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 きっかけは何だったかと遡っていくと、夏の暑さも和らぎ朝夕は肌寒くさえ思う、とある初秋の話になる。食後の茶があったかくて丁度いい季節だな、なんて呑気に湯気を吹いていた。
 日暮れ時の涼風を感じてほっと安らぐ心地良いひと時、俺は、唐突に的確に狙撃された。

「ロナルド君。君ねぇ、アンダーヘアくらい自分で掃除したまえよ」

 マナーだろうとその後も何やらごちゃごちゃ続けられたが、初弾のインパクトで脳が機能を停止したので入って来なかった。
 アンダーヘアくらい自分で掃除したまえよ。
 アンダーヘアくらい自分で掃除したまえよ。
 アンダーヘアくらい……えっ今こいつなんつった?

 舞い散るキラキラしたものに気が付いたのは奇声を上げ反撃に転じた後だ。振り上げた拳が、腕が、室内灯を浴びて光っている。巻き上げられたドラルクの粉塵だった。

 我に返るのにしばらくかかった。日頃からばかすか殺しているが、さすがにオーバーキルだった。さめざめと泣くジョンに謝る。反省はするが後悔はしていない。結構な時間無心ですり潰したクソ砂おじさんに謝罪する気はない。デリカシー覚えて生まれ直して来い。

「だってほんとのことだもん」

 2世紀越えてきたオッサンが可愛こぶってんじゃねえ。1ピコグラムも可愛くねえんだよ!

「もう少し言いようがあるだろうが! 人前で突然アットホームの暗黒面を出すな!」
「人前ってジョンとデメキンと死のゲームくらいしか。気にする間柄でもなし……」

 こいつに人の心を求める方が間違いなのか。仮にも吸血鬼だしな。
 いや……でも言われてみれば、確かに俺は最近掃除らしきことをした記憶がない。文句のつけようがない家事代行をしてもらっているから。クソ砂クソ雑魚クソおじさんが転がり込んできて以来、足裏がざらついたこともない、部屋の隅で埃が西部劇のアレみたいになってるとこも見ない、洗濯物が溜まり過ぎてカビるなんてこともない。
 不味い。段々向こうに理がある気がしてきた。
 ウチを乗っ取らんばかりの姿勢がアレだし面白がりの被害が酷いし、有難いばかりじゃないもんだからついつい態度が悪くなる。


「君さぁ、トイレに入った後便座を直しておくとか、お風呂場を出る時に軽くでいいから掃除するとか、そんな文化知らないんでしょ」
「いや……野郎しかいないこの環境でどこにその必要性が」
「はい出た。お子様童貞の気配りゼロルド君。だから君はモテないんブェエーッ!」

 やっぱり言い方酷くね? 今日はやけに絡んでくる。殺されに来ているとしか思えない。

「言いたいことがあるならハッキリ言えや! 何なんださっきからネチネチと!」
「最初からど直球でハッキリ言うとるわ!」

 君は周囲への気遣いが無さ過ぎる! 自分の行いを自覚しろ!

 明らかに使用済みのお掃除シートを眼前に突きつけられ殺意を催すが、見れば確かに自前のあれこれ……こいつとは色が明確に異なるので否応なく落とし主が分かってしまう。

「とにかく。いくら独り身とはいえ、君だけが暮らしているわけではないのだ。もう少し注意をはらいたまえ」
「悪かっ……いや開き直りの居候が偉そうに説教してんじゃねえ!」





 百万歩譲って、自分で防げそうなところは努力しよう。確かに目に入って快い気分になるもんじゃなし、誤って依頼人の目にでも映ろうもんなら結構まずい。マスターの言うようにご当地アイドルっぽいところもある、退治人は基本人気商売だ。SNSで全世界に発信されたらコトである。イメージが死ぬ。

 俺だって妹がいるんだ、実家ではちゃんと便座のマナーくらい心得ていた。家を出てから結構経ってるし、最近は確かに気にしていなかったかもしれない……落ち着いて考えれば割と正しいことを言われているのだが、何か無性に腹が立つ。もうちょっと相手の気持ちを慮る言い方とかできないのかクソ砂おじさん。できないんだろうなクソ砂おじさん。
 大体裸でウロついてるわけじゃなし、トイレを除けば条件としてはそう変わらないはずである。こうなったらこっちだって突きつけてやる。ひと様にあれだけ大上段に振りかぶってものを言うんだ、さぞかしテメェはお綺麗な暮らしぶりなんだろうなぁ!





