Others | ナノ




 カラオケルームとかイルミネーションとか、華々しい成果を見るにつけ思う。LEDは実に偉大な発明である。最初のきっかけから光の三原色が出揃うまで、確か100年くらいかかってるはずだ。人類の弛まぬ努力に惜しみない拍手を贈りたい。
 人命に影響する職業柄、ギルドからも警察からも赤い退治人に唐突な出動要請が下ることはままある。実はそうした事情で何回かすっぽかされた夜があるのだけれど、大抵切り替えて楽しむことができるのは、充実した設備のおかげに他ならない。そこにLEDがなかったら、文字通り彩りがごっそり欠けてしまっていただろう。
 ムーディーにしたりライブハウスみたいにしたり、照明をひとしきりいじって、バスグッズを片っ端から試して、よりどりみどりなバスタイムをレビュー投稿しているだけであっという間に時間が経ってしまう。蔑ろにされたという腹立ちも、こんなはずじゃなかったという苛立ちも、幻想的な空間と温かな湯に浸っていればそれなりに軽減できるのだった。
 今は、その照明には限界まで存在感を抑えてもらっているけど。


 明かりを突然落とした時のオロオロした挙動が面白くて、初めの頃はよくおちょくった。気まぐれに優しく手を引いてあげたり、触れて欲しいところに誘導したりすると目に見えてドギマギしていて、楽しかった。最近は何だか手慣れてきて、あんまり揶揄い甲斐がない。ちょっと面白くないのと、安心して身体を任せられるのと、心情としては半分半分。

「……いいか?」
「いいよ」

 それでも、最初はいつも恐る恐るだ。
 儀式みたいに、こうしていつも律儀に問いかけてくる。対して毎回「だめでーす」とか言ってやりたいのをギリギリで我慢して、ちょっと笑いながら諾と返す。
 返事を聞いたら、小さな生き物に触れる時のように、指の腹をそうっと当ててくる。大丈夫そうだとの判断が下りたら、やっと熱い手のひらがくる。この温度は、冬場のカイロみたいで、肌寒い季節だと本当に心地良い。触れられると思わず擦り寄ってしまうくらいには気に入っている。両の手で挟み込まれて、じんわり沁みてくる温度を目を閉じて味わった。

 無意識に唇の端が持ち上がっているのに気付いたのは、その端っこに口付けられたからだ。押し当てるだけのぎこちないそれが端っことか頬とかに何回か落とされて、そうして、少し間を空けてから口にくる。それを待ってから、唇を開いた。

「ん」

 自分のものがかなり薄い造りだと、この厚い唇に触れるようになってからしみじみと実感した。上も下もぷっくりしていて、実に挟み甲斐がある。目を閉じたまま、上唇を何度も食む。否応なしに伝わる息遣いが少しだけ乱れて、それを厭うように、意識して統制しようとしているのも分かる。まだまだ可愛いものだ。
 ちろりと舌先で舐めてやると、いよいよ息が苦しくなってきたのか口が開いた。吐息が熱い。音がしそうな感じでぱっかり開くから、触れると口を開ける雛のおもちゃみたいだと思う。さっきより余裕がない呼吸を感じながら、互いに食み合うだけの愛撫を交わした。上よりもっとふっくらした下唇に唇だけで食い付くも、表面が少し荒れていて、げっと思う。外は冷蔵庫みたいな気温と乾燥っぷりだ。欧州ほどじゃないが、放置していい気候ではない。私に触れるならもう少し日頃のケアに気を遣えって言ってるのに。わずかな腹立ちを含めて軽く吸い上げると、吐息に微かな呻きが混じった。

 固まっていた腕が、意趣返しのように布越しの背を撫でていく。這い上がってきた手が襟を引いて落とそうとするのに抵抗してみたら「おい」と目前で凄まれた。遊び心だよ。目を開けてもすぐには焦点が合わないくらい近い。無意識にちょっとだけ引いたら、引いただけ距離を詰められた。

