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 貴女の方がよく知ってそうですけど……そういうものですか? 何か照れくさいというか母さんに怒られそうというか……はあ。上手くお話出来る自信がないんですけど……じゃあ、まあ、眠るまでの間だけ。聞き流して下さいね。



 父と母は息子の僕から見てもとても仲睦まじい二人でした。
 ドライブしたり外で食事したり記念日を祝ったり、世に云う夫婦らしい幸せとはあまり縁がない人たちだったけれど、それは父さんの人となりを知る人ならばみんな納得できるでしょう。それに、全くないってわけじゃありませんでしたし。とても限られていたから却ってそんな時の幸福感はきっと何物にも代え難い、大切な記憶になっています。写真も結構残ってるんですよ。
 父は……こんなにも不思議に溢れる世界にいてその魅力を体中で体感していただろうに、その何にもさして興味を示すことはありませんでした。人が生み出した豊かな文明は勿論、常に恵まれていた自然のものにも。

 ああ、いいえ。
 積極的に背を向けていたわけではないんです。むしろ存分に享受していました。太陽の下や緑の中にいるのがあんなに似合う人はいない。
 少なからず誰の中にもある知的好奇心、探求心、向学心、そういったものを外界に向ける人ではなかったというそれだけのことなんです。「難しいことはわかんねえ」の一言で全部済ませてましたからね。でしょ?

 言い方は悪いけど……大抵のことはどうでもいいと思ってるような、そんな印象すら抱く時がありました。

 彼の総てはただひたすら内面に向かっていました。自分を高めること、つまり己が強く在ること、いえ。強い相手と闘うことその一点に向かっていました。ああ、結局は同じことですよね。相手が強ければ強い程、闘う自分も強くなるんだから。
 そうした意味では父は孤高の人でした。
 混血児である僕には実際のところ理解できない欲求です。時折父を遠くに感じることもありました。それはとてもさみしいことでした。きっと母は僕よりもずっと、父と一緒になってからずっと、それを一番近くで感じ続けてきた人です。

 僕は幼い頃から母の強い愛をいつも肌に感じていました。真っ直ぐに僕に注がれた愛情はこそばゆく、温かく、嬉しい反面、時々ほんの少しの圧迫感を覚えたものです。僕を想ってのことだとちゃんと分かっていたつもりでしたが、何分子どもでしたから。けれど闘うことを否応なしに義務付けられた日から薄っすらと見えてきた、それまで見えてなかった父の本当の姿を感じ取ってからは事情は変わりました。母の思いの底にあるものが理解できたように感じたのです。強迫観念にも似た必死の思い、その裏にあるものを垣間見た気がしたのです。



 彼の意識の奥では僕たちのことなど些末な存在なのかもしれない。この世界のどこにも彼を確かに引き止められるものはないのかもしれない。彼が最後の最後に選ぶものは家族とは程遠いものなのかもしれない。本当は……、本当は。

 仮定です。想像です。
 そんなことないと知っています。
 父さんが僕らを全力で愛してくれたこと、理解しています。



 でもいつだって、心のどこかには貼り付いていた思いです。あんまり大き過ぎるものって、近くにいればいる程見えなくなるものなんです、きっと。父は大きい人だったんです。父のことを好いてくれた人なら、きっとみんなどこかで感じていたことじゃないですか?
 ……どうなんでしょうね。
 好くだけならば別段どうということはないかもしれないけれど、あの人の特別になりたいと、大事にされたいと思った時には…どうでしょう。
 ……。
 だから、母が一番感じていたはずなんですよ。


 深いところでは得体の知れない彼を愛し続けるのは不安と隣り合わせです。だから返して貰える確かなものを求めようとしたのかもしれません。僕を必死になって育ててくれた。愛を注いで、危険から少しでも遠ざけて、将来への確かな足掛かりを堅実に築かせようとしてくれた。
 ある日唐突に夫を亡くして子どもを奪われて、母は気丈な人ですけど……その過去を考えるといつも大事にしなきゃって改めて思い直すんです。具体的に聞いたことはないけど、父さんも同じように思っていたはずです。最も、負い目があったのはそれだけじゃないでしょうけど。
 ふふ。
 自給自足のサバイバル生活が素だった人ですからね。働いて対価を貰うなんて概念が希薄でも、仕方ないですよ。

 ……ええ、だから、不安になる時があったって、ちゃんと大切に想っていてくれたって最後には信じられるんです。あの人が戻って来るのはここだったって。





 僕の?
 そうですね……僕もそれなりに父に似てるんでしょうね、辛かったことなんてそう覚えていられるタチでもないんですが。でも僕は……自分が父さんの子どもでなかったら一体どうなっていたんだろうって思ったことはあります。楽になれたんじゃないかって。自分を責める辛さから逃れられたかもしれないって。父さんを、二度も亡くさずに済んだんじゃないかって。

 でも、そんな仮定をしてみたら、途端に吹っ切れたんです。父と母の子でない僕は僕じゃ有り得ない。二人の子どもに生まれて本当に良かった。みんなに出会えて、大事なものを沢山与えられて、守られて、守れることが出来て、本当に僕は嬉しい。



 ちょっと、話し過ぎたかもしれませんね。疲れませんでした?
 少し寝た方がいいですよ。
 貴女がいなかったら、きっと僕もいなかったんでしょうね。今度は僕の知らない父さんの話、聞かせて下さいね。

 ええ。
 それじゃ、おやすみなさい。










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