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 犬を飼うことにした。

 明確な目的も意思もない。場の勢いに任せて決断を下すその瞬間まで、自分が生き物の世話をするだなんて全くの想定外だった。泥濘の中、射込むように此方を見据えてきた目に興味を呼び起こされたというのが何よりの理由。鮮烈な意志を持った視線に、胸に重い一突きを喰らった心地がした。「暇つぶしになるだろう」という目論見もあった。何せ倦むような退屈がことあるごとに人を死なせようとするものだから。刺激を得たかったというのも理由の一つ。噛み付き癖が酷いと念を押されても気にもとめなかった。

 一晩を共に過ごして、生き物を引き取るということは想像以上に手間がかかるものだと実感する。
 煩雑な手続きは全て人に押し付けたが、揃えた道具を用い生活を管理してやるのは自分しかいない。手始めに首輪かと嵌めようとしたところ、それだけで随分と傷をつけてしまった。健康状態は申し分なさそうで、ただし血の巡りはどうにも悪い。主人が誰なのか、自分の置かれた状況を把握しているだろうに、理解していない。首輪ひとつでこの騒動。一瞬何もかもが面倒になり、捨てちまおうかという思いが過ったが、怯えを滲ませながらも反骨精神を滾らせて睨んでくる目には相変わらず惹きつけられたから、ため息を吐いて許した。



 当座の住処にと用意した場所へ連れてきたその日から、無駄吠えがひどかった。言って聞かせても聞き分けがなかったので、仕方なく痛みと共に教え込むことにした。しかしやはり飲み込みは悪く、何度打ち据えても治らない。仕舞いには隙を見て噛み付いてくる始末だった。あまりにも過ぎた態度に灸を据えてやろうときつく叱った日から、聞き分けは酷く良くなった。胸のすく思いは束の間、目線の全てを恐怖が占め始めたことを惜しいと感じた。こちらの一挙手一投足にびくびくと反応を返す様は見ていて愉快なものではない。

 生き物を懐に入れるなんて酔狂に手を染めたのは、腕っぷしでもましてや姿形でもなく、強靭な意志に裏打ちされた狂気をその目に認めたからだ。泥の中生き汚く這いずることも厭わない、周囲の全てが敵に回っても戦うことを諦めない、己の身を切らせてでも相手の喉笛に喰らい付く苛烈な覚悟──囲ってみれば呆気なく草臥れてしまったそれから、寄せていた関心が抜ける音すら聞こえた気がした。失意を晴らそうと、伺ってくる卑屈な目を捨て置き外へ出ることにした。





 そういえば犬を飼っていたんだったと思い出したのは、なかなかに骨のあるサマ師をひん剥いて毟り尽くした後だった。
 勝負の瞬間の高揚はとうに引き、さて何か腹に入れるかと店に足を向けたところで不意に思い出したのだ。夜を跨ぐことがさほど苦にならない体質なので日付の感覚は明瞭ではないが、数日は過ぎているだろう。死体を作りたいわけではない。呑み屋街へ向けていた踵を返した。


 瞬間、「やられたな」と「やりやがるな」という二つの思いが浮かんだ。
 扉を押し開いたその時点で異常を感知した肌がビリリと痺れる。咄嗟に踵に力を込め上半身を反らせたその後を綺麗に軌跡が追いかけた。ごっ、鈍い音が振動を伴って響いた時には確かに自分は驚き、そして昂ぶっていた。そんなことを意識する前に体は半ば反射で動き、目の前に無防備にさらされた腹部を深く抉る。耳障りな音を散らし取り落とされたのは、以前この部屋を使っていただろう住人が置いていった金属製の物干しで、そういえば処分もせずにベランダに置いていたなと思い返した。成る程、今ここにあるものの中では最も殺傷力に富んでいる。ろくに食料も与えられず衰弱した身でさえなければ、あるいはこの企みは成功したかもしれない。

 身体をくの字に折って悶える犬の長い髪を掴んで引きずり倒しながら、初見で抱いた熱がぶり返してくるのをくっきりと自覚していた。



 幾度とない打擲よりも一度の辱めの方が効くことは分かっていた。
 業を煮やした二日目の夜、施した仕置きは、それまで燃え盛っていた犬の反抗心を根こそぎ(少なくとも表面上は)拭い去った。そうして怯え、服従するふりをして、虎視眈々と自由を狙っていたこの野生を、どこまで叩き潰せば再起不能になるのか試してみたい気持ちに駆られる。衝動は自分自身にも コントロールが利かないほど強烈な欲求だった。

 緊張しきって張り詰めた身体からは鼓動さえ空気を通して伝わりそうで、吹き出した汗が肌をしっとりと光らせている。裏返したまま背後から首輪を引き絞り、項に歯を立てると、筋肉が強張り背が反り返った。相変わらず喧しく吠えるが声音は恐怖で裏返っている。一度目とは違い、何をされるのかが明白だからだろう。組み敷いた全身が異常なまでに震えていた。





 外側から無理やり性感を高め、内側を嬲り倒して、喘ぐような罵倒から一転してあえかな泣き言しか吐き出さなくなった頃、自分しかこの世に頼るものがないこの生き物に愛着のような情の湧く心地がした。喉を晒し、腹を見せて、脚を開く無様な姿に衝動が突き上がる。
 凶暴なまでに強いそれに逆らわず一気に身を沈めれば、文字通り引き裂かれるような悲鳴が犬の喉を割る。串刺しにされ、一切の抵抗を忘れて泣きじゃくる肢体を思うさま揺さぶって強引に欲を叩きつける度、押し出される声はどんどん小さくなっていく。その内甘えるように鼻を鳴らして、啜り泣きを始める。

 幾度目か熱を吐き出した後、緩慢に息をする身体から引きちぎるように首輪を剥がした。散々引き回したせいで擦れて付いた痕をなぞるように舌を這わせ、ぴくぴくと反応を返す場所により濃い痕を残す。
 従順に腹を見せたフリをして、伏せたまま舌を出しているのか、爪を研いでいつかこの首を掻き切ってくれるのか。此方が牙を抜くのが先か。この犬に皮の首輪は必要ない。それより楔を打ち込む方がいい。あと何度で陥落するのか。沸き立つ思いに任せ真っ赤に染まる耳朶に噛み付いた。










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