月と妃と人質と。20








「・・・・どういう事です?」
シュラは、悪びれることなく部屋に入ってきて堂々とソファに座って紅茶を飲むグレンを睨んだ。
すると、おっ!とグレンは一度目を丸め、嬉しそうに・・・・そして、豪快に笑った。
その掴みきれない笑い方にシュラは、何故だか照れくささを感じる。
(・・・なんだろう、今の・・。誰かに似ている。)
あの嬉しそうな笑い方は・・・・。

と、シュラが考え事をしているとグレンの横に座っていたレンが眉を寄せた。
「ちょっと、唾がとびました。手をあてて笑ってください。」
「ん?俺に、上品にオホホ・・・と笑えって言うのか?そりゃ、気持ち悪いだろ?」
こんな小さいこと気にすんなよーとグレンはレンの背中を叩く。

バシィ!
「いっ!!!」
良い音がしたな・・・とシュラは思った。
かなり痛そうである。
背中を叩かれたレンは、ぐぐっと拳を握って身体を震わせている。

この3か月で、二人の性格は掴めてきた。
それ故に今後の展開が手にとるように分かってしまい、シュラはため息をつきたくなる。

「・・・・っ!あなたって人は!!!グレン!!!」
「え?なんだよ・・・。」
「この馬鹿力!もう少し、人の事を考えて行動できないのですか?!
その頭はただの飾りなのですか??!!」

あぁ・・・はじまった・・・・。
聞きたいことは沢山あるが、こうなるとレンのお説教はとまらない。
「ベル、紅茶をいれなおしてくれないか?あと、父上から届いたお茶菓子も持ってきてくれるかな?」
長期戦を覚悟して、シュラはにこやかにベルにお茶の手配を頼んだ。



「それで、どういう事なんでしょう?」
数分後、やっと落ち着いた二人を前にシュラは首を傾げた。

「すみません・・・・ご説明にきたのにお待たせして・・・・。」
レンは、顔から湯気をだしそうなぐらい真っ赤な顔で頭を下げた。
つられてグレンも居心地が悪そうに、頭を下げる。
なんだかんだ、良いコンビの様である。
事実、二人は大層優秀な人物だ。
レンの知識は多岐に渡り、どんな人物にも素直に教えを乞い、新しい知識の吸収にも貪欲だ。そして、柔軟な考え方は一国の王の補佐としても軍師としても相応しい。
一方のグレンは、明るく快活で裏表もなく、剣の腕も申し分ない。自分の目で確かめてはいないが、噂では世界の数ある武術もいくつか習得済みであるとか・・・、そういえばバルドやタギの口からも名前を聞いたことがある。
つまりは、そういう事なのだろう。
政治にも興味があるようだが出過ぎたことはせず、ロイやレンに任せているようだった。
自分の能力のよく理解し、良い意味で活かしている姿には好感がもてる。
そして、自分も貴族という地位を利用してロイを快く思わない貴族たちから、さり気なくロイやレンを守っているようであった。

「いえ、お気になさらずに。」
シュラは笑いを堪えながら、答える。
それに気づいたグレンは、頭を掻きながら口を開いた。
「・・・話を戻すが・・・・、ロマンスというのは、王と王妃が踊るワルツ曲の曲名だ。
ロマンスは王と王妃しか踊ることができない、絶対にだ。例外は存在しない。」
「これは、建国から受け継がれている伝統なんです。王は、世継ぎを残すために側室をもたないといけない場合がありますが、王妃は誓って一人だけだと・・・そう国民にアピールする為なんです。」
「なるほど・・・、つまりは国民への反逆を食い止めるための一つの手段な訳ですか。」
よく考えたものだな、とシュラは思わず感心する。
ルーベンスの国民は一夫一妻制である。
王のみ、一夫多妻制を認めさせる手段なのだろう。
そして、何かのきっかけで反逆がおこったとしても、一つでも王への不満分子を防ぐためのもの・・・・。
「話が早くて助かります。
ルーベンスは有り難いことに資源に恵まれています。それ故に、他国との交流は盛んで国民も増加する一方です。人が増え、あらゆる文化に触れあうと刺激されると、国民の知識レベルも上がるでしょう。そうすると現状に不満を抱く可能性があるのです。そこで、王は国民に寄り添っているというアピールが必要になってくる・・・・。」

「つまり、王は国民に好かれていないといけないっと・・・。」
そう言いながらもグレンはベルにお茶のおかわりを頼んでいる。

「それから、私はあまり詳しくないのですが・・・。」
言いにくそうに口を開いたかと思うとチラッとグレンに視線をなげるレン。
どうしたのか?と、シュラが思っているとグレンがあー・・・と微妙な声をだした。
「・・・・真面目な話、今が大事なんだ。他国からみれば、ルーベンスは何の問題もないように見えるだろう・・・。平和だし、国民も王に不満をもっている様子はない。むしろ、賢王とロイを讃えているぐらいだ。


だが、身内に敵がいる。」
忌々しそうに吐かれた言葉・・・・。
そこにグレンの思いがつまっている。

「そいつらを使って、ロイを陥れようとしている貴族もいる。まぁ、そこは俺たちの一族で抑えられるだろうが・・・。ロイの身内が厄介なんだ、俺たちも王族には手出しが出来ない。」
「あの人たちが出てきてしまえば、私たちは陛下の手助けが何も出来ないのです・・・。」

何かあるとは、思っていたが・・・まさかこんな事だとは・・・。
厳しい目で二人を見つめ続けるシュラにグレンは少し安堵したような笑いを浮かべた。
「シュラ様は、頭が良いからな。俺たちは安心している。自ら考えて答えをだせる人だ・・・だからこそ、敵にはならない。」
「どうして、そんな事が言い切れるのですか?」
「分かるさ。やつらは、どう考えても自己中心的な考えしか持っていない。国民のことなど・・・・何一つ考えていない。シュラ様が、それを許せるとは思えないしな。」

