月と妃と人質と。21








公務を終え、夕食のまでの間・・・・
王宮の一番上で国を見下ろすことが日課だ。
ロイはいつも通り、紅く染まる景色に目を向けた。

まだ、何も知らない頃・・・。
王子という身分で、美しい森や城下町を走り回っていた頃は、
この広大な土地に住む民の生活を見つめるのが好きだった。
父に手をひかれ、透き通った風を感じながら
家路に急ぐ民の姿を見るのが好きだった。
家庭的な夕食の匂いと、子ども達を呼ぶ親の声を聞いてるだけで胸が暖かくなった。
この民の幸せを、父が守っているのかと思うと誇らしく
この幸せを守るために、いつか自分も父や兄達を支えていくんだと
それが自分の夢なのだと、何度も何度もそう父に話した。

それを話す度に父は、大きな手でロイの頭を撫でた。
『夢は夢で終わらせてはいけない。』
という言葉と共に・・・・。

だから、努力してきた。
剣を握り、勉学に励んだ。


しかし、その夢は年を重ねるごとに泡となって消えた。
どうしてそうなったのかは、分からない。


あんなに好きだった家族が苦手になった。
あんなに好きだった父が憎らしくなった。
あんなに好きだったこの国が嫌いになった。

いつの間にか、己に圧し掛かる重圧を感じるためだけに、ここに通うようになった。
忘れてはいけない・・・・。
己はこの国に住むすべての生き物を守らなくてはならないのだから。
そう言い聞かせるためにここに立ち続けていた気がする。

何も知らない頃に戻りたい
そう思う度に、ここから民の姿を見ては自分の考えの愚かさを思い知る。

この国を見捨てるのかと・・・・。
己の役目を放棄するのかと・・・・。


沈むゆく太陽を見つめながら、溢れ出る思いに何度も何度も蓋をして、
国王という役目を果たしてきたのだ。

ここは、苦悩の場所。




「あなたは、この時間はいつもここにいますね。」
誘ってくだされば、いいのに・・・。
プラチナブロンドを靡かせた、この世のものとは思えないほど美しい麗人がロイの隣に立った。
「・・・・律儀だな。」

あの日以来、シュラは約束を守り続けていた。
約束といえるものなのかも分からない。
しかし、シュラはいつの間にか隣にいてくれた。


「この国は美しいですね。貴方が守ってきた国だ。」
もう何度も言われた言葉だ。
聞きなれたセリフ。

だが、この言葉をここでシュラから聞くたびに泣きたくなる。
今までしてきた事が無駄ではない気がして・・・・。

そっとシュラの方に身体を寄せる。
少しずつ少しずつ縮まってきた距離だ。
初めのころは、会話などなかった。
ただ、二人でずっとこの国を見下ろしていただけ。


「私はどんどん、弱くなる。」

この重圧を半分、背負ってくれる様な気がして・・・。
そんな勘違いをしてしまう。


「良い傾向なのでは?貴方は完璧すぎますよ。」
「・・・おかしな事を言うな。王は完璧な方がいいだろう?」
ロイは、目線を城下町からシュラにうつした。

「そうかな?私は、弱い貴方も素敵だと思いますよ?」
そう言って笑うシュラがとても美しいと思った。
紫の瞳にうつるこの国も、この世のものとは思えぬほど美しい。


美しい・・・・?
この国が・・・・?
いや、美しいとは思う。
周囲の国の者からも皆そろって言われることだ。
この国が美しいことなど知っている。
当たり前のことだ。

しかし・・・・。


ロイは、城下町を見下ろし、
そして振り返り、反対側に位置する森を見つめた。



「この澄んだ風も、この美しい自然も、いつも幸せそうな民も・・・・。
この夕陽をあびてキラキラ輝いている。どんな宝石もこの美しさには敵わないでしょうね。」

澄んだ風?
美しい自然?
幸せそうな民?


沈みゆく太陽は、暖かい色合いでこの国を包み込んでいる。
遠くに見える湖は夕陽の光を反射して輝き、
森の緑とオレンジのコントラストがロイの目に飛び込んだ。

子ども達の笑い声、飲み屋の音楽が風にのってかすかに聞こえる。



自分が守ってきた国は、こんなに美しかっただろうか?
こんなに幸せに溢れた国だっただろうか?




あぁ、そうか。
「はは・・・。」
ロイは目頭を押さえて、笑った。
隣でシュラが首を傾げた気配がする。

「いや、自分の馬鹿さ加減に今気づいた・・・。
俺は、この国が美しいということをすっかり忘れていた。」
「は?」
「俺は、この国が好きだったのだ・・・。」
目から熱いものが込み上げる。
それと同時に思い出も蘇る。

『父上、父上、俺はこの国が大好きです!』
あんなに毎日言っていた言葉だ。
何故、忘れることができたのか!


あの時、父は確か・・・。


「そうだな・・・・はは。」



『お前が国を愛しく思うならば、お前には王の資質があるよ。』

あぁ・・・そうだ。

「私は、今まで勘違いをしていた。」





「王とは国を愛するものだ。」










国を豊かにしたのは、私ではない。
国を守ってきたのは、私だけではない。

(こんな事も分からなかったなんて・・・。)






「王とは国を愛するものだ。」


(え?)
ロイの言葉にシュラは顔をあげ、ロイの顔を見上げた。


(それが、答えだ・・・。)
身体に電流が流れたかのような衝撃を受けた。
全ての神経がロイに向かっている気がする。
ドクドクと自分自身の心臓の音すら大きく感じる。

何かが吹っ切れたような彼は、とても美しいと思った。
もともと魅力的な男ではあった。
だが、今は以前よりもっと鮮やかで恐ろしいぐらいの存在感を感じる。
そのせいか目にうつるのは、彼だけだ。
景色が全て色をなくしてしまう・・・・

いや、他の景色など目に入らない。

(彼しか見えない。)


煩いぐらいの心臓の音に
目の前の男の姿に
シュラは少しだけ恐怖を感じた。






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