「君の視線が最近怖いんだけど」

 心なしか身の危険を感じる、などと続けられ「は?」ってなる。

「殺意なら常に漲ってますけど」
「そういうのじゃなくてね」

 何で最近私の股間ばっかり見るの?

 ……………………。

 ハッ!
 やべえ。オーバーキルリターンズ。気が付いたら念入りに挽いていたクソ砂おじさんは、随分サラサラになってしまっている。遠くまで散らばった分をジョンが泣きながら集めていた。ごめんねジョン! ああ、小さなお手手が汚れちまう……

「これ私怒っていいよね?」
「それを言うなら俺はお前を叩き出していいよな?」

 こほんとわざとらしい咳払いをする砂。もとい妖怪押し掛け砂おじさん。私がいなくなれば君だって困るぞ、などと口を尖らせてブツブツ言う。実に腹立たしいことに、確かにそうなのだ……クソ。


「ねえ、君、もしかして無自覚なの? 余計怖いんだけど」
「しつけえな。百億歩譲ってそれが正しいとして、身の危険云々になる発想がきめぇ」
「何でそんな当たり強いの? 何を頑なに守ろうとしているの?」

 そんな露骨に見てたか? ヤバい。マジで気付いてなかった。心中滂沱の汗を流しながらも、こいつの前で認めてなるものかと虚勢を張る。成功しているかは怪しいが俺の精神衛生上の問題でここは譲れない。守りたいのは俺のプライドだ、分かったかクソ砂おじさん。

 いやだっておかしいんだ。面妖。奇奇怪怪。何でこいつのアレは見当たらない?
 ヒナイチがぱかぱか気軽に出入りするから事務所の床付近はそれなりに風が起き、埃は壁際に寄っていく。事務所にはねえだろと思いつつもその辺を探索すれば、集まるのは俺の多分髪、多分脛、多分ジョンの腹毛……はご褒美だからいい。ていうかマジで俺の抜け毛多くて軽く恐怖を覚える。こんな抜けるもんだっけ? 秋だから冬に備えて生え替わるの? ヒトの換毛期っていつ? この分ちゃんと生えてきてんの?

 てな具合に思わず本題から逸れてしまうくらい、こいつの落とし物がなかったのだ。意地になってそのままよく陣取ってるテレビ前、ソファ、洗面所、浴室、こっそり棺桶まで調べたのに収穫なし。え、吸血鬼って毛抜けないの?
 いや髪の毛は見たことあるぞ。洗面所でだったと思う。あと棺桶にも落ちてた。けど本当それくらいしかない。代謝の問題かもしれない。爪とかも伸びるの遅いらしいし。だとしても、下だけただの一度も見かけないというのはあまりに不自然過ぎる。だって探索中自分のだけは見つかるのだ。ということは自然、そういう結論しか導き出せない。
 畢竟、俗に言う白板。無毛地帯。おじさんあそこに何もないのでは?



 至ってしまったもののその凄まじい仮説に我ながら引き波のようにドン引いて、忘れよう忘れようと必死こいて暗示をかけたのに。必死になればなるほど、脳に繰り返し刷り込まれてしまった。無意識に目線がロックオンされてしまうって、それはかなり重症だ。

 ここを乗り切るにはもう正直に真っ正面からぶつかるのが正解かもしれない。下手な小細工を弄すると、200歳越えの砂塵吸血鬼に淫らな行いをした容疑云々と週バンですっぱ抜かれかねない。こいつとカメ谷ならそれくらいやる。よし、さりげなく、真っ直ぐに。
 決めてしまえば肚は据わる。

「なあ、お前って下の毛生えてんの?」

 のたのた再生していたはずの痩躯は再び重力に従ってサラッと崩れ落ちた。そのまま動きがない。
 え、ジョン、何でそいつ庇ってんの、何も攻撃加えてないよ。構えてもないよ?
 よく見るとじりじり後ろに下がっていく砂のアメーバみたいなのに合わせてジョンも後退していく。あー……これは、多分、失敗だ。
 違うんだ! 誤解だジョン!



