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 それなりにカフェイン中毒だと思う。コーラは大好きだし、しょっちゅうエナドリの世話になってるし、コーヒーだって切らさない。どうにも集中できない夜とか、もう一踏ん張りの駄目押しとか、とりあえず熱い飲み物が欲しい時とか、湯を注ぐだけで手軽に味わえるインスタントコーヒーは実に有難い存在だ。コスパ事情も相まって、まだひとりでいた頃の我が家では、年間通して最多出場を誇る飲料物だった。
 でも、こだわりはなかった。俺にとっては、テキトーに瓶を叩いて目分量でカップに出して、沸き立った湯を一気に注いで作るやつ。眠気覚ましが目的の、焦げた匂いの苦い汁で、それ以上を求めちゃいない。訪問先で出されたり、打ち合わせで飲んだりする店のやつだって、インスタントとの違いなんざサッパリだ。せいぜい、濃いか薄いか程度しか分からない。分からなかった。


「……うっ」
「どうかしましたか?」

 いや、何でもないですって、思わず声を出してしまった恥ずかしさをごにょごにょ誤魔化した。自分を一本釣りでスカウトしてくれた恩義ある編集者に、プロットを見てもらっている真っ最中である。何度も見返しては脳内迷子になりながら、何とかかんとか絞り出したネタだった。眼鏡越しの瞳は深い色なのに何だか遠く、全く瞬かないように見える。この人に失礼があってはならない。背中に冷たいものを感じながら静かにカップを遠ざけて、向かいに座る、闇を煮詰めたような人物の挙動に集中した。

 打ち合わせに利用したのは全国チェーンのファミレスだ。安いのに普通に美味くて散々お世話になってるし、文句をつける気は全くない。けれど、久方ぶりに飲んだドリンクバーのそれがやけに泥臭いものに感じられたのだ。廃棄直前なのか機械の清掃が不十分だったのか、何にせよ一番最悪のタイミングにぶち当たってしまったのだろう。その時はそれで納得していた。





「お前、料理に何かしてねえか」
「は?」
「俺の舌が三つ星の調査する人みたいになるとか。そういう何か、アレだ」

 最初、何を訊かれたか分からないって顔をしたドラルクは、追加の説明を聞いて興味を持ったようだった。キッチンで何やらごりごり鳴らしていた音を止め、ダイニングテーブルまでのこのこ寄ってくる。卓上には、その間にも順調に中身を減らしていく食器類。満足そうに一頻り眺め、向かいに腰掛けたエプロン吸血鬼は「詳しく」と口の端を吊り上げた。


 思えばその兆候はかなり以前からちょこちょこと表出していた。ファミレスのコーヒー。退治依頼を引き受けたお宅で振る舞われた麦茶。行きつけだった定食屋のメシ。御用達だったスナック類。愛飲していた飲料水。
 さすがにこれはおかしいと、気付いたのはごく最近だ。

 これまでに感じたことのない違和感。口に入れたものの味が、妙に鋭敏に感じられる。こう表現するといい変化っぽいが、むしろ逆で、がっかりすることが多い。「あれ、こんな脂っこかったっけ」とか「うすっ」とか「味付けが一辺倒」とか「しょっぱ過ぎだろ」とか。まあ人体ってのはよく出来ているもので、よっぽどじゃない限り強烈に感じるのは最初の一口だけだ。食べ終わる頃には大抵適応してしまうから、残すとかクレームつけるとか、そんな真似はしちゃいない。ただ、厚意で出してもらったお茶にさえそう感じるのを止められず、俺めちゃくちゃヤな奴じゃんって落ち込むことが増えた。

 初めはたまたま、そんなタイミングに当たってしまったのだと思っていた。ただあまりに頻繁に同様の事態に直面すると、これは何かしらの力が働いているのではないかという疑念が湧いてくる。
 真っ先に疑ったのは、人ん家に転がり込んでまんまと居候を決め込みやがった、史上最弱のクソ雑魚吸血鬼だった。オンオフ関わらず無駄に周囲をウロチョロし、ムカつくイタズラをアレコレ仕掛け、砂塵となって舞い散っては、懲りもせずちょっかいを出しやがる。たまに静かになったと思ったらピコンピコン響いてくるゲームの電子音。いい加減にしろやとブチ切れたところで文句のつけようがない家事の腕前を披露され、俺は黙るしかなくなった。問答無用でパンツまで洗われてたのには、思わず拳が出たけれど。

