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 ぷつんとした感触。ぷっくりしている肉厚な部分なのに、そこだけ不自然に窪んでいる。特に尋ねたことはないけれど、まあ何か思い立って開けたのだろうな。ロナルド君は左耳にだけピアスをする。
 ガサツな性格をしているから、付けたり外したりをマメにしている様子はない。風呂に入るにも眠るにも、大体付けっぱなしである。時々思い出したように外しては、付けるのを忘れたまま出て行ったりとかしている。今夜もそう。その内穴が塞がるぞ。

 仕事柄仕方ないとはいえ、この青二才はなかなかに不規則な生活をしていて、だからだろう。気を抜くとしょっちゅう居眠りをしている。休憩と言って眠り、休みだからと昼寝し、原稿中に仮眠と言ってソファを倒して爆睡していることもある。それはもう仮眠じゃないだろ。
 だからこんな時くらい、ゆっくり眠るといいと思う。まあ私がダラダラしたいってのもあるので、自分から目覚めるまで、特に起こしたりはしない。でも遊びはする。レシートの印字面を使って爪をピカピカに磨いてやったり、スネ毛でミステリーサークル作ったり。耳元で害のない程度に催眠かけたりもする。今月電気代上がってるけど気にしないように、とか。ジョンに無闇に甘いものをあげないように、とか。これはただの躾かな。

 耳元に触れるのは結構楽しい。何というか、指が喜ぶ。飽きずにふにふにしてしまう。ぼんやりした寝起きの頭で、ぐうぐう眠っている隙だらけの姿を見るとついつい触ってしまって、ちょっとライナスの毛布っぽい。どこもかしこもがちがちでゴツゴツだけど、ここだけは実に柔らかで、気持ちがいいのだ。
 大抵私の方がくたばっていることが多いので、こうしたチャンスは大変貴重だ。だから、体勢の問題でピアスをしている方にしか触れない時はちょっとガッカリする。今夜は迂闊ルド君が装着を忘れているものだから、穴の上からふにふにしている。内側がある程度塞がっていることは承知しているが、やはりこれは傷だなあと思う。ちょっともったいない。せっかくの柔らかな感触が損なわれる。ふっくらしたこの感触は自分にはない。確かめるように己の耳にも触れてみるが、やっぱり薄くて頼りない。

 満足するまで触れていたいものの、気を付けないといけない。やり過ぎるとできなくなる。
 いつ頃からかは覚えていないが、時々目を覚ますようになったことには気付いていた。途中から寝息が不自然に止まるからすぐ分かる。けど何を思ったのやら、どうもこのふにふには黙認することに決めたらしく、黙って好きなようにさせてくれる。まあ、短気な若造のことだから、いつブチ切れるか分かったもんじゃない。だから手を引くタイミングは慎重に図る。
 今夜は特別だから、絶対にミスを犯すわけにはいかない。
 
 しっかり寝入っていることを確認してから、そろそろと動き、ブツを手に握る。空気の動きも最小限に、再びベッドに潜り込んで、思わず漏れそうになる含み笑いを抑え込む。1/25セロリフィギュアピアスを持つ手が震えた。
 苦労したのだ。果物と比べてあまり需要がないのだろう、そもそも野菜のパーツは少ない。セロリと銘打たれていても、一目見てそれと分かる造形レベルでなければ意味がない。色味がネギだったり、チンゲンサイと間違われそうだったり、ええいもう自分で作るって樹脂粘土を検索したりしていた矢先にやっと見つかった指先サイズのリアルセロリ。最高に映える角度を計算の上、手ずからキャッチ式ピアスに固定した。我ながら最高の仕上がり。
 いざ装着だ!
 ウキウキ屈み込んで、そろりそろりと先端を埋め込ませる。角度が分からず、慎重に探りながら進めるのには、それなりに時間と集中力が必要だった。途中に何度か深呼吸。裏側で無事ポストを嵌め込んだ瞬間には喝采を叫びたかった。無理なので心の中で。
 さあ遠景で楽しもうって身体を引いたところで、目を開けている類人猿が視界に入りスナァした。ヤバい。集中し過ぎたようだ。
 こうなったら最速で報いを受けるに限る。脳筋なゴリルド君は、記憶容量の関係か怒りをネチネチ持ち越すタイプではない。一発食らえばそれで済む。覚悟を固めてせいぜい神妙な顔を作る。いつでも来い。ぎゅっと目を閉じて刑の執行を待ったのに、いつまで経っても拳が来ない。何だと目を開ければ猿人の様子はどうもおかしく、もじもじプルプル挙動不審だ。状況が掴めず出方を窺っていると、斜め上の発言が来て「は?」ってなる。

「何だよ……俺、何も用意してねえよ」

 は?
 頭打ったかと危ぶんだが、耳元を押さえて赤面するゴリラを眺める内に「あ、これ何を付けられたか分かってないな」と理解した。そりゃそうだ。手探りじゃせいぜい何かボコボコしてるアクリル製のものってことしか伝わらない。ん? あれ? ちょっと待て。まさかこのゴリラ、サプライズプレゼントと思ってる? 粋な計らいでびっくりさせようって私の純粋な善意を予想してるの? この私の?
 やっば。
 想像以上のピュア加減とこの先に待ち受ける地獄の展開に血の気が引いた。クリスマスが近いってことが災いした。そんな真面目なサプライズ、私がするわけないだろうが!


 色んなものを天秤にかけた結果、最終的に再度沈ませて証拠品を奪うという無理めのミッションを私は見事完遂させた。一度デスリセットしてなかったら絶対無理だった。死んでて正解。結果オーライ。
 しかし、ゴリラには何かを贈られたという記憶が薄ら残っていたらしい。誤魔化すのにその後しばらく苦労したし、完全に予想外の解釈をされた余波は罪悪感という形でしばらく私を精神的にすり潰しにかかった。もう装飾品関係のイタズラは金輪際しない。それなりの労力を注ぎ込んだせっかくのリアルセロリピアスは、私の棺桶で永遠の眠りに就くこととなった。





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