「しねえのかよ」
「ん。うそうそ。するする」

 明るい中積極的に晒したいものじゃないけれど、ここまで暗くてあったかいなら全然構わない。腕まで滑らせて肩を出す。バスローブって結構好きだ。服の上から着るならだけど。城にいた頃はそこそこ持ってた。ちゃんと私の体格に合わせた寸法の、冬用の分厚いやつとかシルクのすべすべのやつとか、お気に入りだったあれこれを思い出す。また買おうかな、とかぼんやり考えていたら「集中しろ」って怒られた。うるさいから塞いでしまう。強めに吸って、派手な音を立ててから離れると、鮮やかに頬が染まった。頬どころか顔全体がピンクになって、髪が白銀で肌も白い方だからものすごく目立つ。分かりやす過ぎて気の毒なくらいだ。

「ロナルド君、君さ、ポーカーとかやらない方がいいよ」
「何の話だよ」



 首は避けて、肩に触れてきたのは、さっきの話が頭に残っているのかな。吐息が唇の後を追いかけるように撫でていくのが擽ったくて、まだ快感には結び付かない。鎖骨に軽く歯を立てられて、背筋を這い上がるものをため息で逃した。腕を回して、ぽかぽかしている背中に指先を伸ばして縋る。腕が動くと背中の筋肉も連動して動くのが面白くて、文字を書くみたいに、指の先だけで、背に現れる隆起をなぞる。頭の中で凹凸を思い描けるくらいに執拗に指で確かめていたら、むっくり起き上がった身体に強制的に止めさせられた。正面から見るその顔は大層不機嫌そうに眉を顰めている。そう見えるだけで実際に不機嫌でないことは、こっちの背中と首裏を支えて寝かせてくれる丁寧な挙動でよく分かる。

 どんな顔でいればいいのか本気で分からなくなる時がある。恐々と触れてくる指先に、壊れ物を扱うように当てられる手のひらに、真剣なあまり結構怖い顔になる退治人に。
 この世の誰よりも私を死なせているくせに、こういう場では本当に大切なものみたいに扱われることがある。不思議なことだとつくづく思う。心がざわざわとさんざめく。
 それをおもむろに抑えつけるまでが一連のルーティンだった。
 なんてことない。これは特別なことじゃない。日常生活を倦ませないための、ちょっとしたスパイスだ。摂取は適量にとどめておく。スパイスって奴は曲者で、量によって毒にも薬にもなるから、ちゃんと見極めないと。きっと、火傷どころじゃ済まなくなる。


「……まだ聞いてないけど」

 代案とやらの内容。私は協力しなくていいのかって、そんな意味で聞いたのに、見上げた端正な面は虚を衝かれたように黙って、それから「その内分かる」とはぐらかした。何だ。生意気だ。腹が立ったのでピッチを上げることにした。覆い被さる暑苦しい身体の下敷きになっていた膝を上げて、腿の内側を辿り、狭間を揺するように刺激する。強い弾力に押し返されて、伝わる温度は手のひらよりもずっと熱い。想像以上にもうすっかり形を変えていて、少し驚いた。そうは思わせない落ち着いた息遣いだったから。弛まぬ努力は侮れない。目に見える変化はわずかでも、ある日突然その成果を見せつけられて息を呑む羽目になる。

「てめっ、いきなり……」
「ごめん」

 思わず素直に謝罪が出るくらいびっくりしている。我ながら日頃があまりに天邪鬼なので、たまに素直になると効果覿面だ。半ギレだったゴリラは「お、おう」とかオットセイみたいに鳴いて大人しくなる。
 膝を落として脚を伸ばして、代わりに腕を持ち上げた。檻に囲うみたいに腕をついてるロナルド君。身体中どこに触れてもあったかい。肩に手のひらを当てて、力を込めたら、意図は伝わったみたいで、ゆっくりゆっくり降りてくる。不意じゃなければ、中身がぎゅっと詰まっているロナ布団が重なってきても大丈夫。腕とか肩とかピンポイントじゃなくて、身体の全面で支えられるから。まあ、しこたま重いけど。でもいいな。好きだな。ロナ布団。

「ふっ」
「何笑ってんだ」
「もう。うるさい布団だな」
「布団じゃねえ」

 背中に腕を絡めてぎゅっと力を入れる。そうやって密着した分、力強く脈打つ感覚がこっちにまでしっかり伝わる気がした。生命の音がする、あったかい、綺麗で逞しい生き物。汗にしっとりした肌が温まって、ロナルド君の匂いがする。生き物って感じがする。いや私も生き物だけど。代謝がゆっくりなのもあって、こんな生々しい感じじゃないから。香りといえば昔から花とか柑橘類とかの植物系が好みなのだけど、最近になって、麝香の混じった動物的な香りも悪くないって思うようになった。この男の肌に触れるようになってからの話。

 重なっていると異様なくらい安心するのは、やっぱり蓋をされてるみたいだからかな。すっぽり私を覆ってしまえる、どっしりして、強い蓋。重たくって、数分で限界がくるのが難点だ。
 限界って告げる前に、蓋がのっそりと身体を起こした。部屋はちゃんと暖かなはずなのに肌寒く感じて、離れ難くて、肩に指先を絡み付かせたままぼんやり見上げていると、またゆっくり降りてきて、重なったのは唇だった。確かめるようにちょろっと舌が触れて、そのままそろりと入り込んでくる。あれって思ったけど、仕方がないから迎え入れて、舌先で応えた。

 どうしたんだろう。
 いつもは序盤以降、キスは意識して避けている。別に約束したわけではないけれど、ちょっとした事故があって以来ずっとそうだったから、お互いに弁えていると思ってた。まあ、これくらいなら、まだ大丈夫。
 この男は舌まで分厚い。下にいるとどうしても溢れそうになる唾液ごと、じゅっと吸い上げた。ほんの少しだけ食欲が満たされる気がする。人の体液は大抵血液が原材料だという意識が錯覚させるのか。それも関係してるんだろう、深いキスの後はぼうっとしてしまう。単純に息が続かないせいもある。
 安定の肺活量を誇る体力モンスターの方は、至って平気そうに首筋から胸元からちゅっちゅちゅっちゅやってる。その辺何が楽しいのか真剣に分からない。膨らんでなくて悪いね、別に飛ばしていいんだよって思う。以前そう言ったら何かマジもんの不機嫌になったから、もう言わないけど。

「ぅん、」

 本当に申し訳程度にでも、胸板らしきものはある。そこにぽつんとある、普段は全く気にしないささやかな部分が、こんな時はやけに影響力が大きくて驚く。しつこく舌で舐られて、その後吐息に晒されて、痺れるような痛いのと気持ちいいの中間くらいでゆらゆらする。
 薄暗い中でも私は全然不自由しない。白に近い銀の髪がきらきらしてるのも、大変健康的な血色の舌も、玉の汗が浮く張り詰めた肌もよく見える。
 ふと上がった顔が何かを確かめるようにこっちを見た。やっぱり不機嫌そうに目が眇められて、でもそれがまあ色っぽいこと。ぼんやりそんな浮ついたことを思っていたから、落ち着きなくごそごそ身動ぐゴリラの挙動を見逃していた。パチンと乾いた音に意識を戻した時には、もう遅かった。

「あっ、」

 ちょっと、ダメだ、それはダメ。
 この若造はじつに健康的な若造らしく、定期的な肉体関係だけじゃ飽き足らずエッチなビデオをマメに研究している。そこで取り入れた情報を、自分じゃなくて私に試そうとするから油断ならない。

「それ、それ、不味いよ。ダメ」
「はぁ?……何で」
「ダメだってばっ……ア、」

 もう!
 制止しようと髪をつかんでも、指先にしか力が入らない。問答無用で続行されて、下半身だけじゃなくってもう何か身体中が降伏したのが分かる。チクショー! 死んで抗議してやる! と思っても、滅茶苦茶悦いのは事実だった。私終わっちゃうよ、いいんだな、もう知らないから、いつの間にこんな器用な真似を。
 ぬめる手指が絡んでくる。余裕があったはずなのに、まだ温まりきってないジェル越しに握られて一気にいっぱいいっぱいになった。緩やかに上下されて息がきれる。顎が上がる。熱い舌先が変わらず胸元を弄り続けるから、意識がどっちにも引っ張られて千切れてしまいそう。
 もう何度となく互いに触れ合っているせいで、丁度いい強さも速さもバレバレだ。その上、精神的な刺激が強いのだ。日の光が何より似合う、健康的で健全な生き物に、一体何をさせているのだかって。罪悪感と紙一重の、そんな退廃的で倒錯的な悦びに溺れてしまう。

