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 思うに、と考察を試みる。

 可哀想なことかもしれないと考え、それにしては本人が太平楽過ぎると瞬きをして、何かしら答えを引っ張り出そうとひとり思考の淵へと沈む。同居人が怪訝な顔をして心配そうに覗き込んでくるが、きょとんと何も憂いのなさそうな間抜け面が無性に腹立たしく見ていられなかったため、八つ当たりも兼ねて速やかに視界から削除した。反射行動とも言う。

 自分も当てはまるかもしれないと内省しつつも、マイペースを貫き通し気ままに振舞うことにかけてはあのピンク色の右に出るものはそうそういないと考える。まだ大海に漕ぎ出したばかりであり年齢上少々人生経験の足りていない自分が言うのもなんだが、少なくとも他を知らない。
 そして厄介な物事へと巻き込まれる才能にかけてはその同室の囚人、正確には脱獄囚だが、あれより他を知らない。

 流れ者の己は環境が変動しようとただひたすらに順応していくだけで済むが、彼は自分の往くべき道をもう少し冷静に考えるべきではなかったのだろうか。あと数時間、もしかしたら数分、素直に出所の手続きを終えてからあの塀を過ぎていたなら、背後から迫り来るラーダカスタムに怯える必要も、がなりたてる警官と逃走劇を繰り広げる日々もなかった筈だのに。

 意地悪な看守への十倍返しや大事な読み物を傷つけられた腹いせの報復行為や要求を飲ませるための力押しやその他諸々の暴力行為を一番近い所から傍観していたにも関わらず、ピンク色から離れず共に居続けるそれの心情を考察してみる。


 初めは何となく後ろをついていっただけだったのだろう。その行使の対象が自身に当てられることがなかったならば、確かにあの底なしに思えるパワーを備える背中について行きたくなるものかもしれない。それとも何も考えることなく外へ一歩踏み出してみただけなのかもしれない。放っておくには危険だとか心配だとか、そうした心情が背中を追いかけさせた可能性も考えられる。
 後は身に降りかかる災難から逃れるため、咄嗟に影に隠れようという判断を重ねていった。ちゃっかり自分も便乗した。ピンク色としては降りかかる火の粉をばんばん払いのけただけに過ぎないが、結果として同室者をも守ることになった。時に守られている場合もあるが、同じことだ。自分を守ることが相手を守ることに繋がっている。

 ピンク色は周囲を一顧だにしないが、同室者の場合は縁を結んだものは全て守ろうとする。実に社会性溢れる善良な一般市民だ。あのピンク色は、しかしながらそんな一般市民の類が傍にいて安らげる存在では、決してない。でもずっと一緒にいる。何故か。


 容赦なく揮われる力と、その凶暴性には明らかに怯えている。怒らせてはならないと知っている。ただし扱いを知っているだけ、脱獄囚を追いかける警官や血の気の多いロシアンマフィアのような『外敵』よりかは彼にとって安全なのだ。だから頼る。劇薬のように危険であり、けれどどんな万能薬よりも頼もしい。
 危険と安全。緊張と安堵。
 両極端な精神状態だ。揺れて、揺れて、極限まで振り幅が大きな振り子のように行ったり来たりを繰り返し、揺さぶられるままに惹かれて近づいて、もう離れることは考え付かないのかもしれなかった。それは単なる情とはまた違う、もう少ししっかりと形を持つものであろうと考える。
 結論の根拠として挙げられるのは、生き物が危機を乗り越えた時に覚える安堵は、その危機のレベルに比例して強くなるということ(もちろん、喜びもまた)。一行に襲い掛かる危機は、生命維持に支障を来たしかねない高さであること。

 自身を納得できるだけの結論を導き出せた満足の声を上げて、次はピンク色の観察を続けて新しい思索の材料を見つけようと定位置に座り直した。
 こういう曇天の日は思考の渦に耽るのが上等の愉しみというものだと、今は遠く離れた地にいる偉大な父の言葉に一人頷いて今日もじっとうずくまる。










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