月と妃と人質と。12







「シュラリーズ様。」
グレンに手を差し伸べられる。
いくら貴族だからといって、男の自分が女性扱いのように丁重に接されることにシュラはいまだ慣れない。
このような時、父だったら完璧なまでに美しい所作で極上の笑顔をむけるだろう。
いつもそんな事を考えながら父を見習い、貴族の子息を演じてみせるのだが。

シュラはアルファン人特有の白い手をゆっくりとグレンの上においた。
馬車の階段を優雅な足取りでおり、俯いていた顔をあげた。

その瞬間、どよめきと感嘆の声が聞こえた。
(紫の瞳ね・・・・。)

「ありがとう。」
手を離す前にそれはもう誰もが見惚れてしまうような美しい笑顔をグレンに向けた。
そして正面にたつ、ロイを見つめる。

「よく来てくれた。」
「シュラリーズ・ルヴレイと申します。先ほどぶりですね、陛下。」
「・・・・そなたが心配でな。」
「お気遣いありがとうございます。こんな人質の私まで、気遣ってくださるとはずいぶんとお優しいのですね。」
人質という部分を強調して言う。
その言葉に周囲の人間がざわついた。
紫の瞳に大きな価値があるのであれば、人質という身分は相応しくないだろう。
つまりそれは知らないとはいえ、紫の瞳を人質として迎えてしまった国王への嫌味。

青筋をたてたロイが手を差し出した。
その手にシュラは手を添えて、二人でゆっくりと城へ向かって歩き出した。

シュラの耳元でロイが囁く。
「そうくるか・・・。」
「私はロナルド・ルヴレイの息子ですから。」

利用されるだけの存在になるつもりはない。






案内されたのは天窓のある部屋だった。
眩しいほどの光が降り注ぎ、まるでシュラを歓迎しているようだ。
「ここがシュラリーズ様のお部屋になります。あちらの部屋は寝室になっておりまして、その奥には浴室がございます。」
先ほど、自己紹介してくれたレンが丁寧に教えてくれる。
その説明を聞きながら、シュラはバルコニーに出るために大きな窓を開けた。「おい!・・・・・・っ!」
ロイが慌てて手をのばした。
何をするのかと思わず、腕をとり引き寄せようとしたのだ。

だが、その瞬間、風が吹いた。

シュラが紙を束ねていた黒のリボンを外す。
すると美しいプラチナブロンドの髪が風によって踊った。
太陽の光が反射してキラキラとシュラの周りを光が舞う。
手を伸ばして空を見上げるシュラの紫の瞳がより一層輝いた。

「恐ろしいほどに美しいな。」

グレンの言葉に手をのばしたまま固まっていたロイは我にかえった。
「……あぁ…。」



(青い空、眩しいほどの太陽、美しい緑!)
アルファンでは感じられなかった自然。

懐かしい…!
生き生きとした自然のなんと美しいことかっ!
シュラは胸がいっぱいになった。
昔は、この太陽のもとで走りまわりその光を全身に受けていた。
夏には青い空を見上げながらアイスを食べ、海からくる風を感じていたのに・・・。
別にあの体にあの土地に今更未練なんてものはないが、それでも少しでも生まれ育った環境は懐かしく大切な思い出だ。
そして、この国は自然に溢れている。
別の体で生きていたあの頃に感じていた自然がここにあった。



この世界には、国ごとに特徴がある。
曇り空と雨の多いアルファン。それゆえに軍事や研究といった分野で活躍する国。しかし、ルーベンスとの戦争に負け、今は国ではあるがルーベンスの領地としてルーベンスの支配下にある。
海に面しているサルジナ国は、太陽が異常なまでに輝く暑い国だ。物流といえばこの国だ。
サルジナ国の横に位置するルーナ国は、砂漠の国。多くの資源を必要とするために他国との交流が盛んだ。
リークは水の国。国中のいたるところから質の高い湧水がわく。自然との共存を選んだためか、経済レベルはとても低い。

そして大陸きっての大国、ルーベンス。伝統を重んじる自然に愛された国。
この世界に住む誰もが口をそろえていう。

『ルーベンスは特別な国。』と・・・・。

ルーベンスの前王の時代はこれほどまででもなかったらしいが、ロイが王位をついでからは自然に愛されているとしか思えないほどの豊かさらしい。


「一つだけお願いがあるのです。」
振り返ったシュラにレンとグレンがあまりの美しさに息をのむ。
「…なんだ?」
ロイだけが腕をくんでシュラと対峙する。
グレンとレンは、未だシュラの美貌に囚われたままだ。

「侍女は一人だけ。素直で良い子を一人だけお願いします。」
あとは何もいりません。シュラはそう言った。






「は・・・はははじめまして!シュラリーズ様!ベルと申します!」
赤毛の少女がかくかくとお辞儀をした。
随分と間抜けなお辞儀ではあったが、本当に深くお辞儀する姿は一生懸命で好感がもてた。
「はじめまして、ベル。私のことはシュラと呼んでくれ。」
愛称を呼ぶのを許すのは特別だ。
「私のようなものが!そんな恐れ多い!!!」
「ベル。」
勢いよくあげられた真っ赤な顔にシュラは慈愛のこもった、ロイやグレンに向けていた笑顔とは違う優しい笑顔を向けた。
「・・・シュラ様と呼ばせていただきます。」
ベルの答えにシュラはにこりっと笑い、頷いた。


シュラにお茶をいれるため、早速仕事に取り掛かろうとしたベルはバルコニーの前に椅子を置いた。
先ほどから窓のそばに立ち、ルーベンスの城下町を見ているシュラのためにだろう。
有り難く、その椅子に腰を下ろす。
ほどなくして素晴らしく良い香りを漂わせながら紅茶が運ばれてきた。
ベルはシュラの膝に膝かけをかけると、温かい紅茶を手渡した。
それは熱くはないが、風にあたっていたシュラの身体の芯からあたためる絶妙な温度だった。
「ありがとう、ベル。君は素晴らしいね。」
シュラの賛辞にベルは顔を真っ赤にし、俯いた。
いままで、このような事で褒められたことがなくどういう反応を返せばいいのか分からなかった。
そんなベルにシュラは、隣りの椅子に座るよう促した。
「一緒にお茶を飲んでくれないか?一人は寂しくて…。」
「え…?」
「駄目かな?」

悲しそうな顔で絶世の麗人に顔をのぞきこまれ、ベルは小さな悲鳴をあげた。
(こんな方、はじめて!!!)

ベルは、こんな素敵な主人を仕えることができた幸運に胸が熱くなるのを感じた。

紫の瞳をもつ特別な方。
生まれも育ちも高貴な方。

「…っ喜んで!!」


ベルのその言葉にシュラは、ますます笑みを深くした。



あとがき。
2013.06.05 一部修正





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