 そんな生活を受け入れてから、既にそれなりの月日が経っている。だから今俺の身体を組み立てている細胞は、かなりの割合でこのガリヒョロ砂おじさんの手料理から成っているはずだ。何やらおかしな力が身についたとしたら、もうこれ以外考えられない。


「全部が全部ってわけじゃねえんだ。ギルドじゃ普通に美味いって思うし」
「ふむ」
「甘いもんは大体大丈夫だけど……あ、安いチョコ菓子とかはダメになっちまった。変な油の味がする」
「ほう……」

 相槌を打ちながら話を聞いていた当の吸血鬼は、しばらく考えていたかと思うと「試してみようか」と席を立つ。こいつのメシも当たり前に美味いままだ。続きを黙々と平らげていく間、がたごと何かを探す音。じき目の前に運ばれたのは、そっけない形をした小さな塊がふた欠片。

「……なに?」
「第1回! 違いの分かる男選手権〜」

 口頭でパンパンパンパンパカパーンとか、本人は楽しそうだけど音程カスのファンファーレが気分をいやでも盛り下げる。お前の芸術センス、何でそんな偏ってんの? 脇でジョンがシャララランと振るってくれたタンバリンでちょっと持ち直した。

「丁度よかった。お父様のお土産でチョコレート色々貰ってたんだよ」
「あ? チョコ?」

 言われてみれば、確かに。鼻を近付けると、ふわんと滅茶苦茶濃いココアみたいな匂いがした。勿体ぶって出してきた割に随分とぶっきらぼうな姿だなとしげしげ観察していたら、工場が業者に向けて用意する製菓用のチョコレートだと解説される。

「こっちがフランス産最高級のクーベルチュールチョコレートだ。プロのショコラティエも御用達の高級品。ハレの日用にとってある」
「はー」
「そしてこっちは、私が新横のノンキで買いました日本産の製菓用チョコレート。基準が欧州より緩めです。まあ、普段使いだな」
「ほー」
「さらにこれだ。ジュネーヴの石畳。冷凍で来たからそのまま仕舞って、忘れるとこだった」
「それ知ってる。アーミーナイフのマークじゃん」
「……スイス土産だからね」
「親父さんスイスに行ったのか」
「アルムの山だってさ。ハイジみたく藁のベッドで寝てみたいって拉致られたらしいよ」
「ちょっと楽しそうじゃねえか……」
「いやそれで済むわけないだろ。ハイハイさあさあ、こちらは本家ステットラーの生チョコだよ! 日本じゃ滅多にお目にかかれないレアな一品さ!」
「あっ、あー、へえ」
「じゃ、こちらのプロの作品に見た目を限りなく寄せつつ、2種類の製菓用チョコで私も生チョコ作りますので」

 プロのとフランス産とノンキのやつ。どれがどれだか当ててみよう。星をつけられる審査員なら一発さ。やあ楽しみだ。
 歌うように言うだけ言って、チョコを転がしていた皿を持ち、エプロンはキッチンに消えた。俺の舌がマジでそんなんなっちゃってるとしたらちょっと不便なんだけどな。そんなことを思いつつ、飯茶碗の底に集まっていた米粒をまとめて掬い取った。ものすごくワクワクしているのを自覚したのは、てっきり今から開催するものと思っていたのに「生チョコ今から解凍するから決行は明日です」と言われてがっかりしてからだった。解凍って、レンチンじゃダメなの?