「ッあ! んぅ、うっ……」

 ずっと優しく舌先で撫でられていた部分に軽く歯を立てられて、びっくりして身体が竦んで、それが引き金になった。震えるまま何度も吐き出す間中、ずっと執拗に扱かれて、どうにかなりそうなのに、それを振り払えない。体重をかけられて不自由な身体を必死に捩って、脚でシーツを何度も蹴って、誤魔化そうと頑張ってみるのに、痛みに近い快感は到底紛らわせることができない。

「……あぁ、あ、あ、あ、」

 もう出ないってなっても、あちこちが勝手にびくびくする。意図せず跳ね上がる身体を、上から押さえ付けられる。萎えたものからぬめりを取り去るように、輪を作った手が強めに扱いて離れて、喉から悲鳴が溢れた。今は何をされてももうダメだ。だから嫌なのに。抗議もできない。全身が凄まじい倦怠感に襲われて、なのにどこに触れられても痛いくらいに反応してしまう。脚を引き寄せて丸まって、卵みたいになって全身を庇いたいのに、脚の間に入り込んできた分厚い身体が邪魔をする。片脚を肩に抱え上げられて、だから一番守りたかった部分を丸見えにさせられた。

「……抜くぞ」
「うぅ……、はぁ……あっ、あーッ!」

 普段の粗暴さを思えば、ものすごく丁寧だとは思うけど。今はダメだ、無理。待ってほしいのに、それが全然伝わらない。
 先に着いた時には、自分で準備する。だって待てないし。いや私じゃなくて何もかも青臭い若造がね。せっかちなんだもの。最近はそうでもないけど。初めの頃は身体が完全に蕩けるまで待てない青二才に頻繁に刺し殺されてた。凶悪な肉の剣で。だから。他意はない。本当。

「あぁああっ、アッ、アッ」

 含ませていたプラグをゆっくり抜かれる。あ、これは、いっそ一気にいってほしい。敏感になってるせいで、ゆっくりされるとかえってキツい。膨らんだ部分が縁に引っかかるのを、ぬるぬると何度も行き来させられて悶えた。いじわるだ。絶対楽しんでるだろ。回すようにぐりぐり押し込められては、また縁まで抜かれて、繰り返される度に振り絞るような悲鳴が出る。
 声らしい声が出なくなって、全身ぐったりする頃やっと解放されて、下ろされた脚も、腰も、鉛みたいに重くて、私の言うことを全然聞いてくれそうにない。どっと疲れがくる。腰の奥が独特の怠さで満ちている。息が苦しくてぜいぜい跳ねる自分の呼吸でいっぱいだ、何か耳鳴りまでしてきて、もう他の音とか声に構えない。不機嫌そうな低い声が何か言ってる、それくらいしか分からない。
 完全に抜き取られた後の喪失感。閉じきれない部分が空気に触れて冷たい。もっと熱いはずなのに。熱いものが、くるはずなのに。
 はやくきてよ。
 無意識に声に出ていた。自分の声はちゃんと聞こえる。
 
「分かってるよ」

 思ったより近くでぶっきらぼうに言われて、目を開けた。ずっと力を込めて瞑っていたから、すぐには像が結べない。こめかみの辺りに熱いものが触れて、まなじりまで辿ってくる。しょっぱい。呟く声に、ああ泣いてたんだってそれだけを思った。


 毎回漏らしたみたいになるくらい、湿らせている。塗り込めるように、ちゃんと拓かれたか確かめるように、用心深く奥まで入り込んでいた指が、音を立てて引き抜かれた。そうしたらすぐ、ぬめりを滴らせて切っ先が押し当てられる。どうしても、この時ばかりは恐怖する。ちょっと待てばちゃんと法悦が手に入ると分かっていても、自分でも正体のつかめない身体の根幹が拒絶する。どんなに意識しても窄まる襞をぐっとこじ開ける強さに、怯えてしまう。
 見たくない。聞きたくない。できるだけ庇いたいって無意識の防御反応からだ。明け渡してる下半身はしょうがないけど、せめて上だけでも守りたい。両腕を交差させて顔を覆い隠す。上腕に顔を当てて、背中に纏わりつくだけになっていても辛うじて腕を通していたバスローブを噛みしめた。それでも、大体無駄になる。

