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 その瞬間フラッシュバックの如く蘇ったのはいつだったかテレビで見た映像だった。

 サファリパークに乗り入れた4WDが数頭のライオンによって無残なまでにべこべこにされるという、見るものの、いや狩られるものの根源的な恐怖の扉を嫌でも全開にさせる忌まわしい記憶である。破壊されもぎとられたバンパー。日光を弾いて輝いていた板金はそのナイフのような爪と牙によって布切れか段ボールのようにあっさりと裂かれ、最終的に空気穴を開けられたパイよろしくぼこぼこの穴だらけにされていた。何より肝を潰された事実はライオンからしてみればじゃれ付いていたに過ぎないという現実である。
 哀れ獣の王者になぶりものにされた元はピカピカだった4WDは、最後のショットでは心なしかぐったりと項垂れていたように見えた。

 走馬灯よろしく過去の追憶に身を浸し意識を飛ばしている間も生きとし生けるものの王者キレネンコによる接触は続いていた。それはいわゆるステディな関係ならばごくごく当たり前の一般的な抱擁と愛撫でしかなかったけれど、一般的という枠にとらわれているプーチンに対して、相手は枠からすり抜けるとかはみ出るとかいったレベルを超越し枠を粉砕して亡き者とするような王者なので、そうした普通の解釈をして納得していると大変な危機に繋がりかねないのである。

 恐怖に硬直した体の感覚は遠く、しかし今のところ特に痛みはない。けれど油断はできない、脳内物質によって痛みが勝手に緩和されているのかもしれない。解放された途端にどっと襲ってくるかもしれない。想像が悪い方悪い方へとひた走っているプーチンに頓着することなくキレネンコは欲求の赴くまま自分のものと異なる手触りの毛並みやら皮膚やら体温やらを心行くまで堪能している。


 ところで、離れた場所からその光景を目撃した某人物はオオカミのエピソードを思い出したと後に仕事仲間に語っている。曰く、オオカミに限らず野生の生き物の感覚は非常に優れている。一瞬で獲物の頚椎を砕く牙はしかし非常に繊細な力加減で以ってコントロールされており、割れやすい卵を銜え無傷で運ぶことだって可能であるとか。

 起こした暴力事件は数えるのさえアホらしい、巻き込まれればとんだ災厄をもたらされるであろう、何がなくとも半径30メートルは隔てておきたい、そんな危険極まりない凶暴凶悪な人物にも細やかな心配りのできる相手がいるのだなあとほんのちょっぴり微笑ましい気持ちになったそうだ。










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