ほらもうあとはきみが頷くだけ
「おや」
普段滅多に――屋敷を出るのは一年に一、二度程度だ――出歩かないわたしが、珍しくマグルの住む街でとある孤児院の前を通りかかると、その門の中で強い、上質な魔力を感じた。
まだ制御できていないむき出しのそれは、幼い子どものものらしい。けれど、とてつもなく強力だ。わたしを凌駕するかもしれない。
わたしは思わず門を開け、中に入った。マグルの女性が驚いた目でわたしを見、そして制止しようとしたけれどマグルにわたしを止められるはずもない。
数人で取り押さえようとしてきたので、わたしは杖を振るって眠らせてしまった。これくらいならば、魔法省がうるさく言うこともないだろう。彼女たちが起きた時には、今起きたことの一切を忘れているのだから。そもそも、魔法省に咎められたとて、痛くもかゆくもないのだけれど。
「誰だ」
わたしが扉を開けた瞬間、鋭い声が――けれどあまりに幼いので、どこか可愛らしい――かけられた。
部屋の奥にある椅子に座り、こちらを睨みつける少年が、魔力の出どころだということは確認せずともわかる。少年はまだ幼いというのに、すでに品が良く、端正な顔立ちをしていた。小さな顔に収まるひとつひとつのパーツが、彼の美しさを主張している。
しかし、そんなことはどうでもいい。
ああ、これほど禍々しい魔力を放つ少年を、見たことがない。
わたしはどこか恍惚としながら、彼の頬を撫でた。嫌そうな顔を隠そうともせず、少年はわたしの手を払いのける。少しばかり心をのぞかせてもらったので、彼の名前が”トム”だということをわたしは知っていた。
きっとこの子はわたしと似ている。わたしを理解し、そして彼を理解できるのはわたししかいないだろう。
「トム、あなたはわたしと一緒に暮らすのよ」
突然そう言ったわたしに、トムは思い切り怪訝そうな顔をして、わたしを警戒した。トムを廊下へと誘うと、彼はわたしと距離を保ちながらも廊下へ顔をのぞかせる。そこに孤児院の職員達が折り重なって倒れているのを見て、トムはやっと子どもらしい驚愕の表情を浮かべた。
彼が口を開く前に、わたしは彼の小さな手を握り、わたしが隠れ住む屋敷へと姿くらましをした。同時に孤児院から、彼がいた痕跡を全て消してしまって。
「なまえ、ついにこの日が来た」
トムは片手に卒業式で誰かにもらったのであろう花束を無造作に持ちながら、わたしに向かって両手を広げる。彼が幼いころわたしの太もも程度しかなかった身長は、とっくの昔にわたしを越して、もはや見上げるほどだ。けれど、彼の美しい顔立ちは、年を追うごとにそれを増していった。青年らしい精悍な、しかし繊細に彫刻で作り上げた美そのものといえる顔は、今にこやかにわたしに向けられている。
「僕が卒業したら、僕のものになると誓ったろう」
「あれは言葉の綾であって…」
どこで育て方を間違えたのだろうか。
不老不死の魔女であるわたしは、ほんの少しの間だけの”理解者”が欲しかっただけなのだ。彼は幼いながら世界を壊してやろうという野望があった。そんな彼を、幼少期だけでも育てることで悠久の時を過ごさねばならない退屈を紛らわせようとしていただけで。
しかし、トムは成長する中でわたしを欲しがった。独占するだけには飽き足らず――そもそも、わたしは屋敷にこもりきりなので彼以外に会うこともないが――“彼だけのもの”、つまり、恋人になることを要求した。
当時まだまだ幼く背丈もわたしの半分くらいしかなかった彼の可愛らしいとも言える”お願い”を、のらりくらりとかわしていたのだけれど、ある日あまりにしつこいので「ホグワーツを卒業したら」と適当に言ってしまったのだ。その言葉を、まだ覚えていたとは。
「安心しろ。なまえの望み通り、僕がこの世界を破壊し尽くしてやる」
――だから、安心して身を委ねるといい。
トムはどこから見ても完璧なかんばせに満面の笑みを浮かべて、わたしの腰を抱いた。
「……ねえ、どう考えても安心できないのが分からない?」
わたしは彼の腕の中で、できる限り身を引いていた。そして、心から「遠慮願う」という顔をしながらそう言ったつもりだった。なのに。
「どこがだ。僕は君を置いて死ぬことなどしない。死に敗北するなど」
トムは表情豊かに眉をあげて怪訝そうな顔をする。心から、わたしが何故拒否しているのか分からないらしい。
わたしは、パートナーなど求めてやしないのだ。ただ、暇つぶしをしたかっただけで――。
「なまえ、愛など忌まわしいと考えていた僕に、それを与えたのは君だ。君は、僕と一緒に、僕との愛の名の下にこの世界を支配するんだ」
トムはそう、すこぶる物騒なことを言ってわたしの手を握った。唯一の外界とのつながりであり、ペン・フレンドであるアルバスからの手紙の文章を思い出す。
『私を恋敵として隙あらば呪いをかけてくる可愛らしい青年とのバカンスはどうかね?』
『君にやっと恋人が出来たとは。しかしトムはまだ未成年なのだから、節度を持った交際をするように』
『トムから魔法界の結婚のしきたりを聞かれた。招待状が来るのを心待ちにしておる』
間違いなく外堀から埋められていたのに、何故私は放置していたのだろうか。この、周到な誰よりもスリザリン気質の男を。
先日なんて、アルバスから彼お手製のリングピローが届いた。その場で切り裂かなかったことを褒めて欲しい。
「なまえ、君にはもう、僕のものになるという選択肢しか残されていないんだ」
トムはうっそりと微笑んだ。そうして、わたしの手を取って、左手の薬指に唇を落とす。
わたしの逃げ場がないことを表すように、トムはわたしの腰に回した手の力を強める。
彼の顔が近づいて来るのを、わたしはなすすべもなく見つめていた。その表情が、少し不安に陰っているのに気づいて、わたしは彼がどこか緊張していることを知った。わたしの拒絶を恐れている、幼い頃のままのトムが、可愛くないはずがない。
ああ、もう何もかも彼の手の中だ。
わたしはすでに彼に囚われていたことを知って、おとなしく目を閉じることにした。
あとでそのキスが、思いのほか手慣れていることに憤慨することも知らずに。
ツイッターで今話題の 「#魔女集会で会いましょう」 という創作ネタのタグ(魔女が小さな少年を拾い、その少年が成長して魔女より大きくなり全力で愛する、というストーリー)があまりにちびリドルにぴったりだったのでこっそり書いてしまいました。ご存知なかった方はツイッターで是非検索して見てください。最高に萌えです。