Others | ナノ

 何の気なく悪びれなく、当然のように寄せられる行為に毎回血の溯りそうな動揺と胃の底をやんわり冷やす罪悪感が過ぎる。

 食べ物に齧り付くのと変わりなく自然に、それよりは遥かに加減して立てられる歯の感触にぞわぞわと背筋を駆け上がるものを身の内に留めるのに精一杯で、表向きは与えられる戯れを淡々と受容しているように見えるだろう。実際は硬直しているだけだ。


 カカロットは母親を知らない。

 当時既に物心つくまでに成長していた自分は、羊水にふやけ赤い肌をして母の腕に抱かれる弟を確かに見ている。
仮にも病院と呼称される施設とはいえ山奥の小さな集落の一角で、立ち会いなどではなく人手として駆り出された日、命を賭して命を生む凄まじい奇跡を目の当たりにした。けれど、そうして自身も死にかけながら浮世に這い出た小さな生き物が、母親に抱かれたのはその日限りだったのだ。


 じゃれるように唇の表面を柔く擦り合わせてくる温かな体に腕を回すと、近すぎて焦点の合わない中それでも陶然とした大きな目が笑みの形に撓むのが分かる。含み笑いにもならない吐息が鼓膜を擽った。猫だったら目を細めてぐるぐる喉を鳴らしているところだろう。
 大きくなったなあ。と思う。
 それでも同世代の子どもと比べると些か、いや随分と小柄なようだった。

 本人は全く気にしていないようだが父親が密かにやきもきしているのを知っている。

 早い時間から寝かしつけようと躍起になるのも乳製品や煮干をおやつと言い張って与えるのも、意図が透けすぎていて笑いを堪えるのが一苦労なのだ。


 父は決して貧弱ではなく、それなりに恵まれた(体躯云々よりも背負う威圧感のせいで実際よりも大柄に見られる)体格をしている。おまけに仕事柄筋骨たくましい巨漢を見慣れた目には、次男の伸び悩む身長が大層心もとなく写っているのだろう。
 かく言うラディッツもこの頃の自分はどうだったかなどと写真を引っ張り出して比較する程度には心配している。しかしながら気性は明朗闊達、病気知らずで食欲は常に旺盛で、目一杯動かさなければ死ぬのかと思う程に全力で日々小さな体を振るう弟を見ていると、次第に体格などどうでもいいと思えてくるのだった。合わせて頭の方も多少成長がゆっくりだろうと、まあ、いい。



 ただこればかりは不味いよなあと今は頬ずりを施されながらげんなりする。

 そろそろ思春期と呼ばれる時期を控えている筈の年だのに、スキンシップ過剰という意識すらない。個人差という言葉では片付けられない問題だと理解していた。
 何より齎される妙な感覚を昇華しようがない自分の精神的負担が当座の問題だった。とりあえず今は宿業と信じて耐えている。

 思えば赤子の頃からこうだった。
 父の股間やら尻やらを枕にしようとして蹴り飛ばされていた姿を思い返し、密着する弟に気付かれないよう小さく溜め息を吐く。あの頃は自分もまだまだ幼かった。存分に甘やかしたツケがこうして回ってくると分かっていたなら。



 いや。
 分かっていてもやはり同じことを繰り返すんだろう。薄っすらと、けれど心の深いところで確信している。

 自分は惜しみなく貰ってきた肌の温もりを、強請れば当たり前に与えられた抱擁を、弟は知らない。

 それを思えば擦り寄る熱を無碍に払うことなど出来ない。気紛れに絡み付く小さな体が飽きて離れるまで、強張りながらも結局いつだって受け入れる。


 融け合う体温に誘われたのか弟はうとうとと船を漕ぐ。丸まる背に回していた腕を胸に預けられた小さな頭へ伸ばし、奔放に跳ねた髪をあやすように撫でる、優しい指先はどこか懺悔にも似た色を孕んでいた。










×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -