月と妃と人質と。24








美しい音楽に身をまかせ、重い衣装を翻す。
大きな窓から、朝の爽やかな光と庭園から緑の香りを風が運んでくる。

時折、風が美しいプラチナブロンドを揺らし
美しい白いのびやか手が宙を舞う。
紫の瞳が日の光をあびてキラキラと輝いている。


指揮者をはじめ、オーケストラの団員達は目の前のあまりの美しさに息をのむ。
別世界のような光景を前に演奏できる喜びに胸を震わせ、自分の演奏が今までにないぐらい上手くなった気がする。

開け放たれたダンスホールの扉から、女官や警備兵、通りがかった騎士や文官などが頬を紅潮させて覗いている。

分からなくもない、とグレンは苦笑する。
警備のためにと連れてきた部下を横目で確認すると、興奮で倒れてしまうのではないかと思うぐらい目を輝かせていた。
こうやって自分がダンスの相手を務めていなければ、気を引き締めろと殴るところだ。

それにしてもとグレンはオーケストラに目を向けた。
今までに聞いたことのないほど、オーケストラの演奏が美しい。
武術ばかりで音楽に興味のない自分が感嘆するほどなのだから、相当なものだろう。
そしてその音楽は今や朝の恒例となっており、城内に響き渡る音色に城勤めの者たちがうっとりと耳を傾けているという噂だ。

そして・・・・・


「はい、そこまで!・・・・大変、結構です。」
にっこりと白髪まじりの年輩の女性の声で現実に引き戻される。
ハッとしたように慌てて指揮者がタクトを振り、演奏をとめる。


「とても優雅で気品にあふれ、いつまでも見ていたくなるほどですわ。」

「そうでしょうか・・・・。まだ足の運びがぎこちないような気がします。」
不安そうに瞳を揺らすシュラの腰から手をはずし、シュラの右手をそっと引いて誘導する。

「あとはパートナーである陛下と何度か練習なさるとよいでしょう。ロマンスとなると皆がお二人に注目しますから、お二人の息を合わせるということも重要ですよ。」
「アンナ、ならそろそろロイを呼ぶ必要があるか?」
グレンは、ロイのスケジュールに空きがあっただろうか?と思案しながら女性に声をかけた。

「えぇ、陛下のスケジュールの調整をしていただいて何度かお願いしたいと思います。」
「そうだなー・・・・。」
多忙な若き王に暇な時間などないがそうも言っていられないだろう。

「無理でもあけさせなさい。これも重要な王族の義務なのだから。」
ハキハキとした口調の女性の声にグレンはびくりと肩を震わせた。

「は、母上・・・・。」
恐る恐る振り返った先には豊かな金髪を一つにまとめて、シンプルなドレスに身をつつんだ女性がたっていた。
切れ長の青い瞳は鋭く、手に持つ扇に武器が仕込まれていることをグレンは知っている。

確かに美しい。
美しいが鋭い瞳と堂々とした風格に圧倒される。

ミリア・シュヴァリエ。
グレンの母にして、ロイの伯母。
賢く、強くそして美しい、降嫁したとはいえ王族の女である。


「シュラ様。素晴らしいダンスでした。愚息がまるで別人のように上品に見えたぐらいです。」
オホホと優雅にシュラに笑いかけるミリアは、グレンに向けていた鋭い瞳が嘘のように穏やかだ。
「いえ!グレン殿がリードしてくださるので、とても踊りやすくて。」
「あら、やだ。あの子のダンスほどお粗末なものはありませんよ。小さい頃はよく私の足を踏んで泣いていましたのに。」

よく言う・・。
自分が泣いていたのは、母の足を誤って踏んでしまい、そのことで母に冷ややかな目で「なんと情けない。」とため息をつかれたからだ。
そういう時は必ず、母の手でスパルタな練習が待っている。
幼いグレンは母との練習がいやで泣いていたのだ。

「グレン殿は、とてもお上手だと思うのですが・・・・・。」

正直、グレンは武術が好きでその他はあまり得意でないと言っていたのでダンスの練習相手となると聞いた時はシュラも驚いた。

しかし、いざ踊ってみると大きな身体からは想像できないほど優雅で落ち着きのあるリードだったのだ。明るく快活、大雑把な性格からか誤解していがよく見ているとグレンは公の場では、洗練された身のこなし、言葉遣いであった。
レンに聞くと、「王族を母にもち、騎士の名家の生まれですからきちんと教育されているのですよ。残念なことに私たちの前では、あまり見られないのですが・・・・。」と苦笑しながらこっそり教えてくれた。
グレンをダンスの練習相手にと選んだのは、ロイとレンが決めたようだが確かにこれほどまでに最適な相手はいなかっただろうとシュラは思った。

