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※現代
※鉢(→←雷→)くく
※黒雷蔵?










「吃驚したよ。弟がいるとか双子とか、一言も聞いたことなかった」

「一年近く同じ部屋で暮らしてるのに?」


彼は苦笑い。
僕はマグカップを軽く揺する。
会話が持たない。
原因は彼の人見知りと、僕の複雑なこの心か。


いわゆる長期休暇だった。
久方ぶりに姿を見た双子の兄は、所在なさげに立つ少年を「寮のルームメイト」と端的に紹介した。実家が遠い彼をうちに誘ったという話は帰省の知らせと共に既に聞いていたから「ああ」と頷いただけの僕に、けれど彼は仰天した様子だった。

そりゃそうだ。
似過ぎた双子なんて、知らなければ傍目にはドッペルゲンガーだろう。


改めて名乗り合った僕らに、自分よりも成績優秀な奴がいたのに驚いた、と三郎はおどけて。成績は良くとも一般常識に欠けているとは、その後付け足すように。生活能力の皆無っぷりを学期中にいやという程思い知らされたという愚痴めいた惚気は、夕食の席で。

恋人とは、まだ聞かされていない。けど確かだと思う。
三郎が生半可な仲の友人なんて連れて来る筈がない。



「うん、無表情だったら、分からないかも」

「そう?」

「いいな、俺一人っ子なんだ」

「そうなんだ」

昔から、その時持っている世界だけで満足しようとする僕を、懸命に外へ引きずり出してくれるのが三郎だった。自分の見聞きしたもの探してきたものを一つ一つ僕に吹き込んで飲み込ませ、そうして漸く、淀んだ淵のような僕の中に水が流れていたのだ。
僕は三郎に与えられることが当たり前になっていて。
だから今年の春彼が家を出て行って(つまりは僕をひとりぼっちにするという無体な仕打ち!)以来、僕の世界は1ミリたりとも広がっていない。



「雷蔵のコーヒー、三郎のとおんなじ味だ」

「うん、三郎に教わったからね。……紅茶は好き?」

「あんまり飲まないな。ポットとか持ってないんだ。葉っぱも、凄いだろ、店先で圧倒されて近寄れない」

「豆だって凄いじゃない。ティーバッグでも美味しい淹れ方あるよ」

覚えて帰るといいよと微笑めば、彼は日向の猫みたいに目を細めて笑った。
コーヒーも紅茶も、遣り方は全部三郎仕込みだ。その三郎が紅茶に詳しくなったのは、僕がそれを好いたから。彼はとても器用な男で、例え自分の趣味でなくとも物事をいとも容易く習得する。ささやかな劣等感をつつかれもするけど、恩恵に預かっていた身としては純粋に有り難い。



「雷蔵、は、紅茶の方が好きなのか」

「両方好きだよ」

僕は元から多弁じゃない。今は底に蟠る劣情を覆うのにも忙しい。
途切れがちな会話に気を悪くしているとでも思ったのか、そろそろと距離を詰めるように言葉を繋ぐ少年は酷く好ましかった。
三郎はとても長い間僕を暗い淵に置き去りにしたけれど、そうして久しぶりに彼が運んできた世界はとても魅力的で、だから僕はこれまでの無体を許してもいいと思っている。


ガラステーブルにカップを置くと思いのほか硬質な音が部屋に響き、伏せられていた黒い瞳が向けられる。
何かを察知したようなその仕草に、やっぱり猫を連想した。似てる。いつでも走り出せるように曲げた前足を構えた時の、警戒心の透けて見える大きな瞳。
ソファーに腰掛ける隣の体にぐっと身を寄せれば、黒々とした睫毛が戸惑ったように揺れた。

「ねえ」

息のかかる距離まで近く、囁く言葉に彼の優秀な頭脳はどんな判断を下すだろう。

「僕が本当はどっちだか、分かる?」

応えを待たずに唇を塞いでしまったけれど、それでも彼は迷うだろう。
僕が三郎から習ったものは、お茶の淹れ方だけじゃない。










表裏体のふたつまゆ











091027

鉢雷で鉢くくが成り立つ方程式を探求した結果のレポート……未知数です。
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