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 いつか生まれたところへ還る。分かっている終末に向かって歩んでいるからこそ、この身はここに在ることが許される。



「あたしたちにとっちゃ、はたメーワクな話よね」

 滅びたいなら勝手に滅べばいーのにと軽い口調で突き放されるのはいつものこと。魔族の存在意義がこの世界の全てを無に帰すことだと彼女は既に理解している。自分たちが魔族にとっては絶対的に弱くて脆い、餌でしかない立場も。

「ええ、まあ」

 にこやかに「ヒトが肉を狩ったり魚を追い回すのと全く変わらないと思いますが」と続けると彼女は笑いながら片眉を上げた。これは他人の揚げ足をとる時によく見る癖だなと、分かる程には自分たちは一緒にいる。

「そうよねー。あんたがいちいちムカつく言い方してひとの神経逆なでするのも、さんざんパシリやらされてひとを騒動に巻き込むのも、あんたたちが生きていくのに必要だからだもんねーっ」

「ご理解とご協力恐れ入ります」

「自分よりはるかに弱いもんをいびり倒して恐怖を味わわせるなんて、厭らしいったらないわ」

「盗賊いびりは弱いものいじめではないのですか?」

「悪人に人権はないの」

 間髪入れず返ってきた答えが予想通りすぎて思わず笑った。



「第一ね、あたしは筋一本葉一枚豆一粒だって無駄にしたことないわ。それが命の対価、礼ってもんよ」

 言外に「あんたたちにはそれがない」と突きつけたつもりらしい。そんなことはないのだけれど。礼を言うのは吝かではないですよ。僕がそういうこと言うと相手は更に怯えるか逆上するかで尚よろしい。絶対的で遠い存在に互いの理屈は通じないんです。それだけ。
 言い分を声に出さずに並べていると、前を行く彼女は「ねーちゃんに叩き込まれたのよね……」と遠い目をしてぶつぶつ言い始める。歩きながら回想に入ってしまった少女の数歩後ろを同じように歩きながら、いつかこの器に降りた全ての存在の源に思いを馳せた。生き物は生き物を食らって生きるようにつくられている。そんな風につくられた。歌うように呟いてその事実に浸る。

 何をお望みなのか、あまりに強大で虚ろな存在を推し量ることなどできようはずもなく、しかしほんの一時にせよそれ自体の気配にこの身を灼かれた自分には何となく理解できる気がした。

「リナさん、知ってますか」

「なにをよ」

 少女は億劫に思っているのを隠そうともしない。緩慢に振り返るその横顔に語りかける。交通の要所とはなり得ない寂れた街、一軒だけあるというマジックショップに向かって歩いている。人目があるわけではないがわざとらしく声を潜めて囁いた。

 巨大な水槽で魚を飼うときは、捕食者となるより巨大な魚を一緒に入れた方が相対的に長生きするんです。何の脅威もなくのんべんだらりと惰性で存在するものは、比較的早く死んでしまう。生きるために足掻く思いが、生を一層輝かせるんです。一部の仲間の犠牲のもとにね。

 マントと長い髪に邪魔されて、横顔のほんの一部しか見えないが、彼女が嫌そうに顔を歪めているのはよく分かった。多少は意識に引っかかったらしい。けれど歩調を緩めることはない。

「そうね。確かに理不尽な目に遭うとこなくそ! とか闘志燃やしちゃうし? 大人しく滅ぼされる気なんてこれっぽっちもないし」
「生きるものと滅びを望むものが一緒に在るってのは、それは仕方ないわよね」
「それにしたって世界を自分の実験場みたいに喋るゴーマンさ、鼻につくわねー。つくづく、魔族らしいっていうか」
「ほんっと相容れないってわけね」

 視線を前に向けたまま言葉だけを投げてきて、後は足を速めた。ご機嫌を損ねてしまったらしい。
 人の足で歩いても端から端まで僅かなものだ、そう広い街ではないし間もなく目的地に着くだろう。黙りを決め込む少女の後ろ頭を見るともなしに見ながら足を動かす。

 上には上がいる。自分はそれをよく知っている。畏れを知っている結果として、長々と存在を長らえている。それで、退屈、という気持ちを知っている。
 小さくて脆いのに鮮やかに光る、苛烈な命の奔流。
 ちっぽけなはずの生あるものが足掻いて勝ち取ってきた命、それを目の当たりにした瞬間の高揚を、この胸を切り開いて見えるものなら見せてあげたかった。

 関わりたくないな。遠巻きに眺めるだけならいいかなという思いとともに、この命が鮮明さを保つならいくらでも脅威になろうとも思う。諸刃の剣のようなひと。楽しませてくれるけれど、いつこっちに向かって刃が落ちるとも限らない。

 多分自分は浮ついている。退屈しのぎができて嬉しいから。

 それだけではない何かがあると気付いていたが、追及するとこの身が危うくなる予感に冷や汗をかく思いがしたので、蓋をして細分化は早々に諦めた。
 やはり蜜が甘いほど、リスクは大きいものらしい。










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