「仕事に追い詰められてついに発狂したかと」
「狂ってんのは仕事の方だろ! 俺はいつでも至って真面目だ!」

 とはいえ自分の発言を思い返すと穴を掘って潜りたくなる。マジでどうかしてたんだ……しかし言っちまったもんは戻らない。酷いセクハラよねーっとか、オネエな感じでジョンを巻き込みこれ見よがしのコソコソ話をする吸血鬼が大層ムカつくが自業自得だ。言葉を尽くして他意はないことを全力で示した。証拠を突きつけて反駁してやりたかったという思いまで詳らかに説明して、やっと理解が得られた次第である。

「君らしいっちゃらしいけど。何で私にだけそんなに負けず嫌いなんだ」
「自分の立場冷静に考えたことある? 押し掛けパラサイト砂おじさん」
「……残念童貞男子」
「200歳越えの脛かじり」

 終わりなき抗争になだれ込みそうなところを、珍しく向こうが「止そう。不毛だ」と断ち切った。

「君って男はそこそこ優良物件なのに、デリカシーの面で良さを損なって余りあるな」
「総合マイナスって言ってんじゃねえクソ砂。言っとくがデリカシーの辺りはブーメランだろ。誰が振ってきた話題だと思ってんだ。殺すぞバカ」

 だからやめなさいって言ってるのに。吸血鬼は額にうっすらと血管を浮かせて、口の端をひくりと吊り上げた。牙が丸見えになると、それっぽく見えるから不思議だ。そうだ、こいつは吸血鬼。逆に言えばもはやそれくらいしか吸血鬼の要素は残っていない。

「私はそれなりに高貴な高等吸血鬼なのだよ。育ちがいいんだ」
「自分に力がない奴のお家自慢は寒いぞ」
「自慢じゃなくて事実。話を戻すぞ。そんなわけで、そういう下衆な話は、仮にお付き合いしていたってわざわざ口に上らせるようなことはしない。品位を疑われる」

 だからね、と続く。

「君が生涯私と添い遂げると誓うなら、その内知る機会もあると思うよ」

 血管浮かせたままにっこり笑って威嚇しやがった。こいつも切り返しのバリエーションが豊富になってきたな。短気なままだといよいよ口で勝てなくなる。口の端が震えるのを自覚しながら「ほお」などととりあえず声を出す。

「じゃあ生涯を誓う前提で早速お付き合いさせていただきましょうかねオラァア!」
「ギャーッ! ケダモノーッ! お付き合い当夜に着衣を剥ぐヤツがあるかーッ!」


 私のカラダが目当てだったのね! とかほざく口がどこにあるのかはもう分からない。この勝負、さっさと塵になって逃げたこいつの負けだろう。何の勝負なのかは頭に血が上ってる今はさっぱり分からない。

 以降、1週間を皮切りに、1カ月刻みで「お付き合い記念日」と称して食事とおやつにテーマを盛り込みやがる粘着砂おじさんとの仁義なき耐久戦が始まることとなった。いかにしてスマートに相手の精神にダメージを与えるか、互いにしのぎを削り合う日々は現在に至るまで続いている。


 どちらかが「この遊び止めない?」と言い出せばきっとすぐ終わったろうに、何の意地を通しているのか当時の気持ちを思い出せないまま、何か銀婚式を執り行う羽目になった。色々おかしいことはありますが、最終的に疑惑は晴れることとなったので、総合して俺の勝ちってことでいいと思います。以上。





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