「浮いちゅうみたいじゃのぉ」
生暖かい風が堂内の淀んだ空気を動かしていく。重みを感じない細い猫っ毛が靡く。障子を立てないのは篭もる血臭を厭うてのことか。五体に染み付き馴染んだそれが今更鼻腔を刺激するには難しいだろうが。
そう古くもないのに洗い晒してごわついた羽織を下敷きに、甲冑を取り去った体躯は案外頼りない。当たり前だ。ただの餓鬼だろう。背負わせた二つ名の所為だ。
別に張り上げたつもりはなくとも四方に壁のある場では坂本の豪放な声はいやでも響く。寝転んで束の間の午睡を愉しんでいたらしい銀色の頭がごとりと落ちた。殆どが瞼に隠された眸子がほんの僅かな間入り口を向く。直ぐに伏せた目つきはそれでも睡余からは程遠かった。
肌に刀にこびり付いては乾いて泥む、血に似ていると坂本はにじり寄る。茜の虹彩が囲む中暗赤色の瞳孔が沈んでいた。薄っすらと細い血の透ける白目が青みを帯びているせいで、余計に深く滲む赤。
「……なァによ」
頬を挟んで瞳をまじまじと覗き込んだら煩わし気に首を揺すって逃れようとした。声だけは寝起きさながらに掠れて聞き取り辛いが、思えばこの男は普段からはきはき喋るような奴と違う。
「ん。におうぞ」
だらりと弛緩した体が身じろぐ。
淀んだ空気に混じる。
間近に纏う血臭も死臭もとうに潰れた感覚では拾えない。首元に鼻筋を擦り付けて漸く汗と体臭を感じる。
どこもかしこもただの餓鬼だろう。
髪も肌も着物すら白い所為で重みがない。瞬く度に震える睫毛まで。押さえていなければ飛んでいってしまいそうだ、訳の分からない焦燥に胸の内を引っ掻かれる。寝そべった体に腕を無理やり回して確かめるように抱き込んだ。内に入り込んで肺までを満たす細いけれども重たい匂い。喉の鳴る気がした。一寸先も分からない当て所ない中で燻るものはお互い様だ。
白い男が「痛い」と零した。