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 依頼があるならついていくけど、そうでないなら地味な事務作業を見守るだけなんて性に合わない。ちょくちょく引っ込んではゲーム進めて、食事の仕込みをして、ソシャゲにログインして、ロナルド君を一煽りしてとなかなかに忙しく、気が付いたら、自分のことなのに随分とサボってしまっていた。

「……何してんだそれ」
「お手入れだよ」

 この若造生意気にも、私が静かにしていると不気味に思うらしい。こうして何か作業に集中していると必ず手元を覗きに来て、余計なイタズラなどしていないか確認をする。全く信用がないな。こんな段階でバレるようなお粗末なイタズラ私はしません。
 最近まとまった時間がとれなくて手元に気を配っていなかった。爪の甘皮が随分育ってしまっている。せっせと押し上げていると、奇妙な儀式でも見守る顔をしてゴリラがあれこれ道具を触る。壊すなよ。

「なにこれ」
「甘皮を切る時に使うんだよ」
「なにこれ?」
「オイルだね。手入れの後は保湿をするんだよ」
「何でお湯?」
「甘皮を柔らかくするのに浸けるの」
「何で綿棒?」
「繊細な部分だからね。柔らかいので優しくしないと、傷付けてしまう」

 5歳児は絶賛なぜなにのお年頃なので、未知の分野においてはこのように「なになに」とうるさい。気が向いたら丁寧に答えてやる。明らかな優越性の誇示も悪くない。ああそうだ。

「君も、爪切りしたら?」

 何の気なしの言葉だった。本当に。見守るだけというのも手持ち無沙汰だろうし、ちょっと伸びていたのも知っていたし、だから君も何かしたらっていう。ただそれだけだった。なのに突然ぴたりと黙ってしまって、不審に思って顔を上げたら茹で蛸みたいな鮮やかな顔色に「え」ってなって、呆然としている間に走り去る勢いでタコは事務所に消えた。
 やってしまったと気付いたのはちょっと後になってからで、そういえば先日、奴の爪が伸びていたせいで私は死んだのだった。数ある失敗がひとつ増えただけだが、それなりに気にしていたらしい。
 直前の言葉もよくなかった。優しくしないと傷付けてしまうなんて、別に当てこすりのつもりじゃなかったのだが。
 あーあ。とは思ったものの、その後のゴリラは辛うじて平常運転だったし、まあこっちが気にすることでもなかろ、私悪くないって早々に忘れた。そして忘れきった頃に所望されてまた「え」ってなった。

「爪切りあんだろ。貸せや」

 それが他人にものを頼む態度か。爪切りくらい君も持ってるだろ。私が来る前どうしてた。口で噛み切ってたのか?
 色々と言ってやりたいことはあったけれど、まあ実際全部言ってやったけど、私はやすりを使っているから「これでいい?」って聞いたら「使い方が分からない」って途方に暮れた顔をしおったので結局手伝うことになった。
 こんな感じだよって一本だけ手伝ってあげて、おっかなびっくりのデビュー戦を見守って、ちょっとガタガタな仕上がりを見たら我慢できずに手を出してしまって、なんのかんのとその後の保湿まで面倒を見てしまった。懇切丁寧に説明してやったというのに「毎回こんなことやってられるか」って我慢の足りない青二才は自分で爪切りを調達してきたが、何故かその管理は私に任せられている。管理と言ってもただの保管だ。購入したのは自分のくせに、私に向かって「貸して」と言う不思議。

 それが災いして、いつしか爪切りの有無を尋ねるのがそういうことの符牒みたいになってしまった。向こうが「貸して」って寄って来たら、私が「そろそろ切ったら?」って言ったらそういうお誘い。
 以来、全くそんな意図がない、例えばテレビとかギルドとかで「爪切り」という言葉が聞こえると2人してそわっとする症状を患う羽目になった。態度に出ちゃったら意味ないだろって自力で気付いて然るべきだった。周囲に余計な気を遣わせないためにっていうアレだったのに。
 随分と時が経ってから「あれで隠してるつもりだったのか……」って見下げ果てたみたいな目をした同胞に言われるまで本気でバレてないつもりでいた自分が呪わしくて、精神を立て直すためには結構な長期間棺桶に引き篭もる必要があった。





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