月と妃と人質と。16
日が差し込む廊下を歩き続けると目的の部屋へと向かう。
最近、やたらとこの廊下が明るいのは気のせいではないかもしれない。
シュラの部屋へと続く廊下だから・・・。
まさかっとロイは頭を振って自分の考えに笑った。
ロイに気づくと廊下に立つ兵が扉をあけた。
「陛下・・・。」
小部屋に入り、困った顔で部屋の前にたつ兵に手で合図をして一度下がらせた。
そっと扉を開けて覗きこむ。
すると
ぐるる・・と甘えるように喉を鳴らしてシュラの膝で寛ぐ子虎の姿。
(デオンめ・・・何を考えている。)
何もなければ彼は立派な大人の虎の姿のはずだ。
白い美しい毛をきらめかせて、鋭い眼光で人を見極めるタイプのくせに、だ。
「名前はあるのかな?」
随分と柔らかい声だ。
この様な声は聞いたことがなかった。
いつも鋭く直接、頭に入ってくるような凛々しい声だ。
そして、その声は恐ろしいほどまでの気品を漂わせていた。
だが、いつもの鋭い声よりもこちらの方が何倍もいい。
デオンの間抜けな姿に何を思ったのか、シュラが笑う。
その思わず零れでたような満開の笑顔に目を奪われた。
(違う・・・・。俺の知っている人物ではない・・・。)
そう思ってしまうほどに美しい笑顔だった。
生気溢れるその顔は・・・・作り物のような完璧な美しさよりも美しい。
紫の瞳は一段と輝きを増し、頬は桜色に色づいている。
完璧なほどの所作に変わりはないが、隙があり人間らしい。
いつもの鋭い瞳など見る影もなく、初めて会った時の興奮していてもどこか冷静な顔つきではなくて・・・。
探るような言葉も瞳も存在しない。
「お前・・・どこかで会った?」
シュラの言葉にロイは我に返った。
一瞬にしてシュラのまとう空気がかわってしまう。いつもの探るような掴み所のない姿に。
「どこで・・・?」
デオンもそれに気づいたのだろう。
それきり何の反応も見せなくなったデオンにシュラは諦めて背をゆっくりと撫でている。ふぅと息を吐いて、ぼーっとした顔で考え事をする姿にロイは胸のざわめきを感じた。
「なんのためにこの世界にきたのか・・・。」
『運命だからだ。』
シュラが不思議そうにデオンを見る。
ロイの頭にもデオンの声が響いたということは、デオンはとっくにロイの存在にきづいていたのだろう。扉を控え目にあけて、少しの隙間から体を割り込ませる。
『何億年前に決まっていたことだ、それが宿命。そう・・・ロイも。』
子虎が扉の方に顔を向けた。
(宿命・・か・・・。)
何度も聞いたその言葉に笑いそうになる。
宿命なぞ、今を生きている自分には関係がないというのに・・・。
例え神が望んでいても自分が望んでいない未来なら、壊してやる。
「わざわざ、その姿にしたのか?デオン。」
嫌そうな瞳を向けるデオンにますます愉快な気分になった。
(俺は神など信じない。)
「俺の前では、厳つい姿のくせに。」
悪趣味だな、と吐き捨ててロイはシュラに見る。
そして、思わず息をのんだ。
紫の瞳をこれでもかと開き、ロイを見つめる顔があまりにも無防備だったからだ。
(調子がくるう・・。)
『運命には逆らえぬ。お前は自ら宿命を果たすだろう。』
おそらくロイにしか聞こえていないデオンの声は、どこか笑いが含まれていた。
デオンは話したい者とは直接、頭に話しかける。
同じ部屋にいたとしてもデオンの意志で他の者には聞かせることなく話すことができるのだ。
(うるさい。)
『何を怖がる?これは決められた事。お前がシュラを愛すことも。』
(俺は・・・・。)
シュラから目が離せない。
こんなつもりではなかったのに・・・・。
利用できると思ったから、側においただけなのに。
『運命は変えられぬ。』
ほら、みろと・・・そう言われている気がする。
『現にお前はすでに・・・・・』
(惹かれている・・・・。)
『これが運命・・・。』
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