗で気をつけようにも何も見えやしない。わたしはハーマイオニーと手をつないで道を歩いた。ネビルはわたしのローブにしがみついている。
ホグワーツが見えると、一年生たちから大きな歓声が上がった。わたしも例に漏れず、はしゃいだ声をあげる。何度見てもこの感激が薄れるはずもなかった、だってここはホグワーツなのだ。
「四人ずつですって、どうしましょう」
ハーマイオニーがわたしに囁いた。目の前には男の子が2人きょろきょろと周りを見回している。
「ハーマイオニーとネビルは彼らと一緒に乗ってちょうだい」
わたしは2人の背中を押した。彼らはわたしを気遣ってちらちらと振り返ったけれど、言う通りに先にボートへと乗り込んだ。
「おや。さっきの東洋人じゃないか」
この気取った声はもう振り返る必要もなかった。マルフォイだ。
「ちょうど僕らは3人なものでね。君を入れたらちょうど4人になる」
マルフォイはわたしの返事を聞かずにわたしを一緒にボートへ乗るよう促すと、そのあとにクラッブとゴイルを乗り込ませた。
ボートはクラッブとゴイルのせいで窮屈だった。それに、他のボートより沈んでいる気がする。
「そういえば聞かなかったが、君はどの寮に入るつもりだい」
その前に聞くことが――わたしの名前をあなたは聞いてないわよ、と思いつつも、わたしは肩をすくめながら言った。
「わからないわ。だってわたし、何の取り柄もないもの」
そんなわたしにマルフォイは鼻を鳴らした。
「ハッフルパフやグリフィンドールにだけは入ろうと思わないほうがいい。あそこは愚か者が行くところだ」
マルフォイは心からわたしにアドバイスしているらしい。わたしは「そう?」とだけ返すと、そのあとはホグワーツを見上げていた。小さなマルフォイはかわいいけれど、この差別意識がどうにも合わない。
そのあとマルフォイは話題もなくなったのか取り巻き2人を小突いたり、ぼそぼそと何か囁いたりするだけでわたしに話しかけることはなかった。
生徒たちはボートから降りると城までの道を期待と不安に胸を膨らませて歩いた。わたしはハーマイオニーと合流したけれど、彼女は緊張でガチガチになっていて、会話を楽しむ余裕もなかった。わたしは彼女に組み分けの方法を教えてあげるべきかと思ったけれど、彼女にとってこんな機会はもうない。わたしは黙っていることにした。
「ホグワーツ入学おめでとう」
マクゴナガル先生の声が響いた。ああ、ついに組み分けね、とわたしは他の一年生たちと同じく不安に震えた。もっとも、みんなは組み分けの方法について震え上がっているようだけれど。
わたしはまだ、どの寮が自分に合っているのかわからなかった。自分で決めるものではないとわかっていながらも、どの寮にもわたしは適性がないのではないかと不安だった。
「グレンジャー、ハーマイオニー!」
隣にいたハーマイオニーが駆け出した。そうして、帽子をぐい、とかぶる。その途端に、帽子は「グリフィンドール!」と叫んだ。一年生の集団のどこかで、「うえっ」とうめく声が聞こえた気がした。
ハーマイオニーはわたしに向かってにこにこと笑い、小さく手を振るとグリフィンドールへと向かった。「もし寮が離れても仲良くしましょうね」とハーマイオニーが恥ずかしげにコンパートメントで言っていた言葉が蘇る。もちろんよ、ハーマイオニー。わたしに入れる寮があれば、の話だけれど――。
わたしが考え事に夢中になっている間にも、組み分けは進んでいく。わたしの順番はまだだ、とわかりつつも、緊張で体が硬直した。
その時だった。
「ポッター、ハリー!」
その男の子の名前が呼ばれた時、途端に広間が静まり返る。そうして、さざめきのように彼の名前が囁かれた。
ああ、ハリーだ。