「ぃ、ん、んッ……あ、あああぁっ!」

 一回出てしまったらもうダメで、揺すられる度にどうしようもなく濡れた声が出る。喘ぐみたいな音が腕の中に籠って、頭の中がいっぱいになる。苦しくて、恥ずかしくて、居た堪れなくて、血が逆流するようなこの感覚にいつまでも慣れない。
 先端を呑み込んでしまえば、あとはどんなに拒絶しようとしても奥まで入り込まれてしまう。弾むような息遣いと唸るような低い呻きに、向こうだって苦しいのは十分伝わるけれど、正直こっちだって大変なんだ。物理的に苦しいだけじゃない。尊厳とか沽券とか矜持とか、今は考えても邪魔なだけだと分かっているけれど。解剖されるカエルみたいに全面降伏状態で腹を見せて、脚を広げて、何もかもを晒して、何なら侵入までされているこの現実に、まるで存在を脅かされるようで、どうしようもなく怖くなる。もちろん、そればっかりじゃないけれど。

 できるだけ力を抜いて。意識を逸らして。息を継ぐただそれだけに集中していると、その内大きなため息が聞こえて、動きが止まる。息を整えようとする、深い呼吸が空気を震わせる。

「はぁ……、んッ!」

 少しは息がつけるって油断していたら、下生えまでぬるぬるになってるそこをかき分けて、柔らかなものに刺激がきた。今夜はやけに絡んでくるな。揉むように指を動かしながら、緩やかに上下する手のひらに眉が寄った。激しいわけではないけれど、そうやって触れられるとどうしても咥え込んだ背後にも力が入って意識がいく。感じてしまう。キツいよ。体力無尽蔵の君と違って私は体力ないの。繊細なの。もっと優しくして。

「……」
「……あ?」

 腕を投げ出したら丁度その先にあった腿の辺りを引っかいてみる。訴えかけたい態度は伝わったみたいで「なに」って尋ねながらこっちに屈み込んできた。熱い気配がぐっと近付いて、胸が詰まりそうになる。物理的にも精神的にも。
 もっと、待って。
 言葉になったのはそれくらいだったけど、どうやら承知してもらえたみたいで、それからしばらくの間、滾るものを目一杯張り詰めさせた不穏な身体は、こっちが息を整えるのを黙ってじっと待っていた。
 そうされていると、少しずつ余裕が戻ってくる。毎回この瞬間がクライマックス、はいもうおしまいって思うけど、野性全開の若造に言わせればここまでが前座、今からやっと真打ち登場って感じらしい。長い。長いよ。もうちゃちゃっと終わろうよ、私眠くなってきたよ……

「あっ」

 眠りかけているのがバレたのか、身体を折りたたまれるみたいにして距離を詰められた。押し出されるように声が漏れる。未だに目元を押さえていた片腕を強引に外されて、何すんだって睨んだら、もっと険しい目付きで睨み返された。何だ、喧嘩売ってんのか。この体勢だと胸が苦しくて、尚更息が荒れて、だから眉がぎゅっと寄って我ながら相当険悪な顔付きになっていると思うのに、一切構わず熱い身体が密着してきた。何がしたいんだと思っていたら噛み付くような口付けがきて、固まる。

 え、何してんの。

 呆然と意識まで硬直して、入り込んできた舌先が歯列をなぞるように動くのをただぼけっと受け止めてしまった。いや、いやいや。正気かこいつ。

「……んぅ、んッ……ちょっと!」
「は、……なに」

 なにじゃないわ!