なんせ、ロナルド様のお子様だからなぁ!とグレンは嬉しそうに笑う。

「だからこそ、私が必要だったのですね。きっと、父もそれを分かっていたのでしょう。」
「そうだろうな。紫の瞳を王妃にしてしまえば、そうそうロイを王座から降ろすことが出来ない。ロイを引きずり落とすには紫の瞳を冒涜することになるから・・・。それは大陸全土に喧嘩を売っているのも当然だ。ロイの為にロナルド様は動いて下さったのだろうか?」
「それは、分かりません。ただ、父はロイ陛下に思うところがあるようです。彼に何かを求めている・・・というか・・・。

・・・・それよりも不思議なのですが、私の瞳を巡って戦争が起こる可能性はないのですか?」
「それは、有り得ません。
紫の瞳は手に入れた者の物なのです。横から攫ってしまっては意味がないのです。
それに・・・・ロナルド様のお考えのおかげか、アルファンがルーベンスと協力体制に入った今、ルーベンスに戦争をしかけるのは自殺行為です。」

なるほど!とシュラは思わず、手をならした。
我が父ながら、天晴れである。

「ほんと、ロナルド様はすごいよな・・・。
俺たち一族は、あいつの為にここまでの事はしてやれない・・・・。」
悔しそうに呟くグレンの姿にシュラは好感をもつと同時に心配になる。

「グレン殿はロイ陛下の身内に反発されていますけど、グレン殿の一族が何か危険な目にあう可能性はないのですか・・・?」

「それはないと思います。シュヴァリエ一族は騎士の家柄ですから、下手に仕掛ければ、やり返されるのがオチでしょう・・・。」
「いや、そうでなく・・・地位の剥奪などの政治的圧力は?」
「それもないだろうなー。俺の母上は前王の姉だから、難しいだろうなぁ。」
一応、この人も王位継承権もってますよ・・・とレンが小声で教えてくれる。
「母上は誇り高い王族の鏡のような人なんだ・・・。前王も母上には頭が上がらなかったが、親父もロイも俺も頭が上がらない・・・・。」
はぁーと大きなため息をつくグレンの横でレンがぶるりっと身体を震わせた。
「・・・・私も苦手なんです・・・。そのうち、お目にかかる機会があると思います。」
陛下のこととなると、色々と熱くなる方ですから・・・とレンは口元を引くつかせた。

「母上はロイの後継人といってもいい。やつらの馬鹿さ加減にうんざりしているというのもあるが、それ以上に・・・いや、これは俺が言えることじゃないな。とにかく母上がいる限り俺には、そうそう手出しはできない。

だから、母上はロイの側に俺がいるのを望んでいる。」

「・・・・ロイ陛下を守るために?」
そうだとしたら、かなり豪傑な人である。自らの息子を盾に選んでいるのだから。

「母上は、国の為なら・・・という考えを持っているからな。政略結婚で他国に嫁ぐ話がでた時も顔色一つ変えずに頷いたという噂だ・・・。」
だから、息子にもそれを求めるんだろうなーとグレンはお茶菓子のクッキーを頬張る。

「そんな話がでていたのですか?ミリア様は、ルイス様に逆プロポーズされたという伝説があったので、てっきりルイス様一筋かと・・・。」
「逆プロポーズ・・・?それはまたすごいですね。」
レンの言葉にシュラは、さらに驚かされる。
誇り高い王族の貴婦人が自らプロポーズするなど、聞いたことがない。恐らく前代未聞で今後そのような珍事はおきないのではないだろうか。
「あぁ・・・それなぁ・・・。なんつーか、その当時すでに前王には王妃も側室もいたわけよー。あの頃は王家も平和だったと聞くんだが母上は何故か今後を案じていたらしくて、王族に媚びず尚且つ発言力や権力もあるシュヴァリエ家に嫁いだとういのが真実なんだとさ。うちの一族は騎士の家系だからか、政治にしろなんにしろ何かにつけて善悪で物をみるからな。間違いだと思えば一切手を貸すことはないし、内乱だっておこしかねない熱情型ばかり。母上はそこを狙ったんだろう。」

「逞しいですね・・・。」
なんと強い女性なのだろうか。
そして、とても理知的で魅力を感じる。
シュラの言葉から何かを感じ取ったのかグレンは明るい笑顔をみせた。
「母上はシュラ様を気に入ると思う。俺はシュラ様に感謝しているしな。」

そう言いながら、グレンは窓に目を向ける。
その何気ない行動につられてシュラも窓に目を向けて気づいた。

空が紅く染まりはじめていることに・・・。

その事実に一瞬心が乱れた。
だが、決して顔にはだしていなかったはずだ。それなのに・・・。
「レン、そろそろお暇しようぜ。長居しすぎた。」
そう言って、レンを引き連れて出ていくグレン。
「あの・・・・。」
「・・・感謝している。本当に。」

その言葉には重いグレンの気持ちがこもっているような気がした。
感謝という言葉が何に向けられているのか分からないが、もしも私の今の焦りを見抜かれていたとしたなら。

「きっと彼は知っているのだろうな。」

愛されているのだと思う。
彼は・・・一人ではない。
そう思うと何故か心が暖まるような嬉しさが胸に広がった。



「シュラ様・・。」
そしてそんな美貌の主の美しい笑顔を目撃した幸福な少女は、顔を赤くしながらそっとシュラにフードを手渡したのだった。






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