 翌夕。日が暮れていく間どうにもそわそわと落ち着かず、まだ日が残ってるのに棺桶開けてうっかり無駄に殺しちゃったりなんかもしたが、何とか無事開催に至ったおチョコ祭りの真っ只中、俺はこの瞬間のために生まれてきたのかもしれないレベルの幸福に包まれている。あの無骨なただの塊が何がどうしてこんなんなんの? 魔法なの? ほろほろだよ。なのにねっとりだよ。でも溶けてくよ。あと濃い。とにかく濃い。そんで苦い。嫌な苦味じゃ全然なくて、何かパーっと胸がお花畑になる満開のコスモスみたいな苦味だ。コスモスって苦いっけ。知らんけど……

「美味っ。うっま。んま」
「よかったねえ」

 この茶色いダイヤなスイーツを、手づかみでなんてお下品ですわ。ナイフとフォークいただける?
 俺の中のお嬢様が天元突破寸前だ。意図せず目を閉じて、ひと口ごとに余韻に浸ってしまう。口の中で熱を与えれば抵抗しながらも溶けてって、舌とか口蓋とかとにかく口ん中全部に残されるヤバい食感と鼻に抜けるハイカカオの薫香。鳴き声みたいに「美味い」が漏れる。ジョンはほっぺを押さえている。押さえてないと落っこちるって。かわ。うま。これがこの世の幸せか。
 熱いコーヒーとか欲しいわって思ったら、そういうタイミングを図っていたとしか思えないジャストミートな感じで芳ばしい匂いがキッチンの奥から漂ってきて、間もなく湯気のなびくコーヒーが運ばれてきた。こいつマジで猫型ロボットだったりする? それともパズーか。お前の棺桶魔法の棺桶みたいね。何でも入ってるもの……

「君、目的忘れてない?」
「えっ」

 3種類の小皿には、今や痕跡しか残ってない。普通に欲望のまま貪ってしまった。未練がましく空き皿を見つめていたところを突っ込まれて「そういえば」と思い出す。何だっけ。何かのためにわざわざ皿分けたんだったよな。あ? 味の違いを述べよ?
 満遍なくまぶされたココアのせいで色味からは全く違いなんざ分かんなかったし、正直言って全部美味かったとしか言えねえ。香りというか風味というか、何かが違ったような気はするんだが、どれかが抜き出てどれかが劣るだなんて感覚はなかったと、その一点は断言できる。
 てなことを余韻に浸りつつふわふわと喋ったら、目前の吸血鬼は「なぁんだ。ガッカリ」って露骨に落胆した。何だってんだよ。

「……満を持して、私の能力が開花したかもって思ったんだよ」
「能力だ?」
「食事を与えることで味覚を造り替えて、私の料理なしじゃいられなくしちゃう、なんてね」

 ちょっと気は長いけど催眠の一種かなって。ビキニみたいな即効性はないけど、生きる以上食事は必ず摂取するだろう? なかなか便利そうじゃないか。全部おんなじように美味しかったんなら、その線は消えたな。まあ君マスターのは美味しいままって言ってたから、望み薄ではあったけど。

「君、単純に、美味い不味いが分かるようになっただけだよ」

 あーあ、儚い夢だったって頬杖ついてため息なんぞこぼしてる。言われたこっちはといえば、熱いコーヒーで温まったはずの身体がすうっと冷えていく気がした。
 なんつう恐ろしい想像しやがる。
 今更ながら、こいつに食卓任せてていいんだろうかと危機感を覚えた。

「腐っても吸血鬼だな。てめえは」
「腐ってなんかない。ピチピチの高等吸血鬼だろうが」

 口を尖らせてうそぶく。目の前に何気なく腰掛けている、俺とは別の生き物に、久方ぶりの警戒心が戻ってくる。同時に、腑に落ちる感覚が身体中が沁みていった。そう、ごく単純な話だ。
 俺は舌が肥えたんだ。
 贅沢に、丸々と太らされた。この魔女みたいな吸血鬼に。美味くなけりゃ受け付けない、滅茶苦茶イヤミな舌にされた。
 私の料理なしじゃいられなくしちゃう?
 おい。
 今、正に、そういう状況になりつつあるんじゃないか?
 