 自分の牙で自分の口内を傷付けるなんて、子どもの頃だって滅多になかった。それを。
 え? そこから? ってくらい遠くから目を閉じたり、近付いた後も距離感を盛大に間違えたり、頭突きの亜種かと思うようなゴリラの口付けを受けて流血したのは一度や二度ではない。自分だったらまだいい。いや全っ然よくないけど、速攻で死ぬだけだから被害はそこまでなかった。
 最悪なのは相手を傷付けてしまった時だ。以前口内にいっぱいになった肉厚の舌にうっかりやらかしてしまった、あの瞬間が鮮烈に甦る。口内から鼻に抜けた血の匂い。じわじわ滲んで、唾液と混じっても薄まらなかった強い味。思わず啜ってしまって、パチンとスイッチを入れられたみたいに頭の中で性行為が食事にシフトした。向こうは向こうで硬直したかと思えば、血を啜られたと気付いて反射で暴力に頼みおったし。ろくでもない記憶である。忘れたとは言わさんぞ。

「……だから、それ、君、ダメだよ」
「なんで」
「何でって……」

 器用さを銃器の扱いに全振りしてしまったのか、日常動作のほぼ全てにおいて不器用さを発揮するロナルド君はキスが下手くそだった。散々けなして練習させたせいか、どうにも苦手意識が残ってしまったらしく、今でも若干の緊張を見せる。はずなのに。何だこの泰然とした態度。何か問題でも? みたいな。いやいや。問題しかないよ。

「口で塞いどきゃ、声も大丈夫だろ」
「え……いや……いや、え?」
「動くぞ」
「は? いや、わっ、あッ、あぅ」

 息が苦しい。考えることができない。ぬるぬるした熱いもので杭打たれて、それが何度も何度も往復して内側を焼く。いつも、気が付いたら涙声が漏れている。声というより動物の鳴き声に近い。口を押さえても外に漏れ出る呻きのようなその音をどうしても殺しきれない。だって規則的にただ行き来するだけのそれが、何故か、死ぬほど悦いんだもの。短いストロークに合わせて無意識に身体を揺らしていたのに、不意に止んで、切っ先で弱い部分をぐりぐり抉られて、喧嘩中の猫みたいな悲鳴が出た。胸が苦しい。息ができない。

「……あ、あうっ……ぅ」
「なぁ、ほら、」

 熱い息が頬にかかって、閉じていた目を開けたら、涙で滲んだ視界に綺麗な青色が見えた。興奮でゆらゆらしてる。目元が朱を刷いたように赤い。苦しそうに息が跳ねていて、汗で頬に髪の一房が貼り付いていた。払ってあげたいなぁとどうでもいいことをぼんやり思っていたら、唇に音を立てて吸い付かれて、べっと見せつけるように舌を出される。「ん」ってもう一度乞われるまま、応えて伸ばした。

「ふ、ぅ、」

 舌先同士を擦り合わせる間、揺らめくような穏やかな波で腰を打ち付けられる。追いつめるような激しいものじゃない、緩やかにじわじわ性感を高めるようなそれ。内側に抜身を擦り付けるようなねっとりした動きだった。探るように入り込んできて、それから張り出た部分で引っかくようにして抜き出されていく。何かを刻み付けようとでもするみたいに、小刻みに、何度も繰り返される。そうやって刺された杭に恥ずかしげもなくぴったり吸い付いて、絡み付いて、その内、そこで形さえ分かってしまいそうなくらい、貪欲に味わっているのは、確かに自分だ。

 腹の内側だけでも許容範囲を超えそうなのに、柔らかくて、温かくて、美味しいものに、身体中できっと一番敏感な舌先をずっと愛撫されて、だんだん欲望が剥き出しにされていく。我慢できなくなってくる。伸ばした舌を向こうに引き込まれて、唇で吸われて、ますます息が上がって、頭がどんどんぼうっと浮かされる。先端を軽く歯に挟まれて、ビリビリした。この気持ちいいのがもっと欲しい。舌先だけじゃ物足りない。でも自分が頭を持ち上げるのはあまりに辛くて、じゃあもう向こうに来てもらうしかなかった。

