月と妃と人質と。13







「私を正妃に?」
シュラは美しい眉を歪めた。


(1ヶ月ぶりに訪ねてきて何を言い出すかと思えば……。)

先ほどまでの浮かれた気分を返してほしいぐらいだ。

「そうだ。」
向かい合わせに置かれたいかにも高級そうなソファーにゆったりと座るロイが頷いた。
「私は男ですが?」
「知っている。」
「子供は産めませんよ?」
「当たり前だ。」

何を今更…馬鹿馬鹿しい、といわんばかりの呆れた顔で返されシュラは何年かぶりに苛立った。

(こんなにイライラしたのは、あの数式が解けなかった以来だ!)
しかし、そこは貴族の息子。顔にはださぬまま、目だけで先を促した。

要するに『説明しろ』と……。


「俺ももう30だ。周りも煩い……。そこにお前がやってきた訳だ。紫の瞳とその美しい顔とアルファンという国を背負ってな。」
確かに身分だけみれば、こんなにも条件の良い人物はいないだろう。
アルファン王家であり、この色の瞳というだけで価値のある自分はさぞやいい結婚相手だろう。




男でなければ。



「馬鹿らしい。いつからこの世界は王家の同性婚が認められるようになったのですか?」

思わず吐いてしまった毒にロイは面白そうに笑う。
「誰もお前に男として嫁いでこいとは言っていない。」
「ま……さか!」

まさか!
まさかまさか!


「お前はその瞳のせいで随分と閉鎖的な生活をしていたようだし?ロナルドはお前と何度か面識があった相手にもお前の情報を与えることはなかった。もちろん性別もな。」


楽しくて仕方がない!といった様子で意地悪く笑う目の前の男が憎らしい。

「何を馬鹿なことを…。こちらの国でも私の性別を知っている者はおいででしょう?私の侍女をはじめね。」
「グレンとレンぐらいしかおらん。確かにお前がここに来た時、出迎えた者たちはいるがお前の姿しか見ていない。お前の美しさを見たら、男だと言われた方が驚くだろう。」
「ですが!」
「お前の侍女にいたっては、忠誠心の強い娘のようだから嬉々としてお前の秘密を守ってくれるだろうし。」

こんな話は予想外だ。
1ヶ月たって、こちらにも慣れてきたのだしそろそろ外出許可でもおりるのでは?と期待していたのだ。
それなのに!

シュラはこの男に踊らされている事実に歯がゆさを覚えた。

「子を成せない妃に意味があるとは思いません。」
跡継ぎをうめないで何が妃だ。
同性婚が王族に認められていないのは確実に子孫を残さねばならないからだ。
「そんなものはどうにでもなる。側室にでも生まさせるさ。」
しかしっ!と言いかけた口をロイの大きな掌で覆われる。
ぐっと身体を前にだしたロイは姿勢よく座っていたシュラの顔に自分の顔を近付けた。

「国民はな、お前のその瞳を欲するのだ。アルファンの反撃を恐れる今、アルファン王家の宝石を迎えるという事は我が愛する国民たちがどれほど喜ぶと思う?」
それに……とロイは再び口を開ける。
「お前にとっても悪い話ではないと思うが?アルファンの民をルーベンスから守ることはおろか、正妃になれば姿隠すことなく外出できる。お前は他国からも王座を狙う輩からも狙われる立場。お前を守ることが出来るのは俺しかいない。」

ルーベンスの国民たちが崇拝し、他国からも跪かれる存在。

それがロイだ。
この世界で彼は圧倒的な存在だ。

(何が真の王者だ…
彼は自力でこの地位にいる!
あんな伝説など必要ない……。)

つまり、私は必要ない。

その事実に気付き、胸の奥が少しだけ痛んだ。
その理解不能な痛みが、またシュラを苦しめる。なぜか、それに苛ついてシュラは目の前の男を睨みつけた。


しかし、ニヤリと笑った男はギシっと音をたて片足を机にのせ、ますます顔を近づけてくる。

「お前は俺に守られていればいい。」
口から外されたロイの手がシュラの頬を撫でる。


「貴方はそれでいいんですか?」
「王族にとって政略結婚は当たり前だ。弁えた行動ができる者なら文句はないさ。」そう言って唇を撫でられた。

「条件があります。」
ん?と優しい声で促さられる。

「私が存在理由を見つけて貴方のもとにいる必要はない、と判断した時は………






私を自由にしてください。」



それまでは貴方に従いましょう、我が国のために。

きっと、ロイには自分は必要ない。
既に自分の力でたくさんのものを手にいれているのだから…。
彼には、伝説や迷信など関係ないだろう。
いつかは、この男はその事に気付くに違いない。
頭の良い男だから…。



(なぜ、この世界にきたのか…。)

不安になる。
生まれ育った地から離され、
愛する人達とは会うことができない。
たった一人の家族はシュラの手を離し、
この地では必要のない存在だ。
なんの力もない自分が必要とされる訳がない。

ならば、この地の人々が自分の存在がただの飾りと気付く前にここを出ていきたい。
父のように…
あの時のように…

(捨てられたくはない。)
父が自分の幸せを願って、送り出してくれた事は頭では理解している。
だが、感情が…シュラの中に眠る何かが悲鳴をあげつづけている。







唇を撫でていたロイの手をペシリと払いのけ、シュラは優雅に立ち上がった。


「アルファンは伯父と父に任せて下さいますか?」


「あぁ。始めからそのつもりだ。」





王族としての決意を見せられ、政略結婚如きでゴチャゴチャ言うのが馬鹿らしくなる。


それに少しでも、父の力になりたい。
この男の力を借りればそれも容易いだろう。



そして……



「折角ですから、利用させていただきます。」
「出来るものなら。」




こんな遣り取りも悪くないと思うぐらいには、この男が好きなのだから。











あとがき。
2013.6.28 一部修正



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