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※現代で高校生










「ああああ!」

「わ! ……はち?」


真後ろで発された大音声に吃驚する。
選択授業の美術は1組2組合同だ。何となく兵助は書道を、三郎は音楽を取りそうだったから、四人が美術教室に揃った時はちょっと驚いた。嬉しかったけど。

金曜の五限という喜ばしくも気怠い時間、作業が進んでいる限り多少のお喋りは見逃してもらえるが。今のは、ちょっと。
振り返れば、八左ヱ門がその隣の兵助を引っ張って立たせている所だった。

「悪ぃ! 兵助! こっち!」

「あ? あぁ……」

ぐいぐいと兵助の腕を引いて水道場を目指す八左ヱ門。
机にガンガンぶつかってるよ、はち……痛くないのかな。

呆然と事の行方を見つめていると「こう! 屈んどいて」と兵助を流しに突っ込んだ八左ヱ門が水音を響かせながら腕ごと兵助の制服の袖を洗い始めた。



ああ、成る程。漸く合点のいった僕は、同じく成り行きを見守っていたらしい三郎と目を合わせる。

「いつかやると思ってたんだよなあ」

あいつ豪快だから。首を振り振り、三郎がオーバーに嘆いてみせる。八左ヱ門の机に目を遣れば、床にまで垂れたアクリル絵具。勢い余って隣の兵助の腕にも飛ばしてしまったらしい。机の上ならともかく、何でそこまで飛び散るの。そもそもの的はスケッチブックでしょ?


「竹谷っ冷たい! 冷たいって!」

「ごめんごめん、もうちょいガマンな」

流水でざばざば洗われて兵助は悲鳴を上げてる。なかなか見られない光景だ。
悪気はないと言っても兵助を巻き込んだのは八左ヱ門の配慮の無さなので、洗濯に真剣な彼の課題にコッソリ三郎が悪戯描きするのを僕は口じゃ諌めつつも止めなかった。



「ちょっと残ってっけど……」

「いいって。後は洗濯するから」

「漂白剤かけてもらえよ」

「……」

「あ! もうちょい絞るから待てって!」

「……」

「そこの二人! 授業終わるぞ! 席に戻らんかぁ!」

結局二人は先生に怒鳴られるまで水道場でうごうごしてた。



「何で脱いで洗わなかったんだ? 兵助下にTシャツ着てんじゃん」

三郎が号令をかけて、授業はおしまい。喧騒の中、僕と三郎は流れに逆らって入り口とは逆の水道場に寄って行った。

「あ……」

「竹谷のばかざえもん」

バツが悪そうに、そこまで気が回らなかったと言う八左ヱ門を、火傷じゃないんだからと兵助が軽く睨む。
水は生地を伝ったらしく、彼は肩口だけじゃなく腹の部位まで濡れていた。下のTシャツも道連れだろう。気持ち悪そうに皺だらけのシャツを摘んで引っ張っている。


「あ! 兵助、俺の制服と交換しよう」

「いや、いい。汗臭そうだし」

「だって教室クーラー入ってる、風邪ひくって」

「お前がひくだろ」

「俺は部活のジャージ着るから」

「寧ろそっちを貸せよ!」

「あ! そっか」

さらりと辛辣なことも言ってる兵助と、一生懸命な八左ヱ門。三郎が愉快そうに俄漫才を眺めてニヤニヤしている。僕は苦笑した。

「おい、早く行かないと着替える時間もなくなるぞ」

「そだな、早く2組行くぞ」

「引っ張るなって!」

「あ、片付けとくよ。早く行きなよ」

「悪ぃ雷蔵! よろしくなー!」

兵助をひっ掴んだ八左ヱ門は僕らを通り過ぎ、ドップラー効果を残して遠ざかる。二人分の水入れとパレットを流しにぶち込んで洗うと、三郎が半分引き受けてくれた。有難うと声を掛ければ、機嫌の好い猫みたいに細めた目が返される。口がひくひくして、可笑しくて堪らないって顔。

「雷蔵、はちの制服見たか?」

「うん、見たよ」

くく、と忍び笑いを漏らすと、三郎は遂にぶはっと吹き出した。


だって、八左ヱ門の制服には矢鱈カラフルな飛沫があちこち付いていたのだ。
自分には無頓着な癖に、兵助の事となると別人みたく神経質とは。何だか可愛いじゃないか。
僕らは二人、何だか微笑ましい気持ちになって笑い合ったのだった。







































「三郎! お前だろ! 俺のスケッチブックにニャロメ描いたの!」

「傷付くなぁ。真っ先を俺を疑うのか……おや、可愛いな。いいんじゃないか、そのまま出しても」

「できるか! ふざけてるって思われるだろ!」

「へえ、上手いな」

「そうだろうそうだろう」

「兵助、あんまり褒めると調子に乗るから……」

「やっぱお前じゃねぇか! ったく……ぅあっ! 何だこの匂い……え? コレ…え、絵具袋が……黴び、てる」

「うわ……」

「うわ……」

「あ〜……ごめん、はち。僕かも。洗ってすぐ入れちゃったからかなぁ」

「あぁ、いや、うん。そっか……」

「兵助、お前のは俺が洗ってやったんだ。感謝しろよ」

「サンキュ、三郎」

「………………お前ら」


うーん。うっかりミスの報いにしてはちょっと可哀想だ。おまけに「また飛ばされちゃ敵わない」とか言う兵助にガタガタと机を離されている。うーん、ちょっと酷だ。うーん……まぁまぁはち、その内良いことあるって。


「俺は保健委員会に入るべきなのか……?」










090809

これはほのぼのいい話です。
いい話です。
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