 のし掛かる身体に縋るようにかけた手をちょっとずつ動かして、どこもかしこも熱い肌を辿って、髪を軽く引っ張って、もう少しこっちに引き寄せようと力を込めた。動きが止まって、大人しく顔を近付けてくれて、その分ちょっと息が詰まって、堪えて、でも今度は汗にしっとりした髪が顔中にちくちく触れて、過敏になった肌にはそれすら強い刺激になる。湿った髪をかき上げるように撫でて、梳いて、普段の私みたいに後ろへ流してやって、そうしたら当惑したように離れようとしたから、追いかけるように厚い唇に吸い付いた。中に入り込んで、お返しのように固いエナメル質に舌を這わせたら、それが合図だったみたいにやっぱり開く。どこがいいのか探したくて、大人しくなった舌の上をなぞって、付け根に潜って、あちこちに舌先で触れる。厚みじゃ負けるけど長さなら私に分があるから、探し出してよくしてあげたいって仏心だったのに、内側に収まっていた分厚いのに突然押さえ込まれて、さっき開いたはずの歯が閉じて、仰天した。

「っ……い、ぁあぁっ、あぅっ」

 思わず身体全体が震えて、腹の中に収めたものをぎゅっと締めつけてしまう。伸ばした舌を自分でも噛んでしまいそうで、口が閉じられない。おかげで何もかも垂れ流しだ。今は断然私の方がうるさい。それは認識できるけど、どうしようもない。呼吸が自由にならない苦しさと、奥深くに異物感のある苦しさと、二重に意識を持っていかれる。もうダメ、もうムリ、もう限界。なのに内側でびぐんと不規則に跳ねるものは大層元気でぞっとする。揺らめくような律動は変わらず穏やかだったけど、今明らかに膨らんだ。痛くはないけどめちゃくちゃ苦しい。せめて、ねえ私の舌。離してよ。喉まで乾くし。このまま続けたら絶対君に噛み切られるよ。待って。きつい。きついって。

「んんッ……ぅあっ、はぁっ、あ、ひッあああぁ!」

 頭を振って無理矢理離れて、思いきり息を吸う。
 そうして喉を反らして、空気をいっぱいに含んだら、それを待ってたみたいに縁まで一気に腰を引かれた。内側に含ませたぬめりをかき出すようなその動きに全身が総毛立って、甲高い悲鳴が喉を割る。
 先端の、一番膨らんだ箇所が、一番窄まる部分に引っ掛かって、押し広げられたまま留まって、それがあんまり苦しくて、息をするだけで必死だった。なのに、さっきまでの穏やかさが嘘みたいに今度はぐっと突き上げられて、とうとう泣き声が漏れた。がくんと顎が反る。言い訳のしようもない、子どもみたいな情けない涙声。
 鼻にかかったその音が嫌で堪らなくて、身体を捩って顔を限界まで背けてみる。肩とシーツとで押さえ付けて、ただ息をするってそれだけに全身を使う。声を押さえようと手のひらを当てていたら、ぐっと上半身を倒してきた狼藉者に取り上げられた。開きっぱなしの脚がただでさえ痛むのに、その上二つに折りたたむみたいにされて、持ち上げられて宙をかく自分の脚を遠くに見る羽目になる。

「っ、ぅ」

 強引に重なってきた熱い生き物が、また口元に触れてくる。押さえ付けられた手首に体重がかかって苦しいはずなのに、その感覚は膜越しみたいにぼんやりしてる。身体の真ん中で繋がったところがかっかと熱くて、ひりひりして、怠くて、でもほんの少し行き来されるだけで痺れるくらい気持ちいい。もう打ち付けてくるような激しさではないけれど、昂りきった身体には身動ぎ程度でも辛かった。不規則に跳ねる、張り詰めた熱いものが、最奥を探るように動いている。そんな状態で口を吸われて、舌を合わせて、どっちも喘ぐように息をするから声だって漏れるし飲み込みきれないものだってだらだら伝ってくのに。戦慄くように唇が震えて離れる度に、上から被せるようにまた吸われて、擦り合わせるような動きにぞわぞわくる。唇の表皮がこんなに敏感だなんて知らなかった。こんなに気持ちよくなれるなんて知らなかった。

