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俺はオットマンだ。オープンしたばかりの大型家具店で主人である雷蔵に出会った。帰宅後に疲労のため息をつきながら雷蔵は俺に足を投げ出す。その至福のひととき。この重みを黙って受け止める、そのためだけに俺は生まれたのだ。

来客は滅多にない。そもそも部屋自体が雷蔵にとっては睡眠というただ一つの目的のためだけにあるようなもので、だから俺が自分の仕事を全うできるのは仕事帰りの雷蔵が風呂に入ったり食事を摂ったりする前後にソファーで一息つく間、ほんの僅かなひとときだ。
そのささやかな時間を日々積み重ね、主との確かな信頼関係を築いてきた。明るい茶色だったカバーが色褪せて、中央に凹みができて戻らなくなり、埃が重なって薄汚れても、俺はオットマンだ。ただ主の足を受け止めるだけ。それだけで幸せだったしそれが何よりの報酬だ。

ある日滅多にない来客があった。

夜も遅くにやって来た客人は雷蔵に勧められるがまま俺の兄貴分とも言えるソファーに腰を下ろす。具合が悪いのは一目で分かった。甲斐甲斐しく世話を焼く雷蔵は俺を一顧だにしない。
止めろ。待て、駄目だ!
口があったなら叫んでいた。
伸ばされた足は無情にも雷蔵以外を知らなかった俺の背にかかった。かつてない恐ろしい程の喪失感に絶望しながら、ただその見知らぬ重みに耐えた。
汚された。心情は正にその一言に尽きる。そんなオットマンの最期は既に決まっているのだ。俺は翌朝静かに愛すべき主の部屋を辞した。朱と薄紫と群青が綺麗なグラデーションを描く、夜明けの空の美しさが悲しかった。
2013/07/15 22:25


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