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※とってもパラレル





 カルラが子を産んだ。

 初産だったこともあり、いざ出産の日を迎えるまで必要以上にハラハラした自覚はある。仕事中というのに気もそぞろで、部下に気遣われる有り様で。やっと迎えたと思ったらひどい難産だった。長い時間苦しむカルラを見守る中ようやく外界に産まれ出た一匹目は脈がなかった。二匹目が産まれ終えても、ぴくりともしない。苦しそうな呼吸を繰り返すカルラの脇で半狂乱に陥った。

 全身がうっすらとピンク色で、まだ毛並みさえ分からない。糸のように細く頼りない爪。塞がった柔らかな鼻の粘膜。この世に触れることさえなく腹の中で途絶えた命は本当に心許ない風情だった。体にまとわりついた羊水と胎盤の残骸を舐め取られても身じろがない一匹目。



 緊急の事態に心は冷えても体は勝手に動いた。心得のある人間に指示を仰いで、逐一状況を説明する。一匹目の鼻に詰まった羊水を遠心力を利用し取り除き、湯を準備してマッサージを施した。「戻って来い」と念じてひたすら繰り返す。冷めた湯を取り替えて、鼓動を取り戻そうと心臓に祈りを込めた。
 この世に生きたら必ず死ぬ。沢山の生き死にを見て理解した絶対のルールだ。けれど光を浴びることさえ叶わないのはあんまりだ。与えられた以上生きるために足掻く権利があるはずだ。
 足掻けと祈った。

 ぜっぜっと、死にそうに苦しそうなカルラの横で、産まれてくる子犬も、俺も、みんな必死だった。





「いや。思い出すだにあの取り乱しっぷりはすごかった」

 いくら最初のお産で心配だからってさ、自分が産むわけじゃないのに予定日までソワソワ落ち着かないわ貧乏揺すりうるさいわ仕事中にしれっとネットで犬グッズ物色するわ本当にすごかったねえ。産まれたら産まれたで「息してねえんだよ!」って、人を叩き起こしておいて「どうすればいいか逐一指示を出せ」とか。確かに私は獣医学部にもいたよ、でも臨床専門じゃないのにさ!



 茶を淹れて庭先に出たら、いつの間に入り込んだのか勝手に椅子に掛けてベラベラ喋り倒すハンジがいた。無言で椅子ごと蹴倒す。椅子を直すため屈んだらすり寄る毛玉につまづきそうになった。

「おいエレン」

 喜びを全身で表してぐいぐい鼻面を押し当ててくる明るい茶の毛並み。待てと手で留めてサーモマグをテーブルに置いたのち、両手を使って存分に撫でる。満足げに目を閉じるから白い眉間から鼻筋までをゆっくり辿りすべらかな感触を楽しんだ。ブラッシングを念入りにしている甲斐がある。

 静かだしいつまでも起き上がらないなと思っていたら芝生に倒れ込んでいたはずのハンジはうつ伏せに肘をついてニヤニヤしていた。条件反射で苛つく。

「不法侵入で訴える」

「何で〜。せっかくエレンに愛されてるよって教えてあげてたのに」

 本当に元気になったねえと目尻を緩める様は声音だけでも伝わった。こいつなりに気にかけていたことは知っている。

 エレンが息を吹き返した時は感極まってうっかり泣きそうになったことを思い出す。ハンズフリーにしていた携帯端末はこいつに繋がっていたわけで、錯乱も動揺も悲壮も安堵も全てが筒抜けだったわけで、今更ながらどんな面をしてよいやら分からず無表情になるしかない。

 触れられることが心底嬉しいらしい、仔犬は濡れた鼻先を乾いた手のひらに押し付けてもっと撫でてくれと乞うている。やや乱暴な手つきで首周りをかき回しながら、ハンジに説法は必要ないと鼻を鳴らした。
 愛なら毎日伝えている。










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