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 夕暮れ18時。私を優しく起こしてくれた使い魔のつぶらな瞳に見つめられて、今までちゃんと共有していなかったのが急におかしな話に思えた。
 だから、棺桶に招き入れて、もう一度蓋を閉じて、一から十まで全部話した。とはいえ私自身何がきっかけでここまで色々許しているのか把握できていないのだ。必然的にふわっふわした内容だったし、思っていることを思いついたまま全部伝えたら「何かさっきと言ってることが違うぞオイ」って我ながら突っ込みたくなるくらいの酷い話しぶりになった。おまけに無茶苦茶時間がかかった。止まらなかった。それでようやく、ああ、私は、ずっと伝えたかったんだって気付いた。なるほど。あのアホが報告だとそわそわ騒ぎ出した気持ちがちょっと分かった気がする。

 色んなものを、何なら全部を、預けてもいいって思える相手と出会えたこと。ジョンには知ってほしい。分かっておいてほしい。そしてできれば、一緒に喜んでほしかった。

 私としたことが、普段の口の回りようからしたら別人かってくらい聞き苦しかったろうに、ジョンは最後まで話を遮らなかった。

 びっくりしたのは、その後私以上にジョンが喋りに喋ったことだ。おかげでその日は起き出すことなくほぼ棺桶で過ごす夜となった。私は私が想像していた以上に使い魔から心配されていたし、想像よりもずっともっと、愛されてもいたようだった。私は尊敬すべき祖父のようなもので、無条件に慕う親のようなもので、どんな遊びも共有できる友人で、それからとことん甘やかしたい子どものようなもので、全てを兼ねるから、思うことは、それはそれはたくさんあるんだって。





「抒情詩でありながら、その壮大なスケールは一大叙事詩もかくやあらん。涙涙の夜だった。そんなわけでね。これは一言一句逃さず記録しておきたいものなんだよ。分かってくれるね」
「うん。結果1日半放置された俺は死んでたけどな。あともうそれ耳タコだから。じゃなくて、1カ月なんですけど」
「うん。君も男なら聞き分けたまえ」
「男だから無理なんだろーが!」


 適当極まりない口約束が何かしら良い契機になったかというと、全然サッパリ全くもってそんなことはなく。むしろ事態は悪化した。


「なんっでだよ! 1カ月だぞ! いっかげつって、同じ部屋にいていっかげつって! 室内遠距離恋愛か!? 新婚なのに家庭内別居かよ!」
「うるさいな。忙しいって言ってるだろ。私は家族第一なんだ」
「旦那様だって家族じゃねえの!?」

 うざい。うるさい。めんどくさい。
 三拍子揃った獣が床に懐いてる。寝起きからこれか。起きたばかりなのに棺桶に戻りたくなった。忙しいのは真実その通りで、私は現在執筆活動に忙しい。最愛のジョンがどれほど私のことを考えてくれているか、その思いの丈を言葉で知ることができたのだ。いかに私がハイパーインテリジェントな吸血鬼とはいえ、記憶というのはどうしたって、放っておけば薄れてしまう。内側で思い返して、繰り返して、なぞり返して、何度も何度も焼き付ける内、これは絶対文字で残しておかねばと思い立った次第である。そうと決まれば時間は全く無駄にはできない。完成まで、一夜たりとも執筆以外に割きたくない。
 とまあ、そんなわけで、私たち結婚はしたけど初夜はまだなのです。


「じゃ、私今夜も自主カンヅメに入るから。起こさないでね」
「話終わってねんだけど!」
「ご飯冷蔵庫にあるからチンして食べてね」
「いただきます! 話終わってねえってば、もおおおメビヤァツ!」
「ヴァー! モンスター小姑呼ぶな! 卑怯だぞ!」

 だってそんな気分に到底なれない時は仕方ないだろ。今までだってかなりランダムに間隔空いたりしたはずなのに、あれから何故か、ゴリラの我慢が利かなくなった。家の中でも気を遣えって言ってんのに。遠慮がなくなった分主張が激しい。時も場所も選ばなくなり、畢竟私の逃げ場は激減した。

