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 元々は端正な造作なのだ。それを自らだらしのない面に崩した(てい)である。死んだ魚みたような目を収めた縁から力は抜けきり、垂れた目尻から人が受け取るものと言えば怠惰、放埒、傲慢、碌なものではない。もっとも気抜けした面立ちは人当たりの良さという美徳を行使するらしく、子どもや動物には受けがいいようだった。


 稀に張り詰める時がある。


 怒ると露わになる素地に茫と見惚れていると、容赦のない拳が頬に熱いベーゼを施す。頬骨と拳骨が擦れ合う鈍い音と衝撃が身内に響いた。青筋の浮いたこめかみに引っ張られ切れ上がった眦はくっきりと朱を帯びており、眉間は怒りに緊張している。紅潮した頬はこんな場合でさえなければ実に坂本の欲を煽ってくれるものなのだが勿論そこまでの余裕はない。自在に歪み留まる事なく動き続ける唇は日頃蔗糖ばかりを摂取する割に物騒に尖った声音と言葉を吐き出していたが、内容は頑是無い子どもさながらの幼稚さだ。

 どう謝り誠意を示すべきなのか自明というのに、興奮で火照り綺羅綺羅しく光る貌を見ていたいがため阿呆のように(事実呆けている)言葉を発しない坂本を周囲は大層被虐性の強いこと、と見ている。心得ているのはかつての同士たちだけだった。此処にはいない。




「……そろそろ、戻ってもいいもんかなぁ」

 神楽ちゃんが遊びに行ってて良かった。ひとりごちるのは万事屋の助手である。彼が最後に見た居間においては珍客に甘味を台無しにされた事務所の社長が鉄火な啖呵を弁士顔負けの滑らかさで捲くし立てていた。傍から見れば、チンピラ同然の姿も口上も一向に介せずぼんやり口を開けていた客人はただ圧倒されている。
 ……ように見えた。

 彼の掛けていた、その色眼鏡の所為だろうか。助手は悩む。

 旧知の仲とは聞いている。
 愉しむ、とは全く別物かもしれないが、どうにもあれが双方許容の内で繰り広げられたもののようにも、見えたのだ。今あれを止めたならば自分だけが馬鹿を見る予感が足を事務所から遠ざけ続けている。


 多分、足のいう事を聞いた方がよい。どこぞの監察方と同じく、報われる事は少ないにしても勘はいい方なのである。溜め息を一つ吐いて、肌で空気を読む己の体質を少し厄介に思った。










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