わたしの頭に浮かんだのはそれだけだった。メガネをかけ、痩せぎすの、小さな男の子。わたしたちが、物語を通して成長を見守った男の子が、今目の前にいる。
わたしは感極まって両手で口元を押さえた。見世物にすべきではないとマルフォイを諌めたけれど、わたしはやはり彼から目を離せなかった。きっと、もしハーマイオニーについて彼のコンパートメントに行っていたら、わたしは感激で泣いてしまっていたかもしれない。
もちろん、登場人物たちひとりひとりに出会うたびに震えるほど喜びを感じていたのだけれど、やはりハリー・ポッターを見ると、実感してしまうのだ。
「グリフィンドール!」
高らかな声が響いた。どっとグリフィンドールのテーブルから歓声が響く。当然だ、彼はグリフィンドールへ行く運命だったのだから。
わたしはまるで自分の組み分けが終わったかのような満足感を感じていた。そんなわけがないのに。なので、わたしの名前がマクゴナガル先生によって呼ばれた瞬間、わたしはすぐに反応ができなかった。
「ミョウジ、ミョウジ・ナマエ?」
マクゴナガル先生が怪訝そうな顔でわたしを探しているのに気づくと、わたしは慌てて壇上に上った。今まで緊張で気づいてなかったけれど、スネイプ先生は先生方のテーブルに座り、わたしをやれやれと言いたげな顔で見つめていた。
「ごめんなさい、ぼーっとしていて…」
わたしがそうマクゴナガルに囁くと、「あなたは変なところで抜けていますからね」と同じく囁き返してくれた。生徒たちは、ハリーの時とは違う意味でざわめいていた。東洋人はやはり珍しいようだ。
わたさはおそるおそる帽子を頭に乗せた。手を離すと、すっぽり目の下あたりまで落ちてきてしまう。けれど、生徒たちの目が一身にわたしに集まっているのを見なくて済むのは都合が良かった。わたしは人前に出るのがあまり得意ではないから。
「フーム」
耳元で低い声がした。帽子だ。
「君は、この世界の人間ではないね」
わたしはじっと彼の言葉に耳を傾けた。
「君の、もっともよいところは、愛情深く、誰かのために何かをすることを厭わないところのようだ。時折、生来の引っ込み思案な性格のせいでそれを出しあぐねているようだが」
彼の言葉の「引っ込み思案」というのは頷けたけれど、それ以外は全く意外だったのでわたしは何も口を挟めなかった。
「自分を平凡だと思い込んでいるせいで、君の元々の性質を自ら閉じ込めてしまっているね。さて、どうしたものか――」
帽子はそれきり黙ってしまった。もしかしたらわたしは、ハリーより長く時間を取っているかもしれない。
「あの、…スリザリンは、どうですか」
わたしは控えめに聞いた。あまりに沈黙が長いので、何かを話して欲しかった。
「スリザリンを望んでいるのかね?君はグリフィンドールや、そのほかの寮へ行けば明るい道だけを進むことができるかもしれない。しかし、スリザリンを選べば、君の道は暗く険しいものになるだろう。その一方で、君はスリザリンで君の最大の望みを得ることができる」
暗く険しい道?わたしはその曖昧で、しかし明快に未来を示した言葉に眉をひそめた。その時突然、ダンブルドアが言っていた言葉を思い出した。『君がこの世界に来た意味を、よく考えて見ると良いぞ』と。
「わたしがこの世界に来た意味を、見つけられるところにしてください」
わたしの声は思いの外毅然としていた。帽子はわたしの言葉に、「ウーム。それならば…」と小さく呟くと、高らかに叫んだ。
「スリザリン!」
わたしは帽子を取ると、いちばんにスネイプ先生を振り返った。彼はどこか驚愕しているようで、わたしの頭の中を覗かんばかりにじっと見つめた。
わたしは壇上から降りると、スリザリンのテーブルへと向かう。そこではちょうど、マルフォイが隣をあけたところだった。