 そうそう、結局こやつは職場にもきっちり報告しおった。まあいーよって言ったけどさ。いい加減私も現実を受け入れねばって、覚悟も決めたつもりだけどさ。
 ロナルド君は嘘つきだ。ガキじゃねえんだぞって言ってたけど、そんな弁えた大人はかなりの少数派で、誰と誰がどうこうなんて話題が大好物なガキ代表であるところの新横浜退治人組合の皆様は、それはそれは盛大に披露宴とは名ばかりの公開処刑を催してくれた。
 頼んでないのに! って悲鳴を上げたら、新人時代から育ててくれた先輩や背中を預ける仲間にはこの場で礼を尽くしたいって、そんな殊勝なことを言うロナゴリラに説き伏せられた。こちらはそうでも向こうは大義名分を得て飲みたいだけだろって余程突っ込みたかったけど、3%くらいは真実祝福の空気を感じたので、大人しく出席して、もみくちゃの文字通りサンドバッグに甘んじた乱痴気騒ぎの夜。ネジのぶっ飛んだ酔っ払いに馴れ初め(あるかそんなもんってかわしたら隣でバカ造が「こいつの退治依頼です」とかクソ真面目に答えてた)から現状(夫婦の寝室ではどっちがどっちを務めるんですかとか週何回ですかとか下世話極まるアレコレ)まで根掘り葉掘り訊かれ、大部分私は塵で過ごしたし、代わりに雨あられと降り注いだ矢弾を一身に受けたロナルド二等兵はボコボコにされて真っ白な灰になっていた。まあ彼が招いた事態だから責任とってもらうのは当然だ。
 印象深かったのはショットさんの血の涙だな。呪いと紙一重の祝いをくれた。彼は本当に平等に世のリア充を憎むらしい。今後も愉快なすれ違いを盛大に繰り広げて、そこそこの時期に報われるといいねと祈っておく。

 まあそんなわけで、最近は職場だろうとパトロール中だろうと、遠慮も容赦も一切ない。家で気遣われるはずもなかった。
 気晴らしにってふらりとギルドに立ち寄れば、これまた我が家の裏事情が筒抜けになっていて、野郎どものみならず女性陣からも私は非難轟々だったりする。
 そうなのだ、近頃みんなしてこのDV男を庇いよる。うーん。甘やかさないでほしいとか思っていたが、これは私が悪いのか?

 ジョンと死のゲームが過激派小姑を宥めている。デメさんも待機中だ。仕事では交渉人として、プライベートでは仲介人として、最近しょっちゅう引っ張り出されている。私の暫定旦那様が騒がしくしてごめんなさい。

 日常が変わる可能性は考えていた。私と見れば条件反射で殺しにくる拳が多少は和らぐかしらんとか、伴侶として敬いの姿勢が期待できるやもしれんとか、今思えば実に儚い夢想だった。そんなところは全く変わらず、日々酷い扱いを受けている。相も変わらずゴリゴリに殺されているし貶められている。どういうことか。これはもしかして早まったのでは? なんて、割と度々自分の判断を疑ってどうしようもなく暴れたくなったり気が遠くなったりするのだけれど。
 さっきまで5歳児全開で駄々をこねまくっていた肉体派退治人がさめざめと絨毯を濡らす姿を見ると、このどうしようもないところに「しょうがないな」ってキュンときたりするのだから、我ながらちょっと大概である。とりあえずって床ゴリラをひと撮りして、ちょちょいとスマホを操作する。


 私のジョン。心中でもよく呼び掛ける。この絆は天より高く、海溝よりもなお深い。家族がひとり増えたって、この結び付きには何ら影響がないことを、一晩かけて互いに確かめ合ったのだ。仕上がれば、ゲーテも唸る大作になる。骨子は、思い立ったその夜に書き上げた。今はひたすらに推敲の時間。これがまた、どこまでいっても満足しない。あの時感じた幸福と想いの交差を、限りなく正しく残したいって強い意志がそうさせる。
 新参者の方に自ら気が向くのを待っていたら、次は多分年単位で先になる。下手したら30年とか、あり得る。相手は人だ。さすがにそれは不味かろう。契約違反にもなりかねん。
 言葉だけでも十分なのに。勢いで誓いのどうとかやっちゃったからな。自分で自分に呪いをかけたようなものである。夫婦、パートナー、片割れ、つがい、呼び名はどうとでも、でも間違いなくそういうものだと自ら書き込んでしまった。おかげでうっかりにでも「離婚だ離婚!」とか漏らしたらこっちにどえらいダメージがくる。まあ向こうも死んでるけど。

 しょうがない。
 確かに私が選んだものだ。
 ぼけっと流され承諾した、思えばあの夜が分岐点。何度となく私のバカって思うけど、何度繰り返しても同じように流されることを選ぶだろうなって今思えるなら、もうそれでいっかと思うこれが一連のルーティンだ。
 若造は早くスマホを見ろ。家の中でも気を遣え。今は夜なの、静かにね。
 さあ予定を変えて、ジョンに伝えて、夕飯を食べさせて、仕事に送り出して、そうして、また、真夜中に楽しいところで待ち合わせ。










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