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 こりこりこり、と音がするから目が覚めた。
 何だろうと思って顔を上げようとするのに、起き抜けだからかまるで力が入らない。どうにかこうにか瞼を持ち上げると、晴れているようなのに、周りの明るさと不釣り合いにここだけしんと暗い。でかい影が覆い被さっていて、そこから垂れる長い鬣が光から自分を隔てている。天蓋付きの寝台ってこんな感じかもしれない。こりこりこり。音はずっと続いている。ゆっくりと頭を動かして初めて、自分が足先から齧られているのに気がついた。何だよ、と思う。
 何だよ。何すんだ。
 声に出すと音が止んで、ぴたりと口を閉じたでかいのが気まずそうな顔をする。そんな顔をしたって駄目だ。多分けっこう前から音は響いていたんだろう、齧り跡はもう膝の辺りにまで届いている。不思議と痛くないもので、少し考えてから、別にいいかと足から力を抜く。喰わせてやるって約束したことだってあったし。上手いことのせて、いっぱい助けてもらったし。嫌じゃねえし。
 別にいいか。

 しばらくうろうろと視線を彷徨わせ、子どもみたいにそわそわ落ち着きなく身体を揺らしていた影は、しばらくこちらの様子を伺っていたようだった。目を閉じて、脱力して、また寝入ってしまいそうなくらいの時間が経つ頃にようやく、騙し討ちはないと確信できたのだろう。またこりこりこり、が始まった。いつだって堂々と自信満々なコイツには珍しく何だか遠慮がちな、さっきよりもささやかな音だった。
 それでも途切れることないそれを、自分は少しだけ安堵するような気持ちで、夢うつつの中、聞いている。





「とらー」

「……」

「とらって、なあ。お前さ、寝てるうちにこっそりオレを喰ってたりしねえよな?」

「……あァ?」

 ぎゅうと寄せられた眉間に硬貨が挟めそうだ。何やら言いたげに口を歪めたその顔には「コイツは何言っとるんだ?」と書いてある。不審も露わにジロジロ上から下まで睨めつけてきて、

「…………寝過ぎて脳みそ溶けたかよ」

「喰ってねえよな?」

「ねぇよ! クソが!」


 突き付けられた穂先から思いきり顔を背け絶叫している。逃げられないようにと思って踏みつけていた足先から足をどけて「そうだよな」と一人頷く。
 とらは「何なんだよ」とか「おかしいぞお前」とか「できればとっくにやっとるわ」とか聞こえよがしにブツブツ零している。対して何も言わないオレを、とらは、気味悪いものを見るような目で遠巻きにしてきた。それを見て短気な振る舞いを少しだけ反省する。でも寝込みを散々襲われて、死にそうな思いだってしたことがあるのだから、これくらい当然の報いではないかとすぐに思い直した。


 ぐるぐるもやもやと、渦を巻いていたものが形を成していく。ぼんやりとしたものが疑いになっていく。さては、コイツめ、手を変えたのではなかろうかって、オレは疑っている。

 狡猾だと評したのは誰だったか。大きさだって自在で、何に化けることも、演技で人を油断させることだってできる。
身体そのものでなくて、別のものから先に喰うことだってできるのではないか。だって、だとしたら不思議じゃない。
 ひと様に悪さをしたならば、迷いなく滅ぼしてやる。でも自分に向けられた爪を牙を、避けて退けて立ち向かえるか、今はあんまり自信がない。夢で感じた「別にいいか」という感情が、夢から覚めても胸にあるのがオレのせいじゃないとすれば、きっとコイツのせいに他ならない。










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