「君が来るような気がしていた、ナマエ」
と、自慢げに笑いながら。いつの間にかわたしの名前を知ったらしい。もしかしたら、名簿で読み上げられた際に、名前を覚えたのかもしれない。
わたしがマーカス・フリントやその他の上級生たちに握手を求められ、それに応えている間にダンブルドアの”二言、三言”は終わってしまって、目の前にご馳走が現れた。
「ナマエ、君は純血なのか?」
ラムチョップを切り分けて口に入れていると、唐突にマルフォイがそう言った。わたしにとってそれは、いちばん難しい質問だった。
いつの間にか、周りのスリザリン生が私たちの会話に耳をそばだてているのに気づいた。やはり、彼らの間で純血かどうかは重要な問題らしい。
「両親がいないからわからないわ」
わたしはそう応えた。「おや、それは失礼」とマルフォイは答えたけれど、特に悪いとは思ってないようだ。
「けれど、スリザリンに来たからには君が純粋なマグル生まれじゃないことが証明されたわけだ」
マルフォイは気取って言った。「そうかもしれないわね」とわたしが答えると、マルフォイは満足げに微笑む。
「君は今日から僕と一緒にいるといい。こちらに来て間もないようだし、汽車で約束したろう。色々教えてやると」
マルフォイは先輩風を吹かせたいようだった。小さなマルフォイがそんなことを言うのはとてもかわいいものに思えて、「そうするわ」とわたしは思わず答えてしまった。
わたしはてっきり、マグル生まれかどうかわからないせいでスリザリンでは冷遇されるだろうと思っていたのだけれど、その予想はすっかり外れてしまった。
スリザリン生は身内に、とてつもなく甘いらしい。物語では意地悪そうだったザビニは、遠くにある甘くて美味しいデザートをわたしのために取り分けてくれ、紳士らしく差し出した。
「君は東洋人だから食べたことがないんじゃないか?」
その言葉が皮肉ではなく、同寮の生徒への気遣いから出たものだと、勘ぐる必要もなく気づいた。わたしはザビニに――彼の気取った言い方はスリザリン特有のものだと受け流して――心から「ありがとう」と返すと、そのお皿を受け取った。
確かに彼がよそってくれたデザートは美味しく、初めて食べる味だった。「美味しいわ!」とわたしが声を上げると、ザビニと、それからマルフォイまで得意げな顔をした。
ザビニは高慢そうな顔をしているけれど、その褐色の肌は美しく、また目鼻立も整っていた。それから、彼の隣に座る、セオドール・ノット、彼もまた、少し儚げな雰囲気のある少年で、端正な顔立ちをしている。
彼らも物語に登場していた人物だったので、わたしは熱心に見つめてしまった。マルフォイが「気があるのか?」とせせら笑うまでは。
わたしはマルフォイを睨むふりをすると、食事に集中することにした。ザビニもまた、「君なら僕のお眼鏡に叶う」なんて馬鹿げたことを言い始めたからだ。
そうしているうちに目の前からご馳走が消えた。ちょうどお腹いっぱいになったところだったのでそのタイミングに驚く。その後は、ダンブルドアの警告と校歌の斉唱をし、スリザリンの監督生の後についてスリザリン寮へと向かうだけだった。
すっかり見慣れてしまったスリザリン寮の談話室をまるで初めてみるかのような反応をしなければ行けないことは少し苦労したものの、その後はベッドに倒れこむだけだった。わたしの同室の女の子たちはみんな綺麗な髪を結い、上品そうな顔立ちをしていてわたしの生まれについて特に聞き出すことはしなかった。
「すっかり疲れてしまったわ」
そんなわたしのつぶやきに、誰かが「このまま寝てしまいたい」と返した。とろとろとしたまどろみに身をまかせるように、わたしはいつの間にかベッドに倒れこんだまま眠ってしまっていた。
06 組み分け帽子