月と妃と人質と。10







馬車にのってから何時間たったのだろうか。
シュラは初めてみる風景に寂しさと少しばかりの楽しさを抱きながらも必死に平静を装っていた。

こちらの世界へきて15年。
毎日ぴんっと背筋を伸ばし、走り方すら美しさを保つように訓練されてきたおかげか同じ体勢で座り続けていてもいまだ疲れていない。
馬車の中は豪華ながらも上品な内装でとても落ち着くし、何より柔らかなクッションが敷きつめられているので不安定な馬車の揺れにお尻も腰も痛くならない。
おかげでたいした疲れもなく、むしろ快適すぎて窓から見える風景が気になって仕方がないくらいだ。

とうに国境を越えたことは分かっている。アルファンとは違うのどかな風景が平和ボケしていた日本人であった自分に懐かしさを与える。

柔らかい太陽の光のもと、鮮やかな緑が揺れる様はまるでヨーロッパの田舎のようで心が躍る。

「アルファンとは違う……。」

アルファンは太陽はでているものの、どこか薄暗く、満足に日の光を浴びていないせいか国民のほとんどが真っ白な肌を持っていた。人々も憂鬱そうであり、小麦色の肌を輝かせて田を耕すなど見られなかった光景だ。

「だからこそ、アルファンはほとんどの食材を輸入に頼るしかないのだけれど。何十年か後を目標に自給率をあげなければ…。」

ルーベンスからは学ぶべき事が山ほどあるだろう。父や生まれ育ったあの屋敷から離れて暮らすのは、寂しいがルーベンスへ行くことはシュラにとっても良い事かもしれない。
こちらでしか得ることのできない知識をつけてアルファンの復興と改革に奔走する父に助言することもできるかもしれない…。




(そんなことより…)
隣を走る馬に目を向けたシュラは嬉しそうに微笑んだ。


(なんて綺麗なんだろう……。)


シュラは馬車の横を走る毛並みの美しい白馬に釘付けになった。。
艶やかな毛は真っ白でまるで雪のように美しく神秘的だ。そして、何より意志の強そうな目は黒曜石のように輝いていた。惹きこまれてしまいそうなほど、深い輝きだ。
その輝きを近くで見ようと思わず窓から控えめに頭をだしてしまった。



「気になるか?」

(う…馬がしゃべった?!)
くりくりと紫の瞳を驚いたように輝かせたシュラは頭上から聞こえる笑い声にまたまた驚いた。
「こっちだ。」
声に導かれて顔をあげると太陽を背にした男が美しい白馬に跨り、悠然と微笑んでいた。


(眩しい…)


男の背の向こうにある太陽が一層、強く光る。すると、男の鮮やかな金の髪が風に踊ってキラキラと光を反射した。光が踊っているのではないかというほど、あちこちで光が反射する。まるで太陽の光をまとっているのではないかと勘違いしてしまいそうなぐらい男は光輝いていた。
なるほど、白馬に相応しい美麗な男だ。

「……この子があまりにも綺麗だから、ついつい見とれてしまいました。」
貴族の子息として相応しくない子どもっぽい行動にシュラは恥ずかしくなった。
「こいつが綺麗?」
「はい、とても綺麗です。貴方はこの馬に相応しい。」

すると白馬は機嫌良さそうに控えめではあるが確かに鳴いた。
「馬に相応しいか。」
貴方に相応しいではなく、馬に相応しいと言ったシュラを男は値踏みするように見た。
「貴方もそう思っているんでしょう?」
男は白馬にのってはいるものの手綱を持っているだけである。曲がり角やちょっとした段差も手綱をとることはおろか足すらも動かさない。白馬の好きなようにさせているのだ。

それに先ほどから、白馬に尊敬と感謝の意をこめ白馬を撫でる男の手。
優しいその手が何もかも物語っているとシュラは思った。
だから少しだけカマをかけてみたのだ。
案の定、シュラの発言に満更でもない顔をする男にやはりそうなのだなと理解した。



「…まぁな…、コイツは特別なんだ。」
ヒンっと鳴いてシュラを見つめてくる白馬にまるで返事をするように男は軽く頷く。
「コイツの名前はデオンだ。呼んでやってくれ。」
「デオン…。」
シュラが呼ぶとデオンは嬉しそうに目を細めた。










→top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -