月と妃と人質と。17







(調子がくるう。)

シュラとロイはいつも通り、低めの机を挟んで長椅子に座っていた。

「デオンは、精霊のようなものだ。姿形を自由に変化することができる。」
自分の話をされているというのに、デオンは気持ち良さそうにシュラの膝の上で寝ている。
「私はそのような存在は知りませんでした・・・。」
「俺もデオンの他は知らん。面倒だったから、神話にでてくる白い虎の姿をさせている。そうすれば、神話を信じるものたちが率先して守り神だと言いふらしてくれるからな。」
「守り神ではないのですか?」
「神の使いというのは、間違いないだろうが・・・。デオンは重要なことは話さないから何がしたいのか分からん。ただ、俺が王になった時から俺を守ってくれているのは確かだ。」


シュラはベルが淹れてくれた紅茶に手を伸ばした。
ロイの命令に従って今は席を外しているが、紅茶を頼むためにベルを呼ぶとロイの姿に驚きながら慌てて準備をしてくれた。
あの慌てようで仕事は完璧にこなすのだから彼女はなかなか見どころがある。

シュラは、ちらっとロイを見た。今日はいつもとどこか違う気がする。
いつもの威圧的で傲慢な態度ではなく、ぼーっとこちらを見つめているだけなのだ。
(調子が狂うな。)
ロイの大人しさにシュラの中で焦燥感がうまれた。

「何かあったのですか?」
この我慢しきれない所が短所だと自分でも思っている。
しかし、こんなロイを見続けるのは我慢ならなかった。
彼には生き生きとした自信に満ちた表情が一番似合う。
太陽を背にしても彼の存在は薄れることはない。太陽となんら遜色のない輝きを見せる美麗な男。
力を持ち、頭の回転も早い。それでも決して驕らない。
だから、彼にはこんな顔は似合わない。


「何も。」
ロイがシュラから視線を外すことはなく言う。
居心地の悪さを感じながらも男の好きにさせておこうと、シュラはそれ以上の追求を諦めた。
話すつもりがないのか言葉を発する様子もないのだから仕方ない。

シュラは近くに置いていた本をとり、読み始めた。室内に響く音といったら、シュラがページを捲る音とデオンが時折甘えたように発する鳴き声だけだ。
ロイは飽きもせず、シュラを見続けている。


「それ、面白いか?」
「それなりに。興味がありますか?」
「いや。」

(何がしたいのか・・・。)
どうでもいい質問をぶつけられ、答えてみれば話を終わらせる。

暫らくして、ロイが立ち上がった。
「つまらん。」
「それは、私の台詞では?」
ロイはシュラの言葉に一度眉をよせ、それでも気を取り直したのか近くまで歩いてくると、目の前の机をその長い足で蹴った。
え?と思った瞬間に顔を挟んで長椅子の背もたれに両手をつかれた。
これでは逃げることが出来ない。
「何のマネですか?」
不機嫌そうに声をだしたシュラにロイはますます眉をよせる。
ぐぐっと体ごと顔を近づけられ、シュラはロイを睨みつけた。
「男に迫って楽しいですか?」
「お前に迫るのはなかなか。だが、その顔はつまらん。」
何故かロイまで不機嫌そうな顔になる。
「は?」
ロイは右手を長椅子の背からシュラの顎へと移動した。
くっと持ち上げられ、ロイが顔を斜めに傾けて近づいてくる。
唇が触れそうなその距離で数秒・・・・。

「それで?」
お互い睨みあったままの鋭い目では、色気が一切感じられない。まるで勝負でもしているような睨み合いにシュラは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに真意を探ろうと問う。


「お前は・・・・どうしたら・・・。」
消えそうな声で呟かれたのはシュラが予想もしていなかった言葉。


―――どうしたら、その顔が色を変える?


紫の瞳を見開いてロイを見上げる。
言葉の意味を推し量ってしまう。

そんな・・・・
それではまるで本当に。



(まるで本当に口説かれているようだ………。)


呆気にとられているシュラを見ながら、ロイの顔は不機嫌そうな顔になる。
「もういい。」
ロイはシュラの顎から右手を離すと、何を思ったかデオンの背に置かれていたシュラの手を掴んだ。

「白魚のような手だな。」

「へ・・・?」



そこに唇が触れた。
手の甲にキスを落とされて、シュラは今までにない恥ずかしさを味わった。
いつもは動揺する姿を見せたくなくて、気丈に振る舞っているというのに。

だが、これは・・・。



間違いなく育ちの良いロイのことだ。身分の高いご婦人方を相手に幼い頃からしてきた癖がここで出てしまっただけだろう。


それだけなのに……。


(はやく・・早くおさまれ!)
先ほどよりも早く鼓動する心臓にシュラは自分が動揺していることに気がついた。
(お願い、はやく!)

しかし・・・・

「おい、シュラ?シュラリーズ・・・。」
名前を呼ばれた。
心配そうに顔をのぞかれて。
手を握ったまま・・・・。

かっと顔が熱くなった。
「・・・な・・・なに・・・・。」
ロイはシュラの顔に色がさしたことに気づき、にやりと笑う。











つもりだった。


なぜか、自分まで顔に熱がこもってきた。
「な!なんで貴方まで赤くなるんですか!」
「お前の顔を見ていたら赤くなったんだ!」

((恥ずかしい・・・。))

二人して同じ思いだった。
心と心が触れ合うような拙い行為は妙に照れくさいのは何故なのか。
ロイは良い大人で色恋には慣れているはずだというのに、この有り様。ロイは頭を抱えたくなった。

「手・・・離してください・・・。」

もそもそ・・とシュラが呟いた。
俯いたせいで顔は見えないが耳がほんのりと色づいている。
思わずロイはその耳に唇をよせた。
何の意識もなく惹かれるように、その形の良い耳にキスをおとした。
ちゅっと触れるだけのキスだったが、それでもシュラの心は一層乱れた。
「・・・可愛いな。」
「!!かわっ!・・・・私は男です!」

そう言って、きゃんきゃんと喚く姿がなんとも可愛らしかった。
大人びた表情や所作はシュラの美しさを堪能するには申し分なかったが、ロイは好きではなかった。
逆に、このように素直に気持ちを表情にだすシュラの方が何倍も・・・。


(あぁ・・・そうか・・・。)
ロイは自分の思いに気づいて、微笑んだ。

この顔が見たくて堪らなかったのだ。
覗き見るのではなく、自分の前で自分の影響でシュラの顔が変わるのを見たかったのだ。


ロイは先ほどまでの不機嫌さをすっかり忘れ、胸の奥から込み上げる喜びを自覚した。

つまり
そういう事なのだろう。

(まさか、自分にこんな感情があったとは……。)





「面白くなってきた。」
そう言って笑うとシュラが赤く染まった顔で睨んできた。
「ん?」
ロイは微笑んで優しくシュラの頬を撫でる。
いつもとは違う愛しい者を見る目だ。情を感じさせるその目にシュラは狼狽える。
「離してください!離して!」

「なるほど、こういうのに弱いわけか・・・・。」

その瞬間、シュラの左手はロイの頬を叩いていた。









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