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 意を押し通すのに行使される圧倒的な膂力だとか生き物離れした反射神経だとかが鮮烈過ぎて分かり辛いものの、基本的に彼は相手の意を汲んでくれる男だ。こうしろああしろと細かく定められた監獄での規則にも案外マメに従っている。起床時間に沿って起き、彼なりの労働に従事し、消灯時間には就寝して。
 要求が彼にとって我慢ならないことでさえなければ、大抵は静かに受け入れる基本的に穏やかな人物なのだ。我慢ならないラインが結構低いのが玉に瑕とは、まあ蛇足だろう。
 畢竟こうなったのは自分が望んだせいなのだろうと思う。



 自覚なしに飢えていた体は熱とぬめりを与えられて発火しそうに火照っている。荒くなる息を殺そうと両の掌で口を覆っても血液が心臓から押し出される度どくどくと体中に響く音がいよいよ大きくなるだけで、指の隙間からは涙声が漏れた。背後から回された手は躊躇う様子もなく黙々と肉を擦り上げる。くちゃりとみだりがましい音が触れ合った箇所から発せられて、ぼうっと飛びそうになっていた意識が冷静さを取り戻す。我に返っていっそ死にたくなる。羞恥心で頬がいよいよ熱くなった。

 自分はそんなに浅ましい目で彼を見たろうか。落ち着きだとか力だとか意志を貫き通す強さだとか、同じ雄として感じずにはいられない劣等感は憧憬にすり替わっていたかもしれない。でもそれだけだ。こんな、肉欲の絡むような付き合いを望んだ覚えはないのに。


 プーチンの中で、キレネンコが能動的に他人と交わりを持とうと試みる姿ははるか遠かった。収監された当初は隣人。縁あって同室となるに至り、それからおよそ数日が経った頃には、どうやら彼は一人で生きることで全てが完結しているらしいとプーチンは悟っていた。
 キレネンコが他者と交流する事態など想像だに出来ない代物で、考えの及ばない領域で、有り得ない現象なのだ……というある種の偏見が、プーチンの内側に強烈に根付いている。だからこの戯れに関して思い付く理由といったら自分の側にあるのだと天から決め付けていた。

 日頃から見てよく知っている相手の暴力性が「はねのけなければ」という当たり前の抵抗を忘れさせた。追い詰められてはちきれそうな生理的欲求が「いいようにとられてしまう」などという危惧を退けた。
 思い込みが「なぜ」という疑問に勝手な答えを用意した。
 知ろうとしなかった。
 だからキレネンコが腕の中で背を丸め震える体に口づけを施した意味を、プーチンはずっと知らないままでいる。










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