「は、ん、んぅ……あッ! ああ、あ、」

 のし掛かる重いのがようやく唇を解放したと思ったら、今度は肩口に額を押し付けるみたいに頭まで預けてきて、いよいよ死にそうになる。
 重い。
 熱い。
 私の胸で獣が息を荒げてる。吸血鬼だって容易く屠る肉食の獣。身体中が熱いけど、ふうふうと激しい息のひっきりなしにかかる胸が一等熱い。口は離れて、思いきり息ができるはずなのに、荒々しいそれに引きずられて、上手く呼吸が継げなくて、頭はぼうっと蕩けたままだ。腕も脚も脱力しきって、ゆるゆると揺すられるまま、少しだけ意識が飛んでいたように思う。

 ふっと片手が楽になって、ああ解放されたって気が付いた。
 肩で息をしていたはずの肉食獣は今は随分穏やかだ。ため息みたいに長い吐息が繰り返し降ってきて、少しだけ肌が涼しくなる。かと思えば熱い手のひらが胸に触れて、肋をなぞって脇腹に当てられて、ぞわりと背筋の震えるまま、刺激は咥え込んだ箇所まで響く。吐く息に勝手に涙声が混じって、また呼吸が苦しくなる。向こうは余裕がありそうなのに、こっちはずっとはあはあ言って、全く、いつまでも整わない。
 頬を温めてくれる分には大層気持ちがいいけれど、脇腹だとか脚の付け根だとか、そんな場所は止めてほしい。手のひらを避けたくて身体を捩るのに、そんな抵抗はささやか過ぎて何の成果も上げられず、かえって己の息が上がるだけだ。

「っ、……あぁ、あ、あ、あッ」

 手のひらは腹まで下りて、過敏になってる先端を包むように触れてくる。割れ目を押し広げるように指先で繰り返し擦られて、後から後から溢れるものを自覚する。込み上げるような、駆け上ってくるような、そんないつもの感覚なく勝手に腹に垂れてくる。色んなものでぬるついた手のひらを幹に絡められ、揺する動きに合わせて内側に溜まるものを全部搾り取ろうとするみたいに扱かれて、逃げることもできずにただ悶えた。どこもかしこもいっぱいで、いっぱい過ぎて、受け止めきれずに溢れて、実際自分の腹に吐き出して、それだけでもう意識を手放しそうになって、だから押さえられたままの手首を指の痕が残るんじゃないかってくらい強く握り締められても咄嗟に構えなかった。
 動きも息もどんどん速くなって、声も一緒に零れて、かと思ったら胸元にぐっと額を押し付けられた。呻きの混じった、跳ねるような吐息。密着した腰が派手に震える。堪えようとしただろうに漏れる声と乱れた息遣いが可愛くて、その瞬間だけは頭のどこかで良かったって思う。ちゃんと気持ちよくしてあげられたって安心する。

 そのままじっとしていてくれるかと思ったのに、別の生き物みたいにびくびく震えるものはまだ内側を擦ってきて、こっちだっていっぱいなのに。苦しい。ぜいぜい言う。もう声なんて出ない。ひゅうひゅうと高い、声とは呼べない、息の音が身の内に響く。脚も腰も背中も首も、全身が汗でしっとりしている筋肉質な身体が余韻で時折ぴくんと跳ねる。この熱は活火山を思わせる。内側からはち切れそうなエネルギーを感じる熱さ。ずっと重なっていたところは火傷を負っていたっておかしくない。身体の一番奥ではもっと熱いのがまだそれなりの質量を持って居座っている。引きずり出された暴力的な悦楽が内側に蟠って、出て行かなくて、気が狂いそうだった。射精よりずっと長く続く悦楽。こんなの受け止めきれないって毎回思う。いつも、いつだって、死にそうって思うのに、死ねない。身体のあちこちが引き攣るみたいに震えてる。他人事みたいに遠く感じる。

 こっちに注ぎ込まれた分、身体から力が抜けたのか、掛かる重みが更に増した気がして、あ、無理、もうほんとムリって思ったところに、顎をつかまれて、手付きは荒っぽかったけれど唇は優しくて、触れ合った温かくて柔らかなそれに全部受け止めてもらいたくて、朦朧としながらも口を開いたところまでは、覚えている。










×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -