月と妃と人質と。幕間






私は、王宮の庭師だ。
私の父も祖父も皆、庭師だった。
何代にもわたり、歴代の王に仕えてきた。
汚く、とても地味な仕事だ。
騎士のように命をかけて王を守る訳でもなく、女官達のように華やかな世界でもない。
料理人のように腕を奮う機会がある訳でもなく、文官のように世の役にたつ訳でもない。
ただ、日々同じ仕事を淡々と過ごす。
気付かれぬかもしれない、
それ故に話しかけられることもない。


そして、私は王族の住居担当の庭師だ。
来賓担当や後宮担当の庭師からは、外れくじだと笑われる。
確かに来賓担当の庭師のように育てた草花たちが多くの人の目に触れることはない。
後宮担当の庭師のように華やかな女性たちのティータイムの場所に選ばれることもないし、愛を語り合う場に使われることもない。


だが、私は外れくじだなど思ったことはない。きっと父も祖父もそう思ったことなどないだろう。


ただ、王の御心が乱れた時に
丹精こめて育てた草花たちが、少しでも役にたてばいい。

そう思って毎日、土をいじっている。


嬉しいことに、息子はそんな私の仕事を理解してくれている。
私の跡を継ごうと毎日一生懸命に手伝ってくれている。

私は幸せだ。
尊敬する王のために・・・
特に歴代の王たちの中でも群を抜いて賢王と謳われるロイ陛下に仕えることができて、何を不満に思う?

幸せだ・・・・。






+++++++++++++++++++++





あぁ、神様・・・・。
なんということだろう!
私は今、息子と共に染みひとつない鮮やかな赤い絨毯の上に跪いている。
手は大きく震えているし、息子は今にも倒れそうなほど白い顔になっている。

「顔をあげてくれないか?」
そう声をかけられたが、
そんな恐れおおいことができる訳がない!!

私たちの目の前に座っていらっしゃるのは、
あのロイ陛下なのだから!


私たちにとっては、雲の上の存在だ。

そして、慣れぬことにどうしてよいのか分からないのだ。
なにせ今まで王族の方々からも、声をかけて頂いたことなどないのだから。



いつまでたっても顔をあげない私たちにロイ陛下は、「仕方ない・・・。」と呟いた。
・・・呆れられてしまっただろうか。
まさか、クビなんてことは・・・・
そう思い、そっと顔をあげるとそこには悠然と微笑む美麗な男。
分かってはいたが、このように近くで目にした事はなかった。
改めて思う。
我らがルーベンスの王は、なんと男らしく華やかなお方なのだろうかと。

「やっと顔をあげてくれたな。」
なかなか顔をあげぬから困ったぞ、と笑われる。
申し訳ございません・・・と謝る声は震えたが、陛下は気にもとめない。
それどころか謝ることはないと優しく話しかけてくださった。

なんと、素晴らしい御方なのだ!と息子と共に感激していると
陛下は何とも言い難そうに「頼みがあるのだ・・・。」と小さな声で私たちに言われる。


ただの庭師に何を頼むことがあるのか?
息子と顔を見合わせて首を傾げると、陛下は照れたように私たちにこう言った。


「中庭に美しい花々を植えてほしい。
見たものの心がはれるように緑も多いほうがいいだろう。
そなた達にまかせるから、殺風景なあの中庭をかえてくれないだろうか?」


驚いた。
中庭は、先々代の王の希望で最低限の草花しか植えていなかった。
それは何十年もの間くずされる事がなく、暗黙の了解だった。
庭に興味がないという訳ではなかったが、
日頃から華やかなものをみなれている王達には鮮やかな草花たちは疲れを呼び起こすものでしかなかったようだ。
だからこそ、一番目にする場所はシンプルに芝を中心としたと聞いている。

「よいのですか?」
「あぁ・・・。」
私の足りない言葉に陛下は全てをくみ取って下さった。
「住む人間が変われば、庭も変えなくてはな。」
「そうですね・・・。」
「頼む。そうだな、できればあまり華やかではない方がいいだろう。
素朴で自然な美しさを好むようだから・・・・。」
陛下は、目を細めた。
何かを思い出すような仕草と言葉に息子は合点がいったのか「分かりました。」と嬉しそうな声をだした。





最後まで緊張しながら、場を辞すと私は息子を問いただした。
「どういう事だ?」
すると息子はとても嬉しそうに私に説明をしてくれた。
その話に、私は胸が躍るのを感じた。
そして、この命にかえても素晴らしい庭にしてみせると、そう息子と誓い合ったのだ。


++++++++++++++++++++++

それからというものの、毎日毎日、私たちは中庭の手入れをした。
陛下が言われたように素朴で美しく見たものの心が晴れるような庭にするべく奮闘した。
ルーベンスの美しい森をイメージして、一つ一つ厳選した草花を植えていく。
雨の日も風の日も、一日も休むことなく・・・・。
私たちは陛下自ら命じて下さったことが嬉しく、とても誇らしかった。


しばらくして、私は作業中に風になびくカーテンに気付いた。
このエリアには、陛下とあの方しか住んでいない。
陛下の部屋と執務室の窓は閉じられたままだ。
きっとあの方に違いない・・・・!
私は、そう思ったが気付かぬふりをして作業に戻った。
私たちはただの庭師。
決してこちらから行動はおこしてはいけないのだ。


その日から、いつもある部屋の窓があけられた。
だんだんと完成に近づく庭に気付いていらっしゃるのかもしれない。
何時間もあきることなく、私たちが作業している姿を見ていらっしゃるようだった。



「終わったな・・・・。」
「陛下は満足して下さるでしょうか?」
不安な様子で私に問いかける息子に私は笑顔をみせた。
こんなにも優しい子に育ってくれたことが私は嬉しかったのだ。
きっと私が引退した後もこの子がこの庭を守り続けてくれるだろう。
私は、思わず泣きそうになるのをこらえた。
情けない・・・・、年をとるとどうも涙腺が弱くなる・・・・。




「素敵な庭ですね。」
そんな泥だらけの私たちの背に、凛としたそれでいてまるで音楽のような美しい声がかけられた。
思わず、息子と勢いよく振り返る。
「はじめまして。私、シュラリーズ・ルヴレイと申します。」
にっこりと笑う麗人。
目が眩むような美しさとは、このことだろうか?
私のみすぼらしい頭では、表現できないほどに美しい人であった。
「はっ・・・はははじめして!」
声が裏返ってしまったが、仕方ない。

輝く紫の瞳がより私たちを驚かせた。

「この庭は、どれだけ見ていても飽きません。なんだか心が洗われるよう・・・。」
シュラリーズ様と名乗られたその方は、そっと屈み、咲いていたスミレを優しく撫でる。

私は思わず・・・・
これだけはお伝えせねば!と、自らこの高貴な方に話しかけてしまった。
私たちのような身分のものは、聞かれたことに答えるだけでいいのに・・・・・こちらから話しかけるなど、してはいけないこと。
それでも私はどうしてもお伝えしたかった。

「これは、陛下が命じられたのです。見たものの心が晴れるようにと・・・。」
首を傾げる姿に私はもう一言だけ・・・。


「この中庭が見える場所に部屋を持たれているのは
陛下と・・・・・




貴女様以外にはおりません。」


伝わればいい。
陛下の御心が・・・・。
そう思った。






「そうですか、それではお礼を言わねばなりませんね。
教えてくれてありがとう。」



この言葉を聞いたとき、私は天にも昇る気持ちになった。
気にいって下さった!
話しかけて下さった!
そして、伝わった!!

そこから何を話して、どう帰ってきたのかも分からない。
私と息子は、寝るまで夢見心地のようにぼーっとし、使い物にならないと妻に呆れられた。
だが、胸に広がるなんともいえないこの気持ちを抑えることができなかった。







数日後、やる気に満ち溢れた私と息子が中庭の掃除をしていると窓が開く音がした。
思わずそちらに目をやると、やはりそれはシュラリーズ様のお部屋の窓で・・・・


顔をのぞかせたシュラリーズ様は私たちに手をふってくださった。
思わず、頭を下げる。
そしておずおずと再び顔をあげるとシュラリーズ様の横には陛下が立っておられた。

その口元が「あ・り・が・と・う。」と動いた気がした。

見間違いかもしれぬ。
それでも嬉しかった。


私は涙がでそうになるのを必死にこらえた。
(当たりくじだ。)


++++++++++++++++++++


私はただの庭師だ。
汚く、地味な仕事だ。
ただ、日々同じ仕事を淡々と過ごす。


陛下と陛下の大切な方の御心に触れることのできる・・・

とても、幸せな仕事だ。








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