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一目見た瞬間から心を丸ごと奪われてもう絶対ものにしてやるってそれしか考えられず、どうしようもなく浮つくあまりレポートも課題も呼吸すらままならなかった。重症だ。

初めて会ったのは大学からの帰り道にある近所のコインパーキングで、彼女(彼?)はおれの肩くらいの高さで組んであるブロック塀の上でスフィンクスみたいに悠々と座していた。遠目に見てもはっとするくらいの美人だった。いや美猫だった。

後頭部から背中まで墨のように黒かったから最初は黒猫かと思ったけれど、正面に回り込む形で角度を変えて見ると横顔には白がある。額から首元にかけて真っ白で、よく見れば行儀よく揃えられた前足の先も雪のように白かった。白靴下だ!!おれはテンションが上がった。

幅の狭いブロック塀に綺麗に乗っかった体は細身のせいでとても長く見える。頭身からして既に成体なのだろうが、それにしても細い。背骨から歪み一つなくすっきりと続く尻尾はこれまた素晴らしく長い。折れ曲がりもなくブロック上を真っ直ぐに伸びている。夕暮れの鈍い光に見るからに滑らかそうな濡れ羽色が輝いていた。

日本は正座文化のせいで生活圏内が全般的に低い。だから尻尾の長い猫は卓袱台を擦り衛生上良くないだとかで敬遠された過去があるらしい。あと、尻尾が長いとねこまたになるとかいう迷信も関係しているのかもしれない。
猫とおれにとっては全く迷惑千万な話だ。尻尾は断然長い方がいい。振り回して欲しい。触りたい。指で輪っかを作って上から下まで毛並みに沿って撫でたい。


無意識に近付き過ぎたのか。それとも目に熱を込め過ぎたか。不躾な視線を糾弾するみたいにぱっと此方を向いた彼女(彼か?)にきっと睨みつけられた。隙のない、鋭い動きだった。
何ともバランスよく、顔に左右対称に入った白は混じり気のない純白だった。胸元まで続いているからまるでスカーフを巻いたみたいに見える。この分だともしかしたら腹まで真っ白なのかもしれない。何だそれ撫でくり回したい。

目が合ったのをいい事に、腰を屈めてゆっくりと近寄る。触っても怖がらないだろうか。しっとりした黒の感触を想像して頬が緩んだ。

逃げ出す事も体を強ばらせる事もなく、暫くはじっと身動きせずに見返してきたが、おれの腕が間合いに入ろうかという所ですっと立ち上がり、あ、と思う間もなくしなやかな体躯が跳んだ。隣接する家屋に葺いてあるトタン板を軽やかに踏んで瞬く間に見えなくなってしまう。

ああ、声を聞かせて欲しかったな。どうやら無口なタチらしい。

それはつまり大家さんに隠れて飼うのにとても都合がいいって事だな。

落ち着いた佇まいと敏捷な身のこなしと長い手足に美しい毛並み。文句なしの美猫。
人に慣れた様子でもなかったが、物怖じする風でもなかった。いずれにせよあれが飼い猫でない事を切実に祈る。
だって、惚れちまったんだ。



***



たけやんの恋
2010/06/20 13:05


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