 こいつを叩き出すのは容易い。デコピンでもしてビニール袋に詰めときゃそれで済む。そう、物理じゃ簡単なんだ。それで俺はどんな生活に戻るんだ?
 起きる。退治人の朝は昼で、既に日が傾いていることもざらである。そこから買い出しか洗濯か掃除か、一番のっぴきならないやつをこなす。終わらなかったやつは休みの日の俺に託す。平素自炊する暇はほとんどない。ギルドに行くか、既製品か。どっちにしろ起きてすぐはひとりでもそもそ食って、仕事して、甘いものが欲しくなっても自分でどうにかするしかない。掃除したと思っても埃の類はすぐ溜まる。棺桶が邪魔、クソ狭いって感じてる部屋も、ひとりだったらやけに広い。掃除の手間は相当だ。
 何よりひとりだ。咳をしてもひとり。誰も心配してくれない。心配のフリしてイタズラを仕掛けに来る奴もいない。いやそれはいいんだよ。でも今みたいに寒い時期だった。夜まで咳き込んでいたら、蜂蜜マシマシの生姜湯を作ってくれた。大根と蜂蜜で手作りののど飴を作ってくれた。邪魔ばかりして、いかに人の血圧を上げるかに専心して、ふと気まぐれに優しくする。私のドラルクキャッスルマークU、家賃滞納されたら困るものなんて、いらん一言はあったけど。

 背筋は冷えたと思ったのに、顔が妙な熱を持つ。もしかして、俺もうひとりじゃ暮らせないの? 独り立ちした立派な大人と自負してた。何だってこんなことに成り果てた。自分から手放せる気がまるでしない、中毒性高めの危険物。居座ることを許したのは確かに俺だった。俺だけどさ。

「お代わりいる?」

 落胆したとか言う割に切り替えが早い。立ち上がったかと思えば空になったカップを示し、問うてくる。

「……いる」

 欲しい。何か冷えたし。身体の芯から温まりたい。それならコーヒーじゃない方がいいだろうって、元凶が紅茶を勧めてくる。もういい。何でもいい。淹れるのがこいつなら味に間違いはないだろう。
 まあいいか。その気になればいつだって、叩き出すのは簡単だ。今の今までそう思っていたから、こうして同居を許してた。どうやら、ちょっと事情が変わってきたようである。考え直すべきなのか。

 またもや湯気の立つカップを携えて、黒尽くめの影が戻ってくる。グレーがかった、血の気が全く感じられない手。何とも優雅に、音もなくサーブする。それから当たり前のように再び向かいに腰を下ろして、火傷に気を付けてと気まぐれにこちらを気遣うようなことを言う。今はそういう気分らしい。

「生チョコまだあるよ。夜のおやつにとっておく?」

 どうしよう。
 感情と理性が全力で反対のこと主張してくるんですけど。
 迷惑の塊だったはずだ。捨てられるもんなら即捨てたい、中高生の黒歴史入りノート並みに厄介だった存在は、今やインスタントコーヒーくらいにはなっている。便利だ。切らしたくない程度には。でも、捨てようと思えば……いやロナ戦がある限り無理だ。じゃあロナ戦を終わらせる? いやあの暗黒系武闘派編集者を説き伏せる自信が微塵もない。あ、じゃあダメじゃんって理性があっさり白旗を振る。オイもうちょい踏ん張れよ。


「ああ、ジョンはもうストップ」

 身体のために小分けにしよう。そうすれば、また明日のお楽しみができるじゃない。ね。やっぱり残りは取っておこう。ヒナイチ君にも分けてあげようね。

 ニュ〜ンって、ジョンが可愛くダイヤのお代わりを強請っている。それを優しくいなす吸血鬼。指の腹で頭を撫でて、甘く穏やかに反論を封じている。
 俺に訊いたくせに、何で俺の回答待たねえんだよなんて、不満を覚えつつも否やはない。もう何か色々としょうがねえ。俺が現役で、フクマさんが担当を務める限り、多分ロナ戦は続くし、だからコンビは解消できない。結局俺には選択肢がない。もう、だったらしょうがない。しょうがないよな。

「お前さあ、責任とって、最後までちゃんとメシ作れよ」

 外で迂闊に食べらんなくなっちまったじゃねえかって続けてぼやいて、それからやっと、つい今しがた自分が発した言葉に含まれる意味に気付いてアレってなった。
 さっきの、これ、あれじゃん。
 生き物の世話は最後までみたいな?
 下手したら毎朝俺の味噌汁作ってくれ的な解釈されてもおかしくなくない?

