気が付くと黒を掴んでいる手を脇から軽く叩いて、一瞬だけ気まずげな顔をした癖にすぐに憮然とした表情を作る兵助をやんわりと睨む。ぶすくれてはいるものの(所詮ポーズだ)、無抵抗に直立不動な兵助の肩にシャツを当てて自分の見立てを確認する。無意識に目を細めていた。
それを大人しく受け止めながらくすぐったそうに目線をさまよわせる兵助は、最初の頃はそれはもう手のかかる子だったのだ。その分、こうして彼自身の感覚より俺の選択を(渋々ながらも)優先するようになった姿勢に、感慨も一入というもの。こういう嬉しい報告を雷蔵に果たし、幸せを分け合う時間は俺の至福の一時である。
「最初は店を飛び出したんだっけ」
「そうそう。俺を罵ってな」
店内に一人残された俺。腕には服を抱えたままで、振られ男みたいに捨て台詞を投げつけられて立ち尽くしたあの気まずさと遣る瀬なさはちょっと忘れ難い。
「でも兵助には本当黒が似合うと思うよ。シックで、何か色気もある」
「似合うさ。似合わないなんて言ってない」
「じゃあ、しゃにむに黒以外を押し付けなくたっていいんじゃない」
やり過ぎかもよと言っているんだろう。
クローゼットは黒一色という兵助を嘆き、色みを帯びた世界へ彼を連れ出す事が至上の使命とばかり有彩色を押し付けているのは確かに自分だ。でも似合わないからなんて真っ当な理由じゃ全然ない。もっと深い。
「惚れた奴には自分色に染まって欲しいのよ」
俺はよっぽど厭らしい笑い方でもしたんだろう。雷蔵はちょっと引いた顔をして、でもその後はいつもと同じ、全部を受容するみたいにゆったり笑った。
今日のお召し物は
100411