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※現代で同棲中
※高校教師久々知とリーマン竹谷










目覚めたら部屋は真っ暗だった。どれだけ深い場所に沈んでいたのか。今がいつだか分からずに、少し混乱する。
闇が深くて静かだった。

そのまま覚醒と眠りの狭間でぼんやりたゆたっていると、耳は次第に、空洞を包む硬いものが無数の水を弾く音を捕まえた。

ああ、雨か。
雨なら、朝でも暗いよなあ。


そこまで考えて、ぐうっと血圧が上昇するのを感じる。


昨夜持ち帰った残業に、全く手をつけてない。


今日までに期末考査の試験問題を、作っておかないとまずいのに。おまけに進路調査票の入力も済んでない。来年文系理系に分かれる現二年生の、各クラスの配分を調べるためだった。

「やっば!」

一気にブランケットを捲って起き上がる。
と、居室とを仕切る襖越しに声が近付いてきた。

「……どした? 寝ぼけた?」

パチンと蛍光灯が点けられて、網膜を刺す鋭い刺激に目を眇めた。スウェット姿の青年が入り口に立っている。
竹谷が部屋着でいるなら、

「……、いま、夜?」

「はは、やっぱ寝ぼけたな。今は、8時前」

夜のね、と付け足して夜に似合わず快活に笑った男がベッドの端に腰掛けて覗き込んでくる。
安堵したのと恥ずかしいのとが混ざり合う。色々を吐き出すように大きく息をついて再度勢いよく寝転んだ。自分はシャツのまま。
そういえば、帰ってきてすぐに仮眠をとるつもりでベッドに入ったんだった。


「お前コタツで寝てたよ」

「……マジで」

「運んでやったし、ベッド冷たかったからあったまるまで一緒に寝たんだけど、全然起きなかったなあ」

「……」


ありがとうと言えばいいのかごめんと言えばいいのか分からないまま、瞬きを繰り返す。
「疲れてんだなあ」って、労るような柔らかい声音が起き抜けの土に埋もれたような脳髄を少しずつ揺すり、引っ張り上げてくれる。


「季節の変わり目って、いつもより体力使うのかも」

「ん。かもな」


覆い被さるように竹谷の体が近付いて、ベッドが軋む。てんでバラバラに跳ねてるだろう髪を掻き上げられてわしゃわしゃっと撫でられた。
こいつは時々、犬の腹を撫でるみたいに俺に触れる。
溢れる情愛をどうしたらいいか分からないって言うような、少し乱暴な触り方。

黙っているのが恥ずかしくなって「おかえり」と言ってみたら「遅えよ」と苦笑して、でも「ただいま」と返してくれた。



一気に収縮したかと思えば弛緩した、急激な変化に血管はどくどくと心音のリズムをこめかみに響かせる。
空回ってたエンジンがあったまって正常に動き始める。


開けたままの引き戸、その向こう側からするする部屋に流れ込んでくる味噌のいい匂い。ふうわりとそこに混じる煮込み料理の甘い香り。頭から離れた手の、指の間には見慣れた赤色が付いている。竹谷は問題があれば外も回るらしいけど、今日は書類と闘ってたのか。染みついた朱肉の染料は取れにくい。

疲れて帰って来てみればコタツで潰れる同居人。搬送して保温して、ご飯も供給してあげる。寝ぼけ顔に心配もしなきゃならない。



「? 兵助、顔赤い」

「うん。恥ずかしいなと思って」

「はア?」

「……こっちの話」


起き上がってゆっくりと伸びをする。
反らした背骨に押し出されるように欠伸が出た。きょとんとしていた竹谷がつられて小さく欠伸を零す。ガタイのいい彼が背を丸めて反射をやり過ごす様が何だか可笑しくて、ほぐれるように謝罪が出た。


「悪い。最近ずっと竹谷が飯作ってる」

「いいよ。好きだし」


学生時代彼はずっと定食屋でバイトしていた。腕も確かだし実際とても楽しそうに調理する。本気で言ってくれてるんだろうけど、いくら好きでも仕事帰りには結構しんどい作業だ。これからの季節は水も冷たい。

何にせよ申し訳ないと感じたから「ごめんな」と返したら、驚いたような顔で振り返った竹谷がちょっと間を置いて破顔する。

ああ、俺はその顔が大好きだ。

「兵助のことだよ」





一言だけ添えられたその意味を漸く理解した時には竹谷はもうキッチンに戻ろうと敷居を跨いでいて、でも後ろ向きにもよく見えた耳の付け根を染める色はバッチリ自分にも伝染してるんだろうと分かったから。
俺はもう一回布団に埋まって何かをやり過ごさなければならなかった。

明日は買い物して帰って来よう。
自分だって思いの丈じゃ負けてないところを見せたい。





竹谷の作った豆腐と油揚げの味噌汁は薄味だけど出汁がいっぱい効いてて、あったかくて、美味しかった。










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091123

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