月と妃と人質と。22







「そうだ、お願いがあるんだ。

今日は夕食を皆でとらないか?」

最近は、毎日何かと顔を合わせているがルーベンスにきてからロイと食事を共にすることはなかった。
ロイは常に気を張っている。
その為か、食事を共にするのはグレンぐらいで近くにいるはずのレンですらロイと食事を共にすることはない。

『シュラ様とお父上はとても仲がよいと伺っております。
恥ずかしながら、私も家族仲は良好です。私たちにとって当然の無償の愛を与えてくれる血の繋がった家族が陛下にはいません。

陛下にとって、その代わりがグレンやグレンの家族なんだと私は理解しています。』
以前、少しだけ困ったように笑いながら、レンはそうシュラにそう言った。

その後に一言、
『私は、シュラ様にもその存在になっていただきたいと思っています。』



そんなロイからの珍しい誘いに、シュラは思案する。
そう簡単に家族に近しい存在になれる訳がない。
グレンとロイは小さな頃から一緒に育ったというだけでは、考えられないほどの強い絆をもっている。
そしてロイを影から守り続けているというグレンの母親、そして家族たち。

今の自分は、ロイにとって気を遣う相手に違いない。
一日の内の貴重な時間を邪魔する訳にはいかないと、どうしても考えてしまう。

しかし、ロイは皆で、と言った。

「あの・・・・他にどなたが?」
すると、なんとも言いにくそうに口を開いた。
「あぁ・・・まぁ、俺とグレンと・・・・俺の伯母・・・。」

「遠慮させてください。」
いつか会うだろうと言われたがいくらなんでも早すぎる。
こちらには心の準備というものがあるのだ。
それを感じ取ってくれと、シュラはじとっとロイを睨んだ。

しかし、そんなシュラには気づかぬふりをする男。
「さぁ、もう約束の時間だ。」
あ〜、急がなくては・・・・とつぶやくロイからシュラは、遠慮しますと身体の前で手をバツにクロスさせて後ずさる。


ロイは狼狽えたシュラの手を左手で掴むと右手を腰におき、優雅にエスコートする。
「ちょっ、ちょっと!!」

いや、正しくは腰においた右手で強くおされ前に進まざるをえなくなったシュラだった。

「ここは俺を助けると思って協力してくれ。」
「さすがに準備というものがあります。服装もですし、何より私の心の準備があります。」
「大丈夫だ、シュラはどんな姿でも美しい。」
「そういうことを言っているのではありません。」

止まらない言葉の応酬の間にも、どんどん歩みをすすむ。

「まぁ、そう嫌がるな。俺だって嫌なのだからここは我慢して。」
「なぜ、私が駄々をこねる子どものように宥められなくてはいけないのですか?」

納得できない、と唇を尖らせるシュラの頬にロイは突然キスをした。
チュッと可愛らしいリップ音をならして、流れるような動作で。

親が駄々をこねる子どものご機嫌をとるように。


「私は子どもではありませんよ。」
そう咄嗟に返しはしたが、内心はドキドキと鼓動がうるさい。
この子どもだましのようなキスに何か意味があるのだろうか、と色々な憶測が頭をまわる。


「分かっているさ。子どもならば、こんなことはしない。」
照れたように上を向くロイ。
そんなロイをみて、かーっと顔が火照る。
心臓は早鐘のようにうるさいし、身体中が熱くて、この間ですら何とも気まずい。

(この!たらし!!)
なんなんだ、この男は。
どうして自分がこんな思いをしなくてはいけないのか。
(これが普通の女の子だったら、好きになってるぞ!)
シュラは、赤い顔のまま心の中でロイに文句をいう。

「とっとにかく私は、時と場所にあった服装でお会いしたいんです!!!」
この動揺をさとられたくなくて、話題を無理やりもどす。
「だから、大丈夫だ!!
今日の服装だって、品があってよく似合っている!!

そっそうだ!そろそろドレスを作らせなくてはな。
ひとまず、明日にでも人を呼んで俺が見立ててやろう。」

ロイの言葉にえ?と思わず、また懲りずに左上のロイを見上げてしまう。

すると、楽しそうな顔で見つめられる。

そんな楽しそうな顔をされても、気のりはしない。
いつかそうなるだろうと思ってはいたが、やはり拒否反応が出てしまう。

「きっとクラシカルな上品なものが似合うだろう。
白や紺、紫ももちろん似合うだろうな。」
「それはいいですね。」
突然聞こえた女性の声にふたりはびくっと肩を大きく揺らして


そして声が聞こえた方へと目線をあわせた。


そこには深い緑のシンプルなドレスを身にまとい、ブロンドの髪をきっちりと一つに結いあげた貴婦人がたっていた。



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