月と妃と人質と。15






カリカリ・・・

カリカリカリカリ・・・

「?」
扉の方から音がする。
シュラは手にしていた本を机に置き、猫足の豪華なソファから立ち上がった。
「ベル?」
この部屋には限られた人間しかやってこない。
シュラを正妃に、という話題がでてから一層、警備は厳しくなったからだ。
この話は決定事項であり、すでに城内にも広まっている。民やアルファンにいるロナルドの耳に届くのも近いだろう。男である自分が性別を偽って男に嫁ぐなど情けなくて仕方がない。この世界で同性婚は珍しくはないが、日本ですごした15年間築き上げた常識はシュラの中に根強く残っているのだ。

「うわ・・・ちょっ・・・。」
「こら、ダメですよ!」
扉の向こうから声が聞こえる。
それと同時にカリカリと何かを削る音もますます大きくなる。
不思議に思ったシュラはそっと扉を開けた。

「何かあったのですか?」

シュラの私室の前には顔なじみの警備兵が二人。

そして、その下には・・・・。



白い塊。


「虎・・・虎のこども?え・・・猫ではないですよね?」
くりくりとした黒い瞳でシュラを見つめる。
白いふわふわとした白い毛がなんとも気持ち良さそうな猫よりは一回り大きな身体で、その塊はお世辞にも可愛いとは言えない鳴き声を披露してくれている。

「虎というか・・・いや、見た目は虎なんですが・・。」
困ったように頭を掻きながら、警備兵はう〜んと唸る。
「・・・ルーベンスの守り神なんですよ。本当の姿は虎ではないと思うのですが、どれが本当なのかも分らなくて・・・。」
「お名前も守り神様が陛下しか呼ぶことは許されていないようでして・・・。陛下にしか懐いていないというか、いや懐くっていうのもおかしいのですが・・・。」
どうやら彼らもよく分っていないらしい。
「というか、このお姿は初めてです。いつもは大きな、まさに虎!というお姿なのですが・・・なんというか可愛らし・・・ひ!」
そこでガル!と吠えられ、警備兵は小さな悲鳴をあげた。
「ルーベンスの守り神ですから、私たち程度の者がどうこうできる相手ではいのです。」



「あっ!」
その間に子虎はシュラの足の間から部屋に入ってしまう。

「あわわ!どうしましょう!」
「陛下にも守り神様の好きなようにさせよ、と言われているし!しかしっ!」
正妃に決定している伝説の紫の瞳をもつアルファン王族の部屋に守り神とはいえ、虎が入ってしまったのだ。警備兵の二人は顔を青くして慌てている。


「大丈夫ですよ、虎とはいえ、まだ子ども。陛下が好きにさせよ、と仰っている以上、ここでも好きにしてもらいましょう。大丈夫、何かあれば呼びますから。」

先ほどまでシュラが腰を下していたまさにその場所に、残った温もりを確かめるように頬ずりしながら寛ぐ子虎の姿を見ながらシュラは言った。
なんとも可愛らしいその姿につい絆されてしまったといってもいい。

警備兵を説き伏せて、部屋の中に入るとソファの上でお腹をみせて子虎が頭を布地に押しつけていた。
そっと近くによると大きな瞳でシュラを見た。
ぐるる・・と甘えるように喉を鳴らしたのを見て、シュラはそっと頭を撫でてやった。
子虎の横に腰を下ろすと、待っていました!とばかりに膝にのぼってくる。

「名前はあるのかな?」
あまりの可愛らしさに知らずに満開の笑顔が零れおちる。
シュラの言葉に反応したのか、こちらをじっと見上げてくる。
「お前・・・どこかで会った?」
その利発そうな黒い瞳にどこか見覚えがあった。
「どこで・・・?」


しかし、それきり何の反応も見せなくなった子虎にシュラは諦めて背中をゆっくりと撫でてやる。膝の上で丸くなり、気持ち良さそうに目を閉じる姿に力がぬける。





こんな風にのんびりと過ごすのは久しぶりな気がする。
いつも必死に本を読み漁っていた。
戦争に備えて剣や弓の練習をし、美しい所作を身に付けるために前だけを向いて生きてきた。
そうだ、手探りで必死に生きてきた。
それなのに、自分はまだ道を開けない。
いつも振り回されている。
父に・・・ロイに・・・・この世界に。
「なんのためにこの世界にきたのか・・・。」
好きなように生きていくことが出来ないのなら、必要とされていないのなら、何のためにこの世界で人生をやり直しているのだろうか。





『運命だからだ。』

頭の中で声が響いた。
勢いよく顔をあげるが、周囲に人はいない。
ここには自分と子虎だけ。
いるのは子虎・・・・守り神だけ。

「お前・・・。」
利発そうな瞳に吸い込まれそうだ。
『何億年前に決まっていたことだ、それが宿命。そう・・・ロイも。』
子虎が扉の方に顔を向けた。


つられて、シュラが扉の方に目を向けると

「わざわざ、その姿にしたのか?デオン。」





悠然と微笑む美しすぎる男がそこにいた。
「俺の前では、厳つい姿のくせに。」
悪趣味だな、と吐き捨ててロイはシュラを見た。
絡み合った視線に、シュラは胸がざわめくのを感じた。













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