 えー、めんどう。
 イヤだよ、重いわ。
 私が飽きるまでならね。

 ちょっと、お前ほら、こんな感じで。このヤバさに気付かず普通に返してくれって気が遠くなりながら願っていたら、奴の返事は予想したどれとも違って「おやつはいいの?」だった。

「馬鹿野郎! おやつは込みだ。決まってんだろ」
「あ、決まってるの」

 何だよって思う。
 もっと動揺するかと思った。コーヒーレベルって自覚した俺は結構ショックを受けたってのに。いや全然いいんですけど。やれやれ命拾いだぜとか思う一方、こいつが眉ひとつ動かさず、やたらとあっさり返してきたことに内心複雑な思いを抱く。さすがは200余歳。人の一生なんて取るに足りないもんらしい。若干不貞腐れるような気持ちでいたら、遅れて「何か今のプロポーズみたいじゃなかった?」ってほじくり返すような真似をしやがる。フェイントかよ。速攻で言われるより何かダメージでかいぞ。
 抱っこされてるジョンはジョンで、照れたように顔に手を当てて、仕草はめっちゃ可愛いけど、指輪は? 花束は? フラッシュモブは? 何もない……って何か極端なプロポーズ像が頭にあるらしい、言ってることが全然可愛くない。

「ああジョン、仕方ないよ。若造だもの。今のも脳みそ経由させない胃袋反射の言葉だよ」
「ぶっ殺すぞ」
「まあ私、まだ返事してないけどね」
「あっ!? まさか断るってのかテメー!」

 焦点はそこじゃないのに、売り言葉にうっかり口をついて出た買い言葉のせいで、何かますますそんな感じになってしまった。いや、別にもうそれでいいやって気持ちが、どこかにあったのかもしれない。だって結局俺は「プロポーズじゃねえから!」って否定しそびれた。


 その一幕は、じわじわと向こうのツボにハマったらしい。以降、相当な期間揶揄われた。ダーリン、ハニー、スイートハート、思い付く限りの甘い二人称が日常会話に織り交ぜられるのは序の口で、ネタと化した一連の会話がミュージカル風とかの絶妙にイラッとくるアレンジを加え幾度となく再現された。ジョンと再現される。半田と再現される。へんなと再現される。マジでこいつら、面白ければ何でもいいのかよ……あっジョン! ジョンはアレだ、砂と一緒にいるからいけないんだ。やっぱ俺が引き取る一択。そんであんまり繰り返されるもんだから、最初は引き気味だったヒナイチが「私のおやつも」って便乗し出すのにそう時間はかからなかった。お前、死ぬまでうちの床下に住む気なの?
 閑話休題。
 だから、多少は俺に情状酌量が認められて然るべきだと思う。追いつめられ、溢れるギリギリのところだったのだ。最後の一滴はほんの些細なことだった。トイレットペーパーの買い出しを頼んだらやたらとファンシーなハート柄のを買ってきやがったり、カレーのニンジンが全部妙に丸っこいハート型にされてたり、そんな割と厳しめの案件だって乗り越えてきたはずなのに。オムライスにケチャップで流麗なハートマークが描かれたある夜、俺は限界を迎えた。
 深く考えずに口を開いたせいで言質をとられ、散々神経を逆撫でされ続けては何かを搾取され続け、トドメを刺されてブチ切れた俺がこれまた深く考えずに言い放った「てめえ並みに料理上手い彼女ができたらとっととコンビ解消だ」って一言はしかし予想を超えて相手を激怒させ、その後講和条約を締結させるまで事務所には暗く長い冬の時代が訪れることとなった。

 けれど、どうにも自分のことが分かってなかった俺は、おかげでもうロナ戦がなくても解消なんざできないっていう事実を思い知る羽目になったし、何がとは言わないが違いが分かるだけじゃなく滅茶苦茶ニッチなこだわりも持ってしまったってことをやっと把握できたから、人生万事塞翁が馬っていうか雨降って地固まるっていうか、破れ鍋に綴じ蓋みたいな、俺たちってそんなアレだよなって思うわけである。










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