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 記憶に直結している匂いがある。

 人波の中で覚えのある香水の匂いに振り返った。白昼夢のように記憶が蘇って、柄にもなく胸を圧す痛みを覚える。母が纏っていた香りだったからだ。花を蒸留して作られたそれだけじゃなくて、日の下で干した洗濯物、煮込んだ野菜、色んなものが混じり合ったやわらかな匂いだ。

 帰る場所にはいつでもその匂いが共にあった。門限をうるさく言い含められた子どものときの記憶。言いつけをしょっちゅう破って沢山怒られた。どんなに遠くにでも不安を感じずに出かけていけたのは、安心して帰れる場所があったからだった。

 今は思い出だけが拠り所だ。それでも十分だと思う。
 鼻腔を刺激した香りはとても優しいものだったのに、鼻がつんとして目は熱くなった。










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