王位継承権を持ちつつ名家の生まれでありながら、自らの力で出世し、そして信頼のできる男。ダンスの腕も申し分ない。

「グレン様もとてもお上手ですよ。けれど、ミリア様にとってはまだまだなのでしょうね。」
クスクスと笑うアンナにミリアは真面目な顔をして言い放った。
「グレンだけではありません。ロイのダンスもまだまだです。あの子こそ練習が必要なのに何をやっているのか。」

賢王と名高いロイに向かってこの有様である。
「母上、ロイも忙しいのですよ。」
「王なのですから忙しいことなど百も承知です。その忙しい中、時間を作ってこそ王に相応しいと思うのですが?」

と、ギロリとグレンを見るミリア。
思わず、ぐっと言葉を飲み込んだグレンは母親から目線をそらす。

「まったく、お前もロイもレンも一向に仕事のスピードがあがらないようですね。なんて情けない。仕事の出来ない男ほど、情けないものはありませんよ。」
そして、ふぅとため息をついて一言。

「明日は必ず連れてきなさい。」
いいですね、と強い口調で念をおし、グレンが弱弱しく頷いたのを確認してミリアはようやく気がすんだようだった。



「さて、俺は仕事に戻るが・・・シュラ様はどうする?」
小声でシュラに聞いてくるグレンは明らかにミリアを意識していた。
俺は早く帰りたい、シュラ様もうちの母親と付き合うのが嫌ならどうにか連れ出すけどどうする?という心の声が伝わってくる。

グレンは自分で政治のこと、世論のこと、外交のことなどは自分の出る幕ではないといっていたがこういう彼の素直さが駆け引きなどに向かないせいだろう。

「私は、この後ミリア様とお茶のお約束がありますから。」
「げっ!」
正気か?という目を向けるグレンにシュラは思わずふきだした。
グレンにとって、苦手なもののダブルパンチである。
それを知っているだけにその渋い顔にシュラは笑いをとめられなかった。

「何をもたもたしているのです。さっさと仕事に戻りなさい。私だってお前のようなむさくるしい男を前にしてお茶を飲みたくありませんよ。」
「・・・・はいはい。・・・じゃ、シュラ様また!」
ミリアの言葉にこれ幸いと立ち去るグレンは先ほどの紳士的な立ち振る舞いからは別人のようだ。

そんなグレンを見送って、シュラはミリアを誘って自室でお茶を楽しむために二人連れだって王宮の廊下を歩き始めたのだが・・・・


「まったく、あの子は本当にいつまでたっても子どもです。」
情けないと頭をふるミリアの姿にシュラはまたもや笑いが止まらなくなる。
グレンへの愚痴がとまらないミリアは、確かに厳しいが息子への愛情が感じられる。
「笑いごとではありませよ。昔から机に向かうことは苦手、ダンスも音楽も苦手。なんど逃げ出さないように部屋の鍵をしめたか分かりません。それが剣と武術と乗馬の時間になるといきなり元気になるのだから憎たらしいったら・・・・。」

ロイもグレンもミリアのことが苦手なようだが、シュラは出会ってすぐ好感をもった。
それはミリアも同じようでいつも優しく接してくれる。

「しかし、グレン殿は国民から好かれていると聞いていますよ。あの素直さが魅力なのでしょうね。」
「・・・・確かにそうかもしれません。しかし、国を動かすことには向きません。」
シュラの言葉に声色が固くなる。

その僅かな変化に気づいて、シュラは自室に入って早々に人払いをした。
警備の騎士に部屋に誰にも近づけないでほしいと注意を促したのだ。
部屋にはシュラとミリア、お茶の支度を行うベル。


「何かあったのですか?」
「内側が騒がしいのです。あの子の力がロイの役に立てばいいのですが。」
以前、グレンから聞いた身内の中で何やら動きがあるらしい。

「私にはよくわかりませんが、ロイ陛下は国民からとても慕われています。臣下からの信頼もあつく・・・・。そしてグレン殿もそれは同じ。それはきっと大きな切り札になると思いますが。」
「そうですね・・・、しかしそのような常識が通用しないのです。あの方たちは常に自分たちが一番